四百六十 一弧編 「大希くん」
玲那も落ち着いて、四人で寛いで、夕食を済ませて、山仁さんのところに行った。
「今日はお世話になりました」
冒頭、山仁さんがそう言って頭を下げてた。家族だけでゆっくりとお墓参りができるように気遣ってくれた星谷さん、波多野さん、田上さんに向けてのものだと思った。だって僕たちは何もしてないし。だから僕たちにも向けて頭を下げてくれてたんだと思うと恐縮してしまう。
「いえ、私たちは私たちで楽しめましたから、すごく良かったです。千早も喜んでいました」
星谷さんがそう応える。言ってた通り、千早ちゃんと波多野さんと田上さんと一緒に旅館に行ったんだと分かった。しかもどうやら喜んでもらえたみたいで、僕もなんだか少し嬉しかった。
「あ~、私も行きたかったな~」
そう言ったイチコさんにも星谷さんはすかさず応えた。
「今ならまだ、次の土曜日の予約の人数を変更もできますよ」
「そうなんだ。じゃあお願いしよっかな」
イチコさんの言葉に、波多野さんと田上さんも、
「じゃあ、私も」
「私も!」
って。あれ?。でも、そうすると……?。
『大希くんは?』
と、玲那からのメッセージが。
「…あ!」
田上さんが声を上げる。
そうだよ。高校生は大人扱いだから、山仁さんがもし行くことになったら、大人五人と子供二人の七人になって、さすがに一組っていうわけにはいかないと思う。かと言って山仁さんが行かないと大希くんが一人でお風呂に入ることになる。それはさすがに可哀想じゃないかな。
なんて僕が思ってると、イチコさんが、
「別に、ヒロ坊はみんなと一緒のお風呂でも平気だよ。たぶん。私で見慣れてるはずだし」
……はい?。
「あ~、そうかもね。私も時々、ヒロ坊と一緒にお風呂入るけど、ぜんぜん平気そうだから。なんだったら私とイチコがヒロ坊と一緒に入ったらいいんだよ」
ええ?。
そうらしかった。大希くんは今でもイチコさんと、それどころか波多野さんとも一緒にお風呂に入ることがあるらしい。でも大希くんはまるで意識してなくて平然としてるそうだった。以前、星谷さんの別荘に行った時は僕が一緒だったから僕と入ったけど。
でもそれはそれとして、イチコさんが『みんなと一緒のお風呂でも』と言った瞬間、星谷さんの顔が真っ赤になるのが分かった。しかも、
「あ、いや、でもそれは、あの、その、まださすがに、その、時期尚早と言うか早すぎるというか…!」
波多野さんが『ヒロ坊と一緒にお風呂入るけど』と話してる時に、あわあわした感じで声を上げてた。星谷さんって、いつもはその辺の大人よりずっと大人っぽいのに、大希くんのことになると本当に変わるなあ。
「私は仕事がありますから、みなさんで行ってきてください。大希は私と一緒に留守番でも大丈夫ですよ」
さすがの山仁さんも少し困ったように苦笑いしながらそう言った。だけどそれに反応したのは星谷さんだった。
「いえ!。それではヒロ坊くんが可哀想です!。わ、私なら大丈夫ですから!。今、覚悟できましたから!」
覚悟って…。
普段が普段だけに、星谷さんの変貌ぶりには僕も呆気にとられるしかなかった。まさかここまで冷静さをなくすとは。
で、結局、何だかんだで、イチコさん、大希くん、千早ちゃん、星谷さん、波多野さん、田上さんの六人で行くことに決まってしまった。もちろん、大希くんと千早ちゃんにも聞いた上での決定だ。
「僕も一緒に行きたい」
って大希くんが言うと、
「ピカお姉ちゃんがヒロと一緒に入るんだったら私も入る」
だって。
今回、僕たちはほとんど蚊帳の外って感じで会合は終わって、半ば呆然としながら沙奈子を連れてアパートに帰った。
で、アパートに戻るとすぐに玲那が、
『大希くん、完全にハーレムじゃん』
ってメッセージを。
いや、でも、うん、ほんとにそうかも……。
「だけど、大希くんは『男の子』っていう感じがそんなにしないから、私は思ったほど違和感もないですね」
とは絵里奈の弁。そう言われてみるとそうかもしれないけど、それにしたって、ねえ。
『でも、さっきのピカの慌てぶりはなかなか壮観だったな~』
「ししし」って感じで笑いながら玲那が。
確かに。けどまあ、大希くんのことは向こうの話だから僕が口出しすることじゃないって思うと、ようやく落ち着けてきた気がする。
それに、会合に行く前とはうって変わって陽気に笑う玲那の姿に気付いて、何だかホッとするのも感じた。それで考えると、気持ちを切り替えるのにはうってつけだったのかな。
そうだよ。夢に出てきた香保理さんのことで感情が昂ってしまった玲那が今はこうして笑ってられるんだ。そのためのきっかけだと思えばむしろありがたいことだったのかもしれない。
今回のことで、香保理さんが亡くなった件については玲那の中で完全には決着がついてるわけじゃないってことが明らかになってしまった。その点では、絵里奈の方が整理できてるらしい。玲那がいたから香保理さんが亡くなったかもしれないってことも、そんなの関係ないって素直に思えるらしかった。だから今度は玲那がちゃんと心の整理をつけられるようにしていくことになるんだろうな。
人間は、こうして行きつ戻りつを繰り返しながら辛い過去を乗り越えていくんだと改めて思わされた。
玲那が背負ってるものはあまりに大きくて、それをすべて完全に受け止められるようにはならないかもしれない。一生、引きずることになるかもしれない。でももしそうだとしても、僕たちも一緒にそれを背負っていきたい。そのために僕たちは家族になったんだからね。
ところで、今回の大希くんが星谷さんたちと一緒に旅館の日帰り入浴に行くことになった件について、沙奈子は一貫して『我関せず』って感じだった。僕たちは一緒に行くわけじゃないって最初に分かってたから、気にしても仕方ないって感じだったのかも。
それにしても、もしかしたら千早ちゃんまで大希くんと一緒にお風呂に入るかもしれないって点にもまるで関心がなさそうだったことで、やっぱり、大希くんに対してはそういう意味で意識してるわけじゃないっていうのが改めて分かってしまった気がした。それはつまり、大希くんとはお互いに脈がないってことなのかなあ。友達以上にはならないってことなんだろうか。なんだかそういうのもちょっと寂しい気もする。まあその点ついては僕が気を揉んでも仕方ないことなんだけどさ。
なんてことを考えてると、久しぶりに鷲崎さんがビデオ通話に参加してきた。
「こんばんは。お休みのところすいません。私もようやく仕事が一段落付きましたので」
相変わらず、まん丸の朗らかな笑顔が画面に映って、僕は思わず顔がほころんでしまってた。
『あ~、おとーさん。元カノから連絡が入ったからってなにニヤニヤしてんの~?』
なんていう玲那のツッコミも、僕にとっては嬉しく思えたのだった。




