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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百五十八 一弧編 「玲那の幸せ」

田上たのうえさんの誕生日パーティー。玲那はいつものように盛り上げ役に徹していた。タンバリンを振り音頭を取ってノリノリだ。この調子で盛り上げた後で、今度は秋嶋あきしまさんたちとも盛り上がるって言うんだから、大したエネルギーだと思う。


ただそれは、普段、外出できないっていうことで有り余ったのを発散してるっていうのもあるかもしれないけど。


以前にも言ったとおり、玲那は基本的にはインドア派で部屋に閉じこもるのは平気らしい一方で、外に遊びに行くのが嫌いとか苦痛とかいうのとも違うんだって。アニメに関したイベントとかがあれば積極的に出掛けたりもしてたそうだ。


でもそのアニメ熱は、香保理さんと出会ってからぶり返したらしい。それまでも、何となく子供の頃からの癖で見てたものの、楽しんでるっていう感じじゃなかったって言ってた。アニメの世界に没入することで辛うじて精神のバランスを保ってた感じかもしれないとも。


だから玲那にとってアニメは欠かせないものではありつつ必ずしも楽しめてはなかった。言ってみれば、精神の緊急避難先とでも表現するべきか。


それが、絵里奈や香保里さんと出会って、二人に精神的な部分を支えてもらうことができて、ようやくアニメを楽しむことができるようになったと思ったら今度は過剰にハマってしまったんだって。特に、玲那が抱えていた複雑な心情の救いとして最も象徴的だったのが『兵長』だったってことだった。自分の代わりに両親に復讐してくれそうな強さと同時に、弱い自分を叱咤激励してくれそうな理想の男性像なんだとか。


とは言え、玲那が現実に復讐に走ってしまった結果が今の状態だから、『兵長にこんな迷惑かけずに済んでよかった』とまで言ってたりもしたな。本当に好きなんだなあ。


絵里奈と香保理さんに出会うまで持ち堪えられたこと、絵里奈と香保理さんに出会えたこと、玲那自身が二人を受け入れられたこと、そういう諸々の全てが奇跡的なことなんだって僕も感じる。そういうものの上にこの光景が成り立ってるんだ。


これからもそれを守っていくために、僕たちはそれぞれにできることをやらなきゃいけないんだなと改めて感じたのだった。




時間が来てパーティーが終わり、田上さんたちはすっかり恒例になった千早ちゃん手作りのケーキを食べるために山仁さんの家に、僕と沙奈子と絵里奈は三人の時間を過ごすためにアパートに、玲那は秋嶋さんたちと合流してさらに楽しむことになった。


それぞれが自分のやりたいようにしててもちゃんと繋がってるんだなっていう実感がある。定番のパターンになってきてるって気もするし。


その上、先週みたいな四人だけでのんびりとリラックスできる方法も見つかって、去年までと比べたら想像もできないくらいのすごい変化だとしみじみ思った。去年の今頃はようやく絵里奈や玲那と親しく話ができるようになったって状態だったもんな。それが今やこれだよ?。劇的にもほどがあるって。しかも、この僕や沙奈子が嫌々参加してるんじゃないっていうのがまたすごい。


帰り際、沙奈子の様子を見てても、彼女なりに楽しめたっていうのが明るい表情から分かる。それはもちろん、絵里奈や玲那も一緒に参加してるからっていうのもあるんだろうけどさ。


僕自身、自分の気分が高揚してるのを感じてる。変われば変わるものだなあ。もちろんそれは、今のこのメンバーだからっていうのもあるんだろうな。


これがもし、他の人だったら僕も沙奈子もここまでは楽しめてなかったと思う。気を遣って楽しんでるふりをしてたかもしれない。でもそれじゃこんな風に何度も参加できない気もする。何とか口実を作って断ろうとしてたんじゃないかな。そういうことから考えてもこの状況は奇跡的だってつくづく思うよ。


それを噛み締めながらアパートに戻ると、今度は僕と沙奈子と絵里奈の穏やかな時間が始まった。さっきまでの賑やかさとはまるで違う、でも僕たちにとってはかけがえのない時間。玲那は玲那で楽しみつつ、僕たちも今の時間を楽しむ。陽気にはしゃぐだけじゃない、僕たちなりの楽しみ方。


そうだ。みんなと一緒に盛り上がるだけじゃなくて、それぞれの楽しみ方もちゃんと尊重されてるからこうやって切り替えができるのかもね。田上さんの誕生日パーティーの余韻に浸りつつ、僕たちは寄り添い合ってお互いのぬくもりを感じてたんだ。




玲那から送られてくる楽しそうな写真付きのメッセージを見ながら、のんびりとした時間が過ぎていく。それと同時に、香保理さんのこと、イチコさんと大希ひろきくんのお母さんのこと、英田さんのお子さんのことをゆっくりと悼んだ。


この世の中には辛いことが数えきれないほどある。それをただ辛い辛いと思ってるだけだと、それこそ生きてるのも嫌になると思う。でもそういう辛いことと同時に、この世には楽しいこと嬉しいこと幸せなこともたくさんあるんだ。そういう小さな幸せを一つ一つ確かめていくだけでも、生きてる意味がある気がする。たとえ結末は決まってても、そこに至るまでの道のりは大きく変わる気がする。ただ辛くて苦しいだけじゃないって思えるんだ。


それも、以前の僕からすればきっと信じられない考え方だと思う。『そんなことあるはずない』って聞く耳を持たなかったと思う。でも今では自分がまさにそれを経験してるんだから信じるも信じないもない。自分自身で実践してるんだもんな。


だけど、以前の僕と同じような境遇にある人は、その頃の僕と同じで聞く耳を持たないんだろうなとも感じてる。そういう人たちには僕の手も声も届かない。すごく残念なことだけれども……。


その分、沙奈子や絵里奈や玲那、そして鷲崎さんのことは助けたい。もちろん、千早ちゃんや大希くんやイチコさんや星谷ひかりたにさんや波多野さんや田上さんのことも助けたい。助けるなんていうのはおこがましいかも知れないけど、せめて何かの力になりたい。


何度もそう自分に言い聞かせる。そうしないと、僕はすぐに忘れて諦めてしまうから。『そんなの無理だ』って思ってしまうタイプの人間だから。我ながら本当に面倒臭い人間だなあ。けれど、そんな面倒臭い僕を認めてくれる人がいるんだ。僕はその人たちに恩を返したい。


だからこれからも僕にできることでそれを返していきたいと、秋嶋さんたちと楽しそうにしてる玲那の写真とメッセージを見ながら改めて思った。


「お姉ちゃん、いっぱい楽しんでるね」


PCの画面に映った笑顔の玲那を見て、沙奈子もそう言ってくれた。


「本当ね。すごく楽しそう。良かった……」


絵里奈も呟くように言いながら目を細めてた。


玲那の幸せが僕たちにとっても幸せなんだというのをしみじみ噛み締めてたのだった。



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