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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百五十七 一弧編 「田上さんの誕生日パーティー」

英田さんのお子さんのことは、正直、僕たちにとって、香保理さんやイチコさんのお母さんとはまた違うっていうのも事実だと思う。それそこどんなお子さんだったのかさえ知らないし。


だから当然、絵里奈と玲那にとっての香保理さんや、山仁さんたちにとってのイチコさんのお母さんとも違って、すごく身近に感じるっていうのがないのも事実だった。


それでも、こうやってきっかけがあれば思い出してしまうし、あの時に感じた辛さも甦ってきてしまうのは確かにあるんだ。


今、こうして思い返してみると、絵里奈と玲那が英田さんのお子さんのことであんなにショックを受けてたのは、香保理さんのことを改めて悼んでるところに起こったからだったんだろうなって分かる気がする。


香保理さんや、イチコさんのお母さんとは違ってても、完全にまったく知らない人の身に降りかかったことじゃない以上は知らないふりまではできないっていうのもそうだと思う。


「イチコさんのお母さんのことももちろんだけど、英田さんのお子さんのことも、心の中でだけでも悼んであげたいって思うよ……」


僕がそう言うと、絵里奈と玲那も大きく頷いた。沙奈子もだ。この子にも、英田さんのお子さんが交通事故で亡くなったことは伝えてある。事故に気を付けてほしいっていうのを伝えるために話したんだ。そうやって話に聞いただけの子のことも悼んでくれる沙奈子の心を大切にしたいと改めて思った。




木曜日、金曜日と無事に過ぎて、そう言えば今週は鷲崎さんからの連絡がなかったなと気が付いた。再会した日にも『デスマーチ中なんです』みたいなことを言ってたから、きっとまた仕事が忙しいんだろうなと思ってたら、


『眠いです…。寝ます。また今度連絡します…』


とメッセージが届いた。ようやく一段落付いた感じなのかな。


『おつかれさま。ゆっくり休んでね』


そうメッセージを返すと、ふっと顔がほころぶのを感じた。だらしない恰好で布団に倒れこんでる鷲崎さんの姿が思い浮かんでしまったからだった。


『あ~、なにニヤニヤしてんのおとーさん?』


今度は玲那からのメッセージが。


「いや、鷲崎さんからメッセージが届いてさ。なんか仕事がメチャメチャ忙しくて寝落ちしますって感じの。その様子を想像しちゃったら、つい」


って応えるとすかさず、


『あ~、自分の奥さんの目の前で他の女の人のこと想像してる~。イケないんだ~』


とかニヤニヤしながらメッセージを送ってきた。すると絵里奈が、


「もう、バカなこと言ってないで。作業に集中して!」


だって。


『は~い』


そうメッセージを返しながら玲那は作業に戻ったけど、まだ悪戯っぽく笑ってた。


でもそんな僕たちのやり取りが気になったのか、沙奈子が少し不安そうに振り返ってきた。


「ごめん。ケンカしてるわけじゃないよ。ただのツッコミだから」


沙奈子の頭を撫でながら応える。そこに玲那からもまたメッセージが届いた。


『ごめん沙奈子ちゃん。ちょっとふざけすぎた』


申し訳なさそうに頭を掻きながらペコペコする玲那と、「大丈夫だからね」と柔らかく笑う絵里奈を見て、沙奈子もホッとした様子だった。


そんな感じで、家族の時間は過ぎていったのだった。




土曜日。今日は田上たのうえさんの誕生日パーティーだ。しかもちゃっかり、玲那はまた秋嶋さんたちとのオフ会も予定してる。でもまあ、オフ会と言ってももうすっかり普通にみんなで集まって遊ぶだけの感じみたいだけど。今の玲那も参加できるものとなると、こうやって自分たちだけで部屋に集まる形になってしまうんだろうな。


たださすがに今回は木咲きざきさんは休みが取れなくて不参加だということだった。旅館の仲居さんだと、そうそう頻繁に週末に休みは取れないか。


いつものカラオケボックスに集まり、誕生日パーティーが始まった。沙奈子も慣れた感じで絵里奈の膝に座ってリズムを取ってる。こういう騒がしいのはあまり好きじゃなかったはずなのに、このメンバーでなら大丈夫みたいだ。僕と目が合うと、ふっと笑った顔になった。うん、嫌々参加してるんじゃないっていうのが分かる。良かった。


さすがに田上さんの誕生日パーティーということで彼女がメインで歌ってるんだけど、やっぱり波多野さんと千早ちゃんがすごいテンションで盛り上がってて、


「もう、私の誕生日パーティーでしょ!?。カナが目立ってどーすんのよ!!」


って田上さんが波多野さんの肩を掴んでガクガクゆすったりもしてた。もちろんケンカしてるんじゃなくてただのじゃれ合いだって分かってる。みんな笑顔だから。


イチコさんも笑ってるし。まあ、星谷ひかりたにさんは大希ひろきくんの隣に座って顔を真っ赤にしてパーティーどころじゃない感じでそわそわしてたけど。星谷さんのそういう珍しい姿を見られたのは儲けものだったかな。


波多野さんや千早ちゃんとじゃれ合いながら歌ってる田上さんの姿も楽しそうで、こんなに盛り上がってる最中なのに僕はどこかホッとした気持ちにもなってた。イチコさんや波多野さんの事情に比べるとどうしても大したことない印象も受けてしまいがちだけど、彼女だって、自分の家庭では浮かれてられない状況にあるんだな。


公務員のお父さんと専業主婦のお母さんっていう、世間一般で言えば決して恵まれてない家庭環境じゃないはずなのに、家に家族が揃ってても気持ちはバラバラで、家の中が安らげる場所じゃないというのも、それはそれで辛いことだと思った。そういう点では昔の僕も同じようなものだったし。


でもそういうこと言うと、『そんな恵まれてるのに甘えるな!』とかってことで非難されるんだろうな。だけどそれを非難する人って、本人が幸せな家庭っていうものを知らないんじゃないかなって気がする。僕は今、沙奈子と絵里奈と玲那の四人で家族になって、みんなのいる家に帰ることがすごく幸せだから、僕自身の昔のこととも合わせて、家にいることに幸せを感じられない苦しさは胸が痛くなるくらい辛いって実感しかないんだ。


だから田上さんの辛さも、イチコさんや波多野さんのそれとは種類が違うだけで、本当に辛いことだって感じられて仕方ない。千早ちゃんの家庭が少しずつ家族の形を取り戻しつつあるらしいのと同じように、田上さんの家庭もって思わずにはいられなかった。


人間は、決して不幸になるために生まれてくるわけじゃない。以前の僕ならそんなことを言われてもまったく共感できなかったとしても、今はそうじゃない。僕みたいな人間でも幸せを感じることはできてるんだ。だから誰でもそういう可能性はあるんだと思う。今、自分が苦しいからって、幸せが実感できないからって、他人を攻撃して自分と同じように嫌な気分にさせようとすれば、ますます自分が嫌な思いをすることになる。


そういう不幸の連鎖を断ち切れればと、楽しそうにはしゃぐ田上さんを見ながら僕は思わずにはいられなかったんだ。



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