四百五十四 一弧編 「夢の話」
「今回は千早と二人ということで予約しました。日帰り入浴プランの本格導入は十二月からなのですね?」
『うん、紅葉シーズンはまあまあ予約も入ってるから宿泊優先になるけど、今はお試しってことでやってるって』
「私としましてもまずは下見という形で行かせていただこうと思います。もしそれで上手く噛み合うようでしたら、ヒロ坊やイチコやカナやフミとも利用させていただきたいですね」
『そうしてもらえたら美穂も喜ぶけど、若い子には正直、地味かな~』
「いえ、私としましては落ち着いた雰囲気の方がむしろ好都合です。あくまでリラックスすることを目的にしてますので。
そういうところに出掛ける方すべてがハレを求めていくわけではありません。むしろ宿泊施設では過剰な演出を望まず、あくまで観光の疲れを癒して再び観光に力を入れたいとおっしゃる方は一定数いるはずなのです。そういった顧客のニーズと施設側とのマッチングが上手くいっていないことで、本来のポテンシャルを活かしきれずに消えていくところが多いのです。
地味というのは必ずしも欠点とは限りません。価値観が多様化し顧客のニーズが分散している今こそ、それを求めている層に情報を届けることが求められているのだと思います」
なんて、星谷さんと玲那とで話が盛り上がってた。こういうのも一種の口コミってことになるのかな?。それであの旅館が持ち直してくれると僕もホッとする気がする。木咲さんも女将さんもいい人だから。
それにしても、星谷さんってば、まるで経営コンサルタントみたいだなあ。こういうこともいつも考えてるんだろうな。なんか、いつ勉強してるんだろうと思ったりもするけど、もしかしたらこういう風に考えてることが星谷さんにとっては勉強と直結してるのかな。
みんなで肉じゃがを食べて千早ちゃんたちが帰って、沙奈子の午後の勉強を済まし買い物を済まし、仕事から帰った絵里奈を迎えてしばらく四人で寛いで、夕食を済ませた後、今日も沙奈子と一緒に山仁さんのところに行く。すると星谷さんが、
「次の土曜日はフミの誕生日パーティーです。場所はまたあのカラオケボックスとなります」
だって。そうだったな。確か、26日が田上さんの誕生日だったっけ。この日はその確認をしただけで終わった。
でも、沙奈子を連れてアパートに帰ると、ビデオ通話を繋いですぐに、絵里奈が「実は…」って話し掛けてきた。その雰囲気に僕は姿勢を正して耳を傾ける。
「なに…?」
聞き返した僕に、絵里奈と玲那が顔を合わせて頷いたあと、ゆっくりと話し出した。
「実は、今月の26日が香保理の命日なんです……」
…え?。香保理、さん……?。香保理さんの命日って……。
絵里奈と玲那の友人で、玲那の恩人でもある香保理さんのこと…だよね。
「あ…、そうなんだ……」
と声が漏れてしまった後ですぐに、僕はあることに気が付いてハッとしてしまった。
「でも、その日って……」
僕の問い掛けに、絵里奈も大きく頷いて言った。
「はい、田上さんの誕生日です。だから言い出しにくくて……」
そうか…。そうだよな。そういうこともあるよな……。
「去年はまだ達さんや沙奈子ちゃんには関係のないことだっていうのもあって言わなかったんですけど、家族になった今年はさすがに言わない訳にもいかないですから。それで、26日には、私の仕事が終わってから玲那とで香保理のお墓参りに行ってきます」
「分かった。気を付けて行ってきてね。僕と沙奈子も行ければよかったんだけど……」
「いえ、香保理のことは私と玲那とで行きたいんです。ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げる絵里奈と玲那に、僕は手を振って応えた。
「ああ、いいよいいよ。じゃあ、僕たちは僕たちで気持ちだけでもってことでお祈りさせてもらうから」
「ありがとうございます…」
一年は365日しかない。だからその毎日が誰かの誕生日だったり誰かの命日だったりするのは当然だよね。近かったり重なったりするのも普通のことなんだ。そしてそれぞれの日を祝ったり悼んだり、それ自体が人の営みなんだろうな。
そして僕は言った。
「でも、いつか僕もご挨拶に行かせてもらえたら嬉しいな。だって、玲那の恩人ってことは、僕にとっても恩人だからね」
僕の言葉に「はい、いつかきっと……」と応えた絵里奈と玲那の目にうっすらと涙が浮かんでるのが見えたのだった。
火曜日。今日は香保理さんの命日か……。
でも、朝、ビデオ通話で顔を合わせた玲那の顔がいつもと違うことに僕は気が付いた。なんて言うか、泣いてた……?。
そうだ。泣きはらした感じの顔なんだ。香保理さんの命日だからってことなのかな…?。
そんな風にあれこれ考えてた僕に、玲那の方からメッセージが届いた。
『夢をね、見たんだ』
「…夢……?」
『うん、香保理の夢。でも、すごく不思議な夢だった。
その夢に出てきた香保理は、確かに香保理なんだけど、私の知ってる香保理とは違ってたんだよ』
「違ってた…?」
『そう。違う世界の香保理だったんだ』
「へえ…」と応えた僕に、玲那は信じられないことを語り始めた。
『その香保理の世界の私は、あの人達と、お父さんとは違う別の義理の父親と、その義理の父親っていう人と母親の間に生まれた弟を殺して、死刑になったんだって』
「…な…!?」
そのあまりの内容に、思わず息が詰まるのを感じた。だけど僕が慌ててるのに気付いた絵里奈が、
「落ち着いて、達さん。夢の話だから…!」
って念を押してくる。ああ、そうだよな。夢の話なんだよな。
「ちゃんと最後まで聞いてあげてもらえますか…?」
そう言われて、「分かった…」って僕も姿勢を改めた。そこに、玲那のメッセージが届く。
『でもその世界では、私は香保理と出会ってなくて、だから香保理の事故もなくて、その世界の香保理は今でも生きてるんだよ』
「そうなんだ…」と何気なく答えた僕だったけど、そのすぐ後でたまらない違和感に包まれるのを感じてしまった。
え?、あれ?。それってもしかして、玲那が香保理さんと出会わなかったら、香保理さんは亡くならなかったってこと……?。
それに気付いてしまった瞬間、僕の背中をゾワッとしたものが奔り抜けた。
ちょっと…、ちょっと待ってよ!。それっておかしいだろ?。それじゃまるで玲那のせいで香保理さんが亡くなったみたいじゃないか…!?。
寒気のようなものが奔り抜けたすぐ後で、今度は頭の中がかあっと熱くなるのを僕は感じてた。
そんな僕を、玲那はすごく優しい顔で見詰めてたんだ。だから僕は余計に混乱してしまった。
どうして…?。どうしてそんな優しい顔してられるんだよ、玲那……!!。
その思いが言葉にならずに戸惑う僕に、玲那はさらに言ったんだ。
『お父さん。ありがとう』




