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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百五十二 一弧編 「日帰りプラン」

木曜日、金曜日と無事に過ぎて、また土曜日が来た。今日は千早ちゃんは来ないらしいから、沙奈子の午前の勉強が終わったら絵里奈と玲那に会いに行く。しかも今回は、日帰りで旅館にお風呂に入りに行くらしい。


と言うのも、玲那の友達の女の子がその旅館に勤めてて、家族向けカップル向けの日帰り入浴プランというのを企画してるらしかった。そのためのモニターを探してて、家族ということで白羽の矢が立ったんだって。


『今の玲那の家族って、すっごく仲がいいんでしょ?。モニターっていうことで料金も超格安になるからさ、ちょっと協力してよ』


というわけで、四人でお風呂に入って食事をして日帰りってことになった。


『旅館のブログを見てもらったら分かるけど、割と雰囲気の良いところなんだよ。


私と絵里奈も何度か遊びに行ったことがあるんだ。


温泉じゃないし普通の内風呂だけど、悪くないと思うよ。料金も確かに安いし』


玲那にそう言われて、絵里奈も知ってるところだから安心だし、沙奈子もみんなで一緒にお風呂に入れるってことですごく乗り気だった。教えられたブログを見ても確かに雰囲気の良さそうな感じだし。


ただその時、旅館とは全然関係ないけど、僕は普段はブログとかのチェックはしないからか、ブログということで連想してつい自分のブログのことを思い出してしまった。


そう言えば僕は、もうずっとブログの更新をしてないな。絵里奈と玲那がうちに入り浸るようになった頃からすっかり忘れてた気がする。でも、今ではどうでもいい。児童相談所でのこととか玲那の事件とか辛いことはあったけど、その愚痴をブログという形で吐き出す必要もなくなってしまった。そんなことをしてる時間も惜しいくらい、沙奈子や絵里奈や玲那と向き合っていたいんだ。


ついつい更新を怠りがちになってきた頃から思ってたけど、幸せだからこそ書く気になれないっていうのは皮肉だな。


結局、そうやって吐き出したいことを受けとめてくれる人がすぐ身近にいなかった、共有してくれる人がすぐ身近にいなかったってことのような気がする。だから今の僕には必要ないんだ。


もちろん、幸せでもそういうことを発信したいって思う人もいるのは分かってるからみんながみんな不幸だって言うつもりもないよ。ただ、少なくとも僕はそうだっていうだけ。


今では鷲崎さんも加わってきたから、本当に外に向かって発信する時間もないし必要性も感じないな。自分がそうやって外に広がっていくタイプの人間じゃないってことを改めて自覚させられた気もする。


なんて一通り考えてしまってからハッと気が付いて改めて旅館のブログを見て、場所を再確認する。


「じゃあ、行こうか」


用意を済まして声を掛けると、沙奈子も嬉しそうに「うん」と頷いた。


バスを乗り継いで旅館へと向かう。スマホで連絡も取り合いつつだったから迷うこともなくスムーズに着けた。


「こっちです」


旅館の最寄りのバス停で絵里奈と玲那に合流して案内してもらったそこは、こう言っては失礼だけど、すごく地味で看板も小さくて、言われないと旅館って気付かないような、普通の町屋風の建物だった。しかも、


「ようこそいらっしゃいませ」


そう言って丁寧に出迎えてくれたのは、僕が想像してたのとはまったく違う、絵里奈や玲那とそんなに年齢も変わらない感じの若い女将さんだった。


中はと見ると、掃除とかは行き届いてる風だけど、建物自体は歴史を感じるほども古くもなく、かと言って今風でもなく、外見と同じく地味な印象でひっそりとしていて、土曜日なのに僕たち以外のお客さんは一組だけしかいないって話で。


「うちは、先代の主人が町屋を改装して作った、老舗っていう訳でもない、個人経営の旅館なんです。だから秋とかの観光シーズン本番の時期以外はいつもこんな感じで、正直、私たちの代で畳むしかないのかなって思ってたりするんです」


玲那の友達の高校時代の先輩だっていう女将さんは、僕たちを部屋に案内してくれて、そんな話をしてくれた。そこに、仲居として勤めてる玲那の友達の木咲美穂きざきみほさんが、


「だから、何とか日帰りでいいからお客さんを呼び込んで盛り上げようっていうことで、今回のプランを企画したんです。ぶっちゃけると、これがコケたらかなりピンチなんですよね」


と困ったような笑顔を浮かべながら補足する。


そうなんだ。京都がいくら有名な観光地だと言っても、それぞれの旅館とかホテルはやっぱり色々大変なんだろうなと思わされた。ただ、僕たちも経済的にそんなに余裕があるわけじゃないからちょくちょく利用して協力するっていうのも難しいなあというのが本音だったり……。


だけど、食事は美味しいし、お風呂も清潔で、決して悪くなかった。


「わあ!」


みんなでお風呂に入ると、珍しく沙奈子が声を上げた。決してすごく広いっていうほどじゃないけど家族四人で入っても窮屈な感じのしないお風呂はヒノキで作られてるってことだった。


「何度か来てますけど、やっぱり雰囲気はいいと思うんですよね」


絵里奈のそんな言葉にも、僕は『確かに』と思わされてた。ただ……。


「ただやっぱり地味っていう点で引きが弱いのかもしれませんね」


という言葉にも、『確かに』と思わされたのが正直な感想だった。


それでも、初めて四人で一緒にお風呂に入れて、沙奈子はすごく嬉しそうだった。僕も少し照れ臭かったけど、思った以上にホッとできた。だから、お金に余裕さえあれば何度も利用するのになって思う。今回はモニターということで料金は半額だったものの、正規の料金となるとやっぱり厳しい。頑張っても半年に一回くらいかなあ。利用できるのは。


お風呂の後、抹茶を使ったスイーツが出た。プリンとかクッキーとかチョコとか。これもアンケートを取って正式にどれをメニューにするか決めるということだった。


「私はプリンですね」と絵里奈。


『私はチョコかなあ』と玲那。


沙奈子はクッキーが特に気に入ったみたいだった。


って、バラバラじゃん!。僕はまあ、どれも美味しいと思ったかな。でもまあ、沙奈子がクッキーを選んだからクッキーにしておこうかな。


そんな風にしながらも寛いでると、仲居さんじゃなく『玲那の友達』として部屋に来ていた木咲きざきさんが、改まった感じで僕に話し掛けてきた。


「山下さん。私も以前から一度ちゃんとお話しさせていただきたいと思ってたんです。玲那のこと……。


いろいろあったけど、玲那のことを受け入れてくれて、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます…!」


そう言って深々と頭を下げた木咲さんに、僕は思わず恐縮してしまってた。


「いえいえ、僕の方こそ玲那には沙奈子のことで助けてもらってばかりだったから…!」


こうして初めて顔を合わせて話をさせてもらったけど、本当にすごくいい友達なんだなと思った。


当たり前か。あんな事件を起こした玲那とも変わらずに友達でいてくれるような女性なんだもんな。



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