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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百五十一 一弧編 「防犯意識」

『でも、学校のことはあんまり覚えてなかったけど、運動会の時にあの人たちが私のことなんか見なくて他の父兄と話ばっかりしてたのは覚えてる。


あと、運動会の最中に救急車が来たっていうのもホント。


何があったのかは知らないけど、お酒の飲みすぎで倒れたみたいな話を周りがしてた気はする』


それは、去年の沙奈子の運動会の時に玲那が話した内容のことだった。『あの人たち』っていうのは玲那の両親のことだというのも分かった。


玲那が小学校の頃をあまり覚えてないっていうのは当然なんだろうなと感じた。玲那にとっては本当にそれどころじゃなかった時期のはずだから。その過去を空想で補ったことで当時の記憶が余計に曖昧になってるらしい。その玲那が『覚えてる』ってはっきり断言するくらいだから、よっぽどだったんだろうな……。


そう言えば、『商談』とかっていう言葉を使ってたっていうのが印象に残ってる。あの時は単に本当に子供のことを放っておいて仕事の話をしてるだけって思ってたけど、玲那の過去を知った上で思い返すと、その意味が全く違って聞こえて背筋が寒くなる気がした。


自分の娘に売春をさせていた親が、学校で『商談』…か……。もしかしたら僕が思ってたよりももっとずっと深い闇がそこにはあったのかもしれない。


その全容が解明されないままになってるっていうのがまた怖かった。そういうのに関わった人間が野放しにされてるんだと思うと、たまらない気分にもなる。


だけど僕にはそういうのをどうにかする力はない。それが情けなくもあるけど、こればかりはどうしようもないんだな……。


そうだ。だからこそ僕は、そんなことに関わろうとするような人間を育てないっていう形で力になろうと思うんだ。他人を貶めて蔑ろにして欺いて心も体も嬲りものにしてなんていう人間を僕の家族から出さないことでね。


防犯っていうのは、既にいる変質者とかを監視したりするだけじゃないと思う。そもそもそんなことをしようと思う人間を生み出さないようにするのも防犯の一つだと思うんだ。日本の治安が良いって言われてるのは、そういうことをしようと考える人間がまず少ないことが理由にあるんじゃないかな。


一方で、僕も、沙奈子も、玲那も、たぶん絵里奈も、激しい気性を実は秘めてる。


僕は、沙奈子に対してカッとなってしまったこととか、児童相談所でのことで自分にそういう一面があることを思い知った。それだけじゃなく、根本的に他人への共感性に乏しく冷酷な部分があるっていうのは承知してる。


沙奈子は、児童相談所で、パニックになってボールペンで自分の腕を手加減なく突いてしまうくらいの激しさを秘めてることが分かった。


玲那は実際にそれで事件になってしまった。本当に取り返しのつかないことにならなかったのは不幸中の幸いだ。


絵里奈も実は、ヤンデレって言うのかな?。そういう素養があることを僕は知ってる。だって僕は、彼女の夫だから。


だから僕たちは全員、ともすれば他人を傷付けてしまいかねない危険性を孕んでるんだ。でも、だからこそそれをしっかりと抑え込んでいきたい。制御したいと思ってる。今の僕たちの幸せを守る為に。


結局、そういうことなんだろうな。僕たちが今、間違いなく自分が幸せだっていう実感があるからそれを失いたくなくて自分を制御できるんだ。一時の感情とかに振り回されて失いたくないほどのものがあるから。だったら僕たちは、その幸せを守ることで、自分たちの中から他人を傷付けたりするのが出ないようにすればいい。家族の誰かが、何もかもどうでもいいって思ったりするくらいに追い詰められないようにすればいい。


そういうことなんじゃないかな。


これまでにも何度も自分に言い聞かせてきたことだ。そしてこれからも何度でも何度でも何度でも何度でも言い聞かせる。僕は、沙奈子を、絵里奈を、玲那を悲しませたくない。それがあれば、イライラしたとかムカついたとかで誰かを攻撃したりしてトラブルの原因を作ったりしないでいられるんだ。


「本当に、幸せになりたいんなら自分から不幸になる原因を作っちゃダメなんだってすごく感じるよ。自分から作らなくても不幸は突然やってくることもあるんだからね。それに加えて自分で作ってたら、不幸に巻き込まれる確率は増える一方だ」


僕がしみじみそう言うと、絵里奈も玲那も、


「そうですね。私もそう思います」


『だよね。自分のことを思い出してみたら完全にそうだもん』


と応えてくれた。沙奈子も僕を見ながら頷いてくれる。僕たちの間ではその認識はきちんと共有されてると感じた。ちゃんと伝わってるんだ。この小さな関係の中だけでのことかもしれないけど、それで十分だ。外には伝わらないかもしれなくてもね。


でもここに鷲崎さんが加わったことで、今度は結人ゆうとくんが不幸を招かないようにしないといけないなっていうのも感じる。


もちろん僕たちにそれだけのことができると思ってるわけじゃない。ただ、そうなってほしくないって思ってるだけだ。鷲崎さんが悲しんだり苦しんだりするところは見たくないんだ。そのためには、結人ゆうとくんが事件とかを起こさないようにしてもらわないと。


そうだよ。事件を起こさずに済めば、当然、被害者だって生まれなくて済むんだ。それが一番のはずなんだ。事件自体が起こらないっていうのがさ。


玲那の事件や波多野さんのお兄さんの事件でつくづく思い知らされた。事件が起こってからじゃいくら加害者を罰したって事件そのものはなかったことにならないんだ。玲那を死刑にしたって、波多野さんのお兄さんを死刑にしたって……。


それはどうすることもできない現実なんだ。


僕はもう、そういうのは二度と嫌だ。僕の周りでそういうことは起こってほしくない。僕の身近な誰かが傷付いたり苦しんだりするのも、僕の身近な誰かが他の誰かを傷付けたり苦しませたりするのも嫌だ。ただの顔見知り程度の人にまでは手は届かなくても、声は届かなくても、届く範囲には届けたい。そうしてあんな苦しくて辛いことは避けられるようにしてあげたい。


僕と、沙奈子と、絵里奈と、玲那については、事件なんか起こさないといけない理由はもうない。せっかくの幸せを壊してまで起こさないといけない事件なんてない。この幸せを守るためなら多少のイライラだって我慢する。


ただ、鷲崎さんの話を聞く限りだと、結人ゆうとくんはまだとても危ういところにいる感じがしてしまう。でも、鷲崎さんは僕たちの言葉に耳を傾けてくれてても、結人ゆうとくんとは言葉さえ交わしてない段階だ。今はまだ、僕たちの手も声も届かない場所にいるんだと思う。けれどいつか、それが届くところに来てくれた時には、しっかりと受け入れてあげたい。


だって、鷲崎さんがあれほど大切に想える子なんだから、悪い子のはずがないからね。



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