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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百四十六 一弧編 「空想と事実」

日曜日。今日も千早ちはやちゃんたちが料理を作りに来る。今回は餃子らしい。ならみんなで作ることになるな。


と思った通り、僕と星谷ひかりたにさんも手伝って餃子を作った。


「私もすっかり慣れました。家では作りませんが、もういつでも自分で作れそうです」


餃子の具を皮に包みながら星谷さんが言う。それは僕も同感だった。


「さすがにこれだけやると僕も自分で作れる気がしてきたよ」


とは言いながら、たぶん自分では作らないけどね。沙奈子が作る方がずっと上手だと思うし。


「ところで、運動会の練習してるんだけどさ、五年生だから今年は組体操なんだよ」


千早ちゃんがそう言って会話に加わってくる。


「へえ、そうなんだ。沙奈子も?」


僕が視線を向けると、沙奈子が「うん…」って頷いた。そうか、この子が組体操ね。上手にできるんだろうか。そんなことを思ってるとまた千早ちゃんが声を上げた。


「大丈夫だよ。沙奈も上手にやってるよ。もちろんヒロもね」


胸を張る千早ちゃんの隣で、大希ひろきくんもちょっと自慢気に笑ってた。


『今年は私は行けないけど、応援してるからね』


玲那のメッセージが届くと千早ちゃんは、


「まかせて!」


って笑った。彼女も玲那の事情を承知してくれてる。その上でそう言ってくれるんだ。すると今度は星谷さんが、


「今年はカメラマンを二人雇います。なので沙奈子さんの写真についてはお任せください」


だって。「え?、いいんですか!?」と慌ててしまった僕の前で玲那が満面の笑顔で、


『お~!、それは心強いっす~』


とメッセージを送ってきた。僕なんかはつい恐縮してしまうけど、星谷さんは嫌々そういうことをする人じゃないから、ここは素直に喜んでおくのが正解なんだろうな。それでもやっぱり、


「なんか申し訳ありません」


とは頭を下げずにいられない。沙奈子も僕と一緒に頭を下げてた。


「いえいえ、お気になさらずに。千早とヒロ坊くんの大切なお友達ですから、私がそうしたいだけなんです。玲那さんがいらっしゃっても同じようにするつもりでしたよ。沙奈子さんも含めて写真に収めたいんです」


柔らかい視線を沙奈子に向けつつ、星谷さんはそう言ってくれた。相変わらずとても高校生とは思えない佇まいだと思った。でもその時、


「それにしても、沙奈子さんは礼儀正しいですね。千早にもこういうところを見習ってほしいと思います」


ちらりと千早ちゃんに視線を向けてそう言った星谷さんの姿にまたまた『お母さん』を感じてしまう。


「沙奈がいい子すぎるだけだも~ん。私は普通だも~ん!」


ぷうっと頬を膨らませて千早ちゃんが抗議した。もっとも、その顔はどこか笑ってるそれだったけど。


みんなで餃子を作りながらこういう感じって、ああ、なんかいいなあ。ホッとする。でも自分がこういう場にいるのが不思議っていう感じもしてるんだ。去年の今頃でもここまでじゃなかった気がする。星谷さんと直接知り合ったのも運動会の時だもんな。それがまさかこんなことになるなんて。


…去年の今頃…?。


そう思った時、ふと、僕はあることを思い出してしまった。そうだ。去年の今頃と言ったら……。


沙奈子の痣に気付いたりとか、絵里奈の子供の頃の話を聞いたりとかしたんだったっけ。沙奈子の痣のことは、もう、本人もほとんど気にしてる様子がなかった。もちろん痣そのものは今でも残ってるけど、僕が沙奈子の首筋とかに触れようとしても怯えたりはしない。痣を見せようとしてもらった時の怯えた顔は今でもはっきり思い出せる。それを思うと、本当に変わったよな……。


夢中になって餃子の具を皮で包んでいく沙奈子のことをちらりと見ながらそんなことを思った。それと同時に、絵里奈と玲那の話のことも思い出す。


絵里奈が実のお母さんと折り合いが悪かったこと。子供の頃はすごく口が悪かったり態度が悪かったりしたらしいっていうこと。結婚の挨拶をしに行った叔父さんがお父さん代わりだったこと。そういうことを話してもらったのも去年の今頃だったなあ。


ただ、それで改めて気が付いた。その時に、玲那が自分のこととして話してた内容は、ほとんどが玲那自身が作り上げた空想だったんだって…。特に家族のことについては……。


あの時には、全く気が付かなかった。あまりに自然に話してるからまるで疑うこともなかった。普通に昔のことを話してるだけなんだって思ってた。だけど実際にはそのほとんどが玲那の空想の産物だったんだな……。


そのあと、作った餃子をみんなで食べて千早ちゃんたちが帰って、沙奈子と一緒に買い物を済まして、また三人になってから、僕は玲那に話し掛けた。


「玲那、昔のことを少し聞いてもいいかな…?」


僕の言葉に少しハッとした顔をしたけど、きゅっと唇を引き締めて『いいよ。何でも聞いて』ってメッセージを返してくれた。


「ありがとう。というのも実は、去年の今頃に玲那から聞いた話の内容がどこまで本当でどこまで空想だったのかちょっと確認したくてね…。もし話したくなかったら無理には聞かないけど……」


『…どんな話したっけ…?』


「学校で『一見するとすごく真面目で優等生って感じだけど尋常じゃないキレ方をする子がいて、目をつけられた』とかなんとかっていう話」


『あ、あれか。


そうだね。そういう子がいて目をつけられて大変だったのはホント。あと、その子のことをやけに贔屓する先生がいたのもホント。


いやあ、あれには参った参った』


「結局それは丈夫だったの?」


『うん、しばらくは大変だったんだけど、その先生、次の年度で転任していっちゃってさ。噂によると、教頭先生に、生徒を贔屓してるのを注意されて逆ギレして自分から他の学校に移りたいって言い出したらしいんだよ。


で、優等生ぶってた子の方は、次の担任の先生に逆に目をつけられちゃって、めっちゃ指導されてたみたい』


「そうか、大丈夫だったんだね?」


『うん。結果的にはね。だけど、あの頃は私もかなり精神的にあれだった時期だから、今から思うとそれでその子の癇に障るようなことをしちゃってたのかもって思うんだ。


その子も、家庭的にいろいろあったみたいでさ。お互い様かなって今は思うよ。


でもそう思えるようになったのも、お父さんのおかげかな。去年話した時は、正直まだその子のことを恨んでた気がする……』


少し目を伏せてそうメッセージを送ってきた後、改めて僕を見詰めて玲那は笑った。少し困ったような笑顔だった。


『今話したことは本当。だけど、あの人たちに学校でのことを相談したっていうのは本当じゃない。あの人たちには相談なんてそれこそできなかったからさ』


玲那のメッセージにあった『あの人たち』が実の両親のことだというのは僕にも分かった。もう、彼女の中では両親じゃなくなってるんだろうなっていうのを感じたのだった。



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