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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百四十五 一弧編 「現代のコミュニティー」

玲那とたっぷり話し合ったところで、沙奈子と絵里奈が喫茶スペースにやってきた。人形たちをじっくり堪能した絵里奈が満足気に話すのを聞きながら、僕と玲那は一緒に笑顔になってた。こうしてられるのが嬉しいからだ。


沙奈子はと見ると、この子も満足そうにしてるのが分かる。僕を見る目が穏やかだからね。


僕たちはこうして小さくまとまってることで幸せを感じることができる。何か大きなイベントとかお祝い事とかなくても一緒にいられるだけで満足できるんだ。それが理解できない人には理解できなくてもいい。これは僕たちの幸せだから。


帰り際、バス停で沙奈子と玲那に見守られながらまた絵里奈とキスを交わして、僕たちはそれぞれ部屋に戻った。夕食を済まして山仁やまひとさんのところに顔を出してみんなが変わりないことも確認する。波多野さんや田上たのうえさんのこともそうだけど、今はイチコさんのことも少し気になってた。お母さんの命日が近いということだから。


別に僕が気にするまでのことはないのかもしれない。余計なお世話かもしれない。ただ、お母さんを亡くしたというイチコさんがその事実とどうやって向き合ってるのかっていうのが気になるっていうのもあるのかな。


とは言え、イチコさんはやっぱりすごく飄々としててのんびりとした感じだった。現実を受けとめられてるんだろうなっていうのを感じた。強さと言うか懐の深さも感じる。そしてそれは、お父さんの山仁さんが育てたものなんだろうなっていうのも感じるんだ。


お母さんを亡くすというあまりに大きな悲しみに直面しても自分を失わずにいられる。それは、『死』を単なる不幸なだけの結末に終わらせないヒントになるような気がした。絶対に回避できないものなら、それ自体を受け入れてしまうという強さと言うか。


そうだ。『死』という途方もなく大きな不幸と向き合えるなら、この世のほとんどの不幸は恐れるに足りないって気さえする。僕がそこまでになれるかどうかは分からない。沙奈子や絵里奈や玲那を喪うなんてことになったら正気でいられる自信がない。でもそれは『絶対にない』とは言えないことなんだ。それにいずれ、何十年かしたら結局は訪れる結末なんだし。


順番で言えば、僕は沙奈子を残して先に逝くことになるハズだ。その時、悲しいだけの別れにはならないようにしてあげたいな。そのためには、僕は『幸せだったよ。ありがとう』と言ってあげられるくらいでいたいと思う。そのためにも、小さな幸せをたくさん積み上げていきたい。


絵里奈や玲那については、三歳しか違わないからこれはもうどっちが先になるか分からない。普通に考えたら女性の方が長生きする確率は高いんだろうけど、僕は敢えてできることなら二人を残して先に逝くのは避けたいかなと思ったりする。何となくだけど、僕が見送ってあげたいんだ。だって、泣き虫の絵里奈と甘えっ子の玲那を残してなんて逝けないよ。だったら僕が残る方が気が楽だ。


もっとも、その辺りがどうなるかなんて、それこそ『天のみぞ知る』ってところなんだろうけどさ。


沙奈子を連れて家に帰って、一緒にお風呂にする。何となく沙奈子の体が前より成長してきてる気がする。この子の命を見る気もした。生きてるんだなっていう実感って言うか。それが嬉しい。


この子もいつか大人になって、パートナーと出会って、結婚して、子供ができて、お母さんになってってするのかな。今は必ずしもそういうのばかりとは限らないにしても、そうなってくれたら嬉しいなっていうのも正直な気持ちだな。僕の両親、いや、それをさらに遡ったところから続いてきたのかもしれない、家族が家族として機能してないバラバラなそれを断ち切れたかどうかがそれで分かりそうな気がするから。


沙奈子ならきっと、いいお母さんになれるって思う。もちろん任せっきりにするんじゃなくて僕も手伝う。特に最初の子供は親にとっても初めての経験ばかりになるはずだから、親だって初心者から始まるんだから。赤ちゃんの世話とかは未経験な僕でも、何かできることはあると思うし、絵里奈もきっと手伝ってくれる。みんなで家族を守っていくんだ。


親世帯に関わられたくないっていう人が今は多いっていう。僕も、自分の両親のことを想像したらその気持ちは分かりすぎるくらいに分かる。でももし、山仁さんが僕の親だったとしたら関わられたくなかったかなって思うと、必ずしもそうは思わないかも。だから、親との関係によってそれは変わってくる気もするんだ。


嫁姑のいろいろについても昔から言われてるよね。だけど僕は、沙奈子がもし結婚したとしたら、人生の先輩として意地悪なこととか決してしたくない。むしろ大切にしてあげたい。


僕が見た夢に出てきた、鮫島結人さめじまゆいとみたいな感じの旦那さんだとしても、何とかうまくやりたい。でもまあ、沙奈子が選ぶ人だったら大丈夫かなって気もしてるけどね。この子は自分を大切にしてくれない人は選ばないって気もするんだ。今はもう、そういう人を選ぶ必要がないから。そんなのを選ぶくらいなら、ずっと僕たちのところにいてくれていい。焦って変なのを選ぶ必要もない。じっくり相手を見極めてからでいいよ。


それで言うと、昔と違って焦る必要もなくなってるはずなんだ。何が何でも結婚しないといけないっていう感じじゃなくなってるから。僕だって、絵里奈と出会って沙奈子のことがなければたぶん結婚してない。


それでも、今の僕は、絵里奈となら子供が欲しいと思ってる。僕の血を受け継いだ新しい命を心のどこかで望んでる。


沙奈子が来る前は、絵里奈や玲那と出会う前は、そんなの考えたこともなかった。それどころか僕の血筋なんて途絶えてしまえばいいと思ってた。あんな両親や兄と同じ血が流れてる僕の子供なんて害悪にしかならないと思ってた。けれど、今は必ずしもそうは思わない。血が人間を作るんじゃない。人間が人間を作るんだ。たとえ親が駄目でも、それを補ってくれる誰かとの出会いがあればひっくり返すこともできるんだって僕は学んだ。だからもう心配してない。


僕の周りにはすごく頼りになる人たちでいっぱいだ。だから僕が駄目な親だったとしても、僕にもしものことがあったとしても、誰かがそれを補ってくれる。昔のコミュニティーはまさにそういう役目をしてたんだろうな。親が未熟でも、子供の面倒を見きれなくても、身近な誰かがそれを補ってくれてた。それがあったから何とかなってた。


現代はそういうのが希薄になってるのかもしれない。でも、だったらそれに代わるものを自分たちで作ればいいよね。そうして出来上がったものの中に、僕たちはいる。


何だかすごいことに立ち会ってる気がするなあ。



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