四百四十三 一弧編 「早速の愚痴」
月曜日。今週もいつも通りの一週間が始まる。その中で僕は、いろいろ考えていた。
僕たちの考え方を、やってることを、綺麗事だと切り捨てる人はいると思う。でも僕はそれに噛み付くつもりはない。そういうことをすればますます攻撃されるからだ。他人を攻撃したい人の多くは、攻撃することそのものを目的にしてる気がする。理由なんか何でもいい。ただ誰かを攻撃したいんだ。
だから、わざわざ僕の方から噛み付いて攻撃の口実を与えようとは思わない。そんなことをしたって僕が欲しいと思ってる幸せは手に入らない。僕が欲しい幸せは、他人を攻撃しても手に入らない。
僕の幸せは、沙奈子と、絵里奈と、玲那と一緒に穏やかな時間を過ごすことでしか得られない。だとしたら、その穏やかな時間を壊すようなことをしたらそれこそが僕にとっての不幸なんだ。
山仁さんやイチコさんにとっても同じなんだろうなというのを強く感じる。そう感じるからこそ僕は山仁さんのところの集まりに参加していられるんだ。
改めて鷲崎さんもあの集まりに参加できそうな気もするけど、その辺りは鷲崎さん自身が決めることだと自分に言い聞かせる。僕たちの方から無理に勧めることじゃない。それだと勧誘みたいになってしまう気もするし。鷲崎さんが必要としてるなら、いずれそういう機会も来るはずだ。僕たちはその時に拒まないようにすればいいだけなんだ。
火曜日。また早朝からすごい雷だった。この前ほどじゃなかった気もするけど、沙奈子がやっぱり「怖い…」って言ってたから僕はきゅっと彼女を抱き締めた。
でも、起きる時間にはもうすっかり収まっててホッとした。
金曜日。今日は沙奈子の学校で参観がある。絵里奈の方で休みが取れたから行ってくれるってことだった。
「楽しみです」
嬉しそうに言う絵里奈がちょっとだけ羨ましかった。
山仁さんのところでの会合では波多野さんが誕生日プレゼントとしてもらったスラックスを穿いて終始ご機嫌のまま終わって、沙奈子と一緒にアパートに戻って夕食とお風呂を済まして四人で寛いでると、
「沙奈子ちゃん、頑張ってましたよ」
と絵里奈が笑ってた。すると沙奈子が少し照れくさそうにしてるのを感じた。うん。ちゃんとそういう気持ちを表してくれてるな。それを確認できて安心する。さらに絵里奈が、
「千早ちゃんと大希くんが学校でもすごくいい友達でいてくれてるのも改めて確認できました」
だって。やっぱり自分の目で直接確かめるのも大事だな。そのための参観日なんだから。
その時、鷲崎さんがビデオ通話で参加してきた。
「お休みのところすいません。お邪魔します」
「いえいえ、歓迎しますよ」
恐縮した感じで頭を下げる鷲崎さんを、僕たちは笑顔で受け入れた。
「こんばんは」
沙奈子もきちんと挨拶してくれる。
それが一番嬉しかったのか、鷲崎さんもホッとしたみたいな笑顔になった。でもそれがすぐ苦笑いになって、
「沙奈子ちゃんはホントに優しいですね。それに比べてうちの結人ったら…」
だって。早速の愚痴か。苦労がしのばれるって感じだな。でも、鷲崎さんみたいに責任感のある人が愚痴をこぼしてくれるのはありがたい。それだけ僕たちを信用してくれてるってことだと思うから。結人くんのお母さんは、鷲崎さんに対してそこまでできなかったから逃げ出してしまったのかもしれない。それに比べれば、ずっといい。
「大丈夫だよ。沙奈子だって誰に対しても愛想良くできるわけじゃないから」
沙奈子の頭を撫でながら、僕は応えた。沙奈子も頷いてくれてた。
「鷲崎さん。僕も沙奈子や玲那が傍にいるから今は実感できるんだけど、沙奈子や玲那や結人くんみたいな境遇にあった人がそうじゃない人と同じようにできるって考える方がどうかしてると僕は思う。強度の近視や乱視の人が眼鏡やコンタクトもなしで正常な視力の人と同じことができないみたいに。そういう、前提の違いを無視して『同じようにやれ』って言う人の方が、僕は甘えてると思うんだ」
「先輩…。でも、他人に対していつもケンカ腰なのとか、そのままにしておいていい訳じゃないですよね…?」
「もちろんそれはそうだと思う。だけど、結人くんは自分からケンカを吹っかけていくタイプなのかな?」
僕がそう聞いた時、鷲崎さんの顔にキッと力が込められたのが分かった。
「…いえ、結人はそんな子じゃありません…!。あの子は確かに乱暴者だけど、結人がケンカをする時はちゃんと理由があるんです…!」
やや前のめりになって食って掛かろうとするみたいな感じのその様子に、僕は思わず顔がほころぶのを感じた。鷲崎さんが結人くんをちゃんと見てるって思えたからかもしれない。
「だったらまだ大丈夫なんじゃないかな。自分を抑えられてるってことだと思うし。理由もなく他人に危害を加えようとするような子だと、それこそすぐに児童相談所やカウンセラーとかに相談しないといけないと思うけど、話を聞いてる分にはそこまで緊急性もなさそうって印象かな。
ただ、これはあくまで僕個人の印象に過ぎないから、あまり当てにされても困るけどね」
そうだ。僕は専門家じゃない。ただ沙奈子や玲那を傍で見てきた経験者っていうだけだ。だけど経験者としての範囲なら意見も言いたいと思う。
「いいえ、すごく助かります。気持ちが楽になります。そうですよね。結人はいい子なんです。乱暴者だけど…!」
「そうだね。鷲崎さんがそう言うんならきっといい子なんだろうな。次はその乱暴な部分と、結人くん自身が上手く折り合いをつけられるようにこれからいろいろ学んでいくっていうことじゃないかな。
鷲崎さん。何度も言うけど、僕たちはこうやって再会できたんだから、それを活かしていきたい。相談したいことがあったら何でも言ってくれていいよ。今なら児童相談所の人にもツテがあるし、たぶん専門家にもすぐに連絡を付けてくれる頼りになる人もいるから」
この時の僕の頭には、塚崎さんや山仁さんや星谷さんの姿が浮かんでた。
「ありがとうございます。ありがとうございます…!」
鷲崎さんはそう言って何度も頭を下げてたのだった。
土曜日。月曜日は祝日だから三連休だ。今日は千早ちゃんが料理を作りに来る。肉じゃがらしい。
「フニフニのふわふわ~」
沙奈子に抱き付いて頬をすり合わせて感触を楽しんだ後、千早ちゃんはさっそく料理に取り掛かった。
「いつも千早がすいません、ホントに…」
そう恐縮しつつ頭を下げる星谷さんの姿は、やっぱり『お母さん』って感じだと思った。
「いえいえ、千早ちゃんが仲良くしてくれるから沙奈子も学校で上手くやれてるんだと思います。すごく助かってますよ」
それは僕の本心からの言葉だ。社交辞令とかじゃない、まぎれもない本音。そう思えることを僕は感謝したいんだ。




