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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百四十一 一弧編 「馴れ初め」

イチコさんのお母さんは、快活でパワーがあって面倒見が良くて、いわゆる『姉御肌』って感じの女性だったらしい。その分、男勝りな面もあって男性相手でも一歩も引かないってところもあって、男性よりも女性に人気がある人だったって。


そんな感じだから男性と女性で対立するような時には真っ先に神輿として担ぎ上げられることもあったってことだった。


ただ、イチコさんのお母さん自身はそういうのがしたかったわけじゃなかったらしくて、本当はそんな風にさせられるのを迷惑に感じてた部分もあったんだって。


そういう本音の部分を受けとめてくれるのが、当時、イチコさんのお母さんが参加してた大学の学外サークルに一緒に参加してた山仁やまひとさんで、みんなから頼られる『姉御』だった彼女が唯一甘えられる存在だったってことだった。


「お父さんとの惚気話は散々聞かされたんだ。例えば、お母さんは大学内のサークルでは演劇部にも副部長として参加してたんだけど、芝居の演出で部長だった男の人と対立して『お前みたいな女をもらってくれる男とかいないだろうな』って言われて。


その場では『今時、結婚で人間の価値が決まる訳じゃなし、煽りとしても陳腐だね』と鼻で笑ってみせたお母さんも本当は怒ってて、『何なのあれ、ムカつく~っ!』ってお父さんに愚痴ったの。そしたらお父さんが『優衣ゆいは可愛いな』ってサラッと言ったらしいんだよ。ナチュラルに口説いてきてるよね」


そうなのか。


自分の目の前で実の娘に奥さんとの馴れ初めを暴露されても、山仁さんは少し苦笑いしてるだけで特に慌てる様子もなかった。別にバラされて困るような話でもないと思ってたのかもしれない。


「そんなことしてるからお母さんにとってもお父さんの近くはすごく居心地のいい場所だったってさ。


お母さん言ってたよ。『お父さんと一緒にいた方が実家に帰るよりよっぽどホッとする』って。私は自分の家以外のところでホッとするとかいうのぜんぜんピンとこないけど」


それはそうだろうな。山仁さんが世界中の誰よりもイチコさんのことを受けとめてくれてるんだし。自分の家族と一緒にいるのが一番ホッとできるっていうことの安心感がどれほどすごいのか、僕もまさに現在進行形で実感中だ。


イチコさんは続ける。


「それからお母さんは何となくお父さんと一緒にいるようになって何となく付き合ってる感じになったって。だけど最初はお父さんのことを『お兄ちゃん』って呼んでたらしいよ。理想のお兄ちゃんだったらしいから」


お、お兄ちゃん…?。ああでも、頼りがいのある感じという意味ではそういうのもアリなのか。


「まあ結局、そんな感じで六年ほど付き合って、お母さんの方からプロポーズして結婚したって。お父さんはだいぶ渋ってたそうだけど」


…え?。そうなんだ。意外だな。


と思ってたら山仁さんが口を開いた。


「あの頃はプライベートの方でまだいろいろありましたからね。彼女に迷惑が掛かると思って踏み切れなかったんです。六年でも安心はできませんでした」


そう言ってまた困ったみたいに笑ってた。


「当時私が参加していた学外サークルそのものが、私が抱えていた問題を考察するために友人たちが立ち上げたものだったんです。『犯罪加害者の家族が抱える問題について考察する』っていうことを目的としたサークルでした。もっとも、妻が参加した当時には既にそれ以外の『様々な問題についてそれぞれの立場から相互に考察する』っていうサークルに変わってましたが」


……!?。


本当に何気なく、普通にただの世間話みたいにサラッと言うからつい聞き逃がしそうになったけど、それって今のこの状況の根幹の部分だよね…?。


その通りだった。以前から僕ももしかしたらとは思ってたんだけど、やっぱり山仁さん自身が今の波多野さんと同じような経験をしてきたそうだった。


あの超然とした感じも、山仁さん自身がそうなる必要があって身に付けたものだったらしい。世間からあれこれ言われることに対して心を乱されないようにするために。波多野さんのことを放っておけなかったのも、それが理由の一つだったって。


ただ、山仁さんの経験したそれが具体的にどれほどのものだったのかを知ったのは、もうしばらく後だったけど…。娘のイチコさんでさえ詳しくは知らされてなかった事実。さすがにそれは、まだ小学生の大希ひろきくんはもちろん、高校生のイチコさんでさえ受けとめきれるのかどうか不安があったということだった。正直、玲那が経験したそれとはまた別の形で重すぎる現実。


名前を変え過去を徹底的に消してさらに世間の関心が薄れるだけの時間を待たないと正気を取り戻すのもままならなかったとか。


まったく、神様だか仏様だかはどうしてそんなことを子供に背負わせるんだろう。親のしたことが子供を苦しめる場合があるのは分かるけど、それにしたって限度があるだろう。それと同時に、『世間』っていうものの残酷さも改めて思い知らされることになった。


もっとも、この時はただただイチコさんによるお父さんとお母さんの惚気話を聞かされただけだったんだけどね。


でもそれ自体、どうしてこの時そんなことをイチコさんが言いだしたのかと言えば、お母さんの命日が間近だったからってことだった。それでつい、お母さんのことに触れたくなったんだって。


けれど、それを聞かされたのも後になってからだった。というのも、田上さんの誕生日が近いからそれに水を差したくなかったっていう配慮に加えて、お母さんのことはあくまで山仁さんの家族の中での話だから、家族だけでゆっくりと悼みたかったらしい。


その気持ちは、僕にも何となく分かる気がした。静かに落ち着いて思い出に浸りたいってことなのかも。たくさんの人にそれを悼んでもらえるのもいいことなのかもしれない。そうして欲しいと思う人はそうすればいいと思う。その一方で、大切な人のことだからこそ他の誰かに煩わされずに悼みたいって考える人も確かにいるんじゃないかな。亡くなった人をどう悼むのかっていうのも、人それぞれなんだと思う。


イチコさんが急にそういう話をし始めたのも、それがイチコさんなりの悼み方だったんだろうな。お父さんとお母さんがどう出会ってそれがどういう風に自分の存在に繋がったかを、言葉にして確認してみたかったのかもしれない。


「お父さんが、迷惑が掛かるかもって言って渋ってたのを、『私なら大丈夫ですから!』って言い張って六年かかって説得したってお母さんが自慢してた」


六年…。今の沙奈子が高校生になる頃まで諦めずにってことか。


「お父さんのことを支えられるのは自分しかいないって思ってたって。まあその通りだったらしいけど」



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