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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百四十 一弧編 「山仁さんの誕生日」

今回、鷲崎さんが見せた姿は、本当に絵里奈に似てたと思った。出会った順番が違ってたらもしかしたらって思わなくもないくらいに。


でもそれはただの『たられば』に過ぎない。僕は絵里奈と結婚して沙奈子と玲那の父親になった。その事実はもう覆らない。


だけど、こうやってちゃんと自分の気持ちとか本音とか抱えてるものを吐き出して頼ってくれるんだったら力になりたいと思える相手なのも間違いなかった。


「鷲崎さん。絵里奈の言うとおりです。辛い時は素直に泣いたらいいと思う。弱音を吐いたらいいと思うんだ。辛い時に涙をこらえて頑張る姿っていうのは、フィクションの演出としては盛り上がるかも知れないけど、僕たちはフィクションの主人公じゃない。生きてる人間なんだ。格好いいところばかり見せてられないよ」


「…先輩…、せんぱぁい…!」


もし目の前にいたら抱き着いてきてたかもしれないくらい、鷲崎さんは画面いっぱいに近付いてきて泣いてた。ますます涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの顔になってても、それを笑う人はここにはいない。小学生の沙奈子でさえ今の鷲崎さんを笑うのは人として恥ずかしいことだって分かってる。


自分は他人を馬鹿にするのに、いざ苦しくなったら他人に助けてもらおうとするとかいうのは、僕はムシが良すぎると思う。自分が苦しい時に辛い時に誰かに助けてもらいたいと思うなら、他人を馬鹿にしたり貶めたりするべきじゃないと思う。


沙奈子はそういうことをしない。誰かを馬鹿にするとかしてしまうくらいなら何も言わないことを選ぶ子だった。それは僕の真似かもしれない。そして絵里奈や玲那もそうだ。わざと人を馬鹿にしたりしない。だから助けてもらえる。


自分がどこの誰か分からないからって誰かを馬鹿にして蔑んで貶めようとしてる人を助けたいと思ってくれる人はいるんだろうか?。少なくとも僕はそういうことができるほど自分が聖人君子じゃないことは自覚してるつもりだった。その場でつい感情的になってしまって良くない言葉を使ってしまうことはあったとしても、自分の憂さ晴らしのためにネットで悪態を吐くような人じゃないから沙奈子や絵里奈や玲那を守りたいと思える程度の人間なんだっていうのは分かってるつもりなんだ。


今の鷲崎さんを笑ったりしない僕の家族を、僕は誇りたいと思った。


そして僕たちの前でこうやって自分をさらけ出すことができる鷲崎さんのことなら受けとめられるとも改めて思った。


どれだけのことができるのかは分からない。でもこうやって話を聞くくらいのことをするのは問題ない。


こうして鷲崎さんも、僕たちの繋がりに加わることになったのだった。




鷲崎さんは僕たち家族とはまずこうして繋がれるようになったけど、他のみんなとはまあ何かの機会があれば紹介するという形にとりあえず留めておこうかなとは思う。僕たちとは上手く噛み合った鷲崎さんだけど、だからって他のみんなとも同じようにできるかってなったら、それは僕が勝手に判断できないし。


日曜日。いつものように千早ちゃんたちが「よっス、よっス」と料理を作りにやってきた。子供たちは子供たちでやってもらっておいて、僕は星谷ひかりたにさんと話をする。


「僕の大学時代の後輩で、小学生の男の子を預かってるっていう鷲崎さんのことなんですけど、向こうもかなりいろいろあるみたいです。少なくとも僕と同じくらいには」


「そうですか。世の中には様々な事情を抱えた人はたくさんいらっしゃいますからそれ自体は驚くほどのことではないのかもしれません。私でお役に立てることでしたら協力させていただきますので、どうぞお気軽にご相談ください」


「ありがとう。そう言ってもらえるとすごく助かります」


「いえ、私もこうして千早のことでお世話になってますから、当然のことです」


当然、か。本当は千早ちゃんの家族でもない星谷さんがそれを言うっていうのも不思議なんだろうな。僕たちの間じゃそうじゃないっていうだけで。


『まあとにかく、おとーさんの元カノなんだし放ってはおけないよね』


「ししし」って感じで笑いながら玲那がメッセージを送ってきた。


「元カノさんなんですか?」


という星谷さんの質問に、


「い、いや、そういうのじゃないですから…!」


と、別にやましいことがある訳でもないのに思わず慌ててしまった。もう、玲那のやつ…!。


僕が慌てる様子を見て、玲那はますますニヤニヤ笑ってた。


「大丈夫ですよ。元カノさんかどうかというのは私には問題ではありませんから」


「いや、本当にそういうのじゃなくて…、って、そうですね。そういうことでいいです」


なんだかもういちいち訂正するのも馬鹿馬鹿しくなってきて、『元カノ』っていうことでもいいかなと思えてきてしまった。実際、鷲崎さんは僕の部屋にまで押しかけてくるくらいの関係だったのは事実だし、ひょっとしたら世間的には付き合ってるようにも見えてたかもしれないし。あくまで付き合ってたわけじゃないというのは僕だけの認識だったのかもしれない。


夕方。今日は沙奈子と一緒に山仁やまひとさんのところに行く。でも波多野さんもすっかり落ち着いた感じだし、特にこれといった話題もなかった。ただ、星谷さんが山仁さんに向かって深々と頭を下げて、


「お誕生日、おめでとうございます」


と挨拶してたけど。


僕がくる直前まで山仁さんは寝てて、こうして顔を合わせたから改めてってことなんだろうな。


「ありがとう。でも、この歳になるともう誕生日がおめでたいものだという実感はまるでないかな。後は衰えていくだけだから」


山仁さんはそう言って笑った。するとイチコさんが表情を変えずに、


「そうだね。おじさんって言うよりおじいさんになってくだけだよね」


だって。辛辣なツッコミはさすが実の親子って感じかな。でも僕はどう反応していいのか分からずに乾いた笑いしか出てこなかった。


ただこの時、珍しくイチコさんがさらに言葉を続けた。


「だけど不思議だよね。お母さんがいたらさすがにこんな風にみんなで集まれたかどうか分からないし。やっぱりお母さんがいたら家庭が優先になってたと思うから。


こうしてみんなに集まってもらってるのは、私のためっていうのもあるんだもんね」


そういうことだった。星谷さんも波多野さんも田上たのうえさんもそれぞれ必要だからここに集まったっていうのもあるんだけど、それと同時に、お母さんを亡くしたイチコさんを支えたくて集まってるっていう一面もあるんだって。


全校でたった三人しかいない、女子でスラックスを制服に選んだことを平然としてられるイチコさんでも、やっぱりお母さんを亡くしたことは辛くて苦しい時もあるそうだった。


この集まりは元々、イチコさん、星谷さん、波多野さん、田上さんがお互いに支え合うために始まったものだったんだって。



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