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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百三十八 「割り切ってきたはずのこと」

『やふ~っ!。楽しかった~!』


そんなメッセージと一緒に秋嶋さんたちと笑顔でポーズを決めてる写真が届き、玲那たちのオフ会が終わったことが分かった。


「じゃあ、いってきます」


身支度を整えた絵里奈が玲那と合流して向こうの部屋に戻る為に玄関を出た。いつもの通り、『いってきます』って言いながら。


僕と沙奈子は『いってらっしゃいのキス』で絵里奈を送り出す。


それからも随時メッセージが届きつつ、合流した二人がバスに乗る様子も写真と共に届いた。


今日はもう会合はないから、絵里奈と玲那が向こうの部屋に戻ればあとは四人でゆっくりと寛ぐだけだった。


夕食もお風呂も終えてのんびりしてるところに、鷲崎さんがビデオ通話に参加してきた。


「お休みのところすいません」


申し訳なさそうに頭を下げる鷲崎さんを、「こんばんは」とみんなで受け入れる。


「大丈夫だよ。まあ僕以外はみんな色々作業中だけど」


沙奈子と絵里奈は人形の服作り。玲那はフリマサイトに出品中の品物の管理っていういつもの作業だ。


『これ、沙奈子ちゃんが作ったんだよ~。すごいでしょ』


玲那が出品の為に沙奈子から預かった人形のドレスを鷲崎さんに見せた。


「え?。沙奈子ちゃんが作ったものなんですか!?。すごい、本格的!」


という反応に、沙奈子が次のドレスを作りながらも少し頬を赤くして照れ臭そうにしてるのが分かった。僕たち以外の人に褒められるのはまだあまり慣れてないって感じがする。


「玲那がどうしても仕事を見付けるのが難しいから、少しでも収入になればと思って、絵里奈が大学時代にやってた手作りの人形の服をフリマサイトで売るっていうのを再開したんだ。そこで沙奈子のドレスも出品してみたら好評で。もしこのまま評判が良かったら、いずれちゃんとした会社にしていっそのこと自分達で仕事を作ってしまおうと」


「すごいですね。確かに今では手作りのものをオークションやフリマサイトで売ってっていうのも珍しくないですもんね」


「うん。それで、絵里奈が作った品物の出品や管理を玲那の仕事にしてね。沙奈子はまだ練習中だけど、上手くいくようならこの子の仕事も作ってしまえるかなって。さすがにそこまでは都合よくいかないかもしれないけどさ」


「だけど、こうして見るとすごく良くできてますよ。ちゃんとした品物だと思います。球体間接人形とか、今は静かなブームだって私も聞いたことありますし、やり方次第では十分に仕事になるんじゃないですか?。いいアイデアですよ」


「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。もっとも、これについては僕はまったくノータッチなんだけどさ」


そんな僕を絵里奈がフォローしてくれる。


いたるさんは正社員として確実に計算できる収入を確保してくれてますから、私たちがこういう波のある変動の激しいものを仕事としてやれるんですよ。いたるさんのおかげです」


すると鷲崎さんが、


「ここで間髪入れずに絵里奈さんが先輩を持ち上げるところとか、本当に息が合ってますね。さすがだって思いました」


だって。なんだか照れ臭いな。そこに玲那がメッセージを送ってくる。


『でしょ~?。妬けるよね~』


「ししし」って感じで笑いながら。


でも、その時、玲那を見た鷲崎さんの表情が一瞬だけ曇るのが僕にも分かった。それが気になったけど敢えて何も言わないでいると、絵里奈が言った。


「もしかして、玲那がどうして喋れないのか気になりますか?」


その言葉にまん丸い顔がハッとした表情になって、すぐに視線が伏せられた。


「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですけど、やっぱり分かっちゃいます…?」


そういうことか……。


まあ、僕たちはもうすっかり慣れてしまったけど、普通は気にするのが当然なのかな。さっきまでのほのぼのした空気が嘘みたいに重くなり、微妙な沈黙が数秒間続いた。


「…ニュースでも伝えられてましたけど、玲那は、お父さんを包丁で刺してしまった時、その包丁で自分の首も刺して自殺を図ったんです。その後の治療でも命を救うのを優先したことで声帯がズタズタになってしまって、喋れなくなりました……」


辛うじて沈黙を破った絵里奈がそこまで言って言葉に詰まると、それを玲那が引き継いだ。画面の向こうで僕たちを真っ直ぐに見詰めながら。


『そういうこと。でも私、喋れなくなったことは仕方ないと思ってるんだ。


もちろん不便だし残念なのは確かだけどさ。でも、自分がやったことだから。


私、逃げようとしたんだよ。あんな事件を起こしておいてみんながどれだけ苦しむのかちゃんと考えずに自分だけ楽になろうとしたんだ。


これは、その罰だと思ってる』


「玲那……」


思わず名前を呼んでしまったけど、僕はそれ以上言葉にすることができなかった。沙奈子がきゅっと僕の腕を掴んでるのを感じてしまって……。


絵里奈も顔を伏せて、体が震えてるのが見えた。泣いてるんだと思った。僕も胸が詰まるような気がした。


あれからもう何ヶ月も経つのに、何となく自分たちの間では当たり前のことになってたはずなのに、こうして改めて話題にするとまだ完全には割り切れてないんだっていうのを実感する。鷲崎さんも視線を下げて唇を噛み締めてた。


そこに玲那のメッセージが届く。


『みんなありがとう。私なんかのことをこんなに気にしてくれてホントに嬉しい。


でも、大丈夫だよ。私、今の自分が結構気に入ってるんだ。


喋れないことも、それが罰だと思えば納得できるんだ。


絵里奈や沙奈子ちゃんやお父さんに迷惑かけちゃったことの罰をちゃんと受けてるんだって思うから、納得できてるんだ。


もしそうじゃなかったら、私、自分を許せなかったかもしれない。


私、今、ちゃんと幸せだよ』


「ありがとう」


メッセージの後で、玲那が自分の口でそう言った。実際にはただ息が漏れてくるだけの音だったけど、他の人には全くそう聞こえなかったかもしれないけど、僕には間違いなく『ありがとう』って聞こえたんだ。


「玲那ぁ……」


顔を上げて玲那を見てた絵里奈の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。今の玲那を受け入れてなるべく気にしないようにしてきてもやっぱり心のどこかでずっと引きずってきたことが噴き出してしまったんだと思った。その絵里奈の頭を、玲那が『よしよし』って感じで撫でてた。


「ごめんなさい…、ごめんなさい、私……!」


鷲崎さんが顔を伏せて何度も謝ってた。でも、彼女のせいじゃない。鷲崎さんの表情を勝手に斟酌して話題を振ってしまった僕たちのせいだ。


「鷲崎さんは何にも悪くないよ。いずれちゃんと話さないといけないことだったんだ。その機会をくれただけだよ」


「先輩……」


僕を見た鷲崎さんの顔も、絵里奈に負けず劣らず酷い状態だった。それってつまり、僕のことを好きになってくれるくらいだから、絵里奈と似たところがあるんだろうなって落ち着いてから思い返してみて気が付いた。


彼女が言う。


「玲那さんは本当にすごい人ですね…。結人ゆうとのお母さんも、玲那さんみたいになれたらいいのにって思います……」



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