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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百三十七 「活かしたい出会い」

いろんな人とのつながりが増えていくことを喜びつつ、僕は同時に慎重にならないといけないとも感じていた。鷲崎わしざきさんが玲那を一目見てあの事件の加害者であったことに気付いてしまったように、他にもそういうことに気付く人がいるかもしれないってことに。


あまり気にしすぎてもいけないと思う。普段の外出程度なら、他人はそんなに注視しては来ないし。ただ、面と向かって顔を合わすとかだと、当然のことながらしっかりと顔を見ることにもなったりするだろうから、気付かれても大丈夫な相手かどうかを見極めてから会うことにした方がいいかもしれないって思ったんだ。


最初の頃はもちろん気を付けてたつもりだったけど、実際にはこれまで全く気付かれたような様子がなかったことでいつの間にか油断してたんだろうな。


幸い、鷲崎さんはそのことに気付いても大丈夫な人だった。玲那が今、カラオケボックスで一緒にいる人も大丈夫だったらしい。とは言え、これからもそうとは限らないからね。


改めて気を引き締めていかなきゃいけないと思った。


玲那自身は自分がやったこととして仕方ないとは思ってるものの、それが沙奈子にまで迷惑がかかるようになるのは嫌だって思ってるから。


沙奈子と絵里奈とぴったりと寄り添いあって寛ぎつつ、僕はそんなことを考えてた。絵里奈も僕と同じことを考えてたみたいだった。


「玲那がこうして他の人とカラオケ楽しめてるのを見てて改めて思い出してたんですけど、鷲崎さんのようにメイクしてても気付く人はたまにいるんでしょうね。これからは人と会うのも気を付けた方がいいかも知れません」


「僕も同じことを思ってたよ。あのメイクなら大丈夫っていつの間にか思い込んでた。だけどあんまり気にしすぎてコソコソするのも違う気がするし、その辺りの線引きが難しいかな」


「そうですね。でも、沙奈子ちゃんのためですから…」


と、その時、意外な人が口を開いた。


「私…、お姉ちゃんのためだったら我慢できる……」


沙奈子だった。思わず絵里奈と二人して「え…?」って声を上げて見てしまってた。


「お姉ちゃんのことで悪口とか言ってくる人がいても、私、我慢する。だからお姉ちゃんのこと仲間外れにしないで……」


「沙奈子…」


「沙奈子ちゃん……」


僕と絵里奈のことを真っ直ぐに見詰めながらそう言う沙奈子に、絵里奈の目に涙が浮かんでた。久しぶりの涙だと思った。


「沙奈子…、ありがとう。お姉ちゃんのこと心配してくれたんだな。うん、もちろん仲間外れとかしないよ。ちょっとだけ気を付けようっていう話なだけだから」


僕も何かが胸にこみ上げてくるのを感じながら沙奈子の頭を撫でてた。


自分も辛いことがあって苦しんできたはずなのに、この子はどうしてこんなに優しんだろう。つくづく、玲那もそうだけどこんな優しい子がどうしてあんなに辛い目に遭わなきゃいけなかったんだろう。僕には分からない。


でも、だからこそ、これからはそうじゃない人生を送らせてあげたい。そのために僕にできることはしたい。


そう思った僕の頭に、ふとあることが思い浮かんできた。


鷲崎さんが預かってるっていう鯨井結人くじらいゆうとくんもそのために僕たちと出会うことになったのかもしれない。結人くんのこともこうやって支えさせてもらうために出会ったのかもしれないって気がする。


この前、ビデオ通話で鷲崎さんと話をしてた時に聞こえてきた声や話し方だと、僕の夢に出てきた鮫島結人さめじまゆいととどうしても印象が被ってしまう。虐待も受けてきたそうだし、夢の中の彼と同じように乱暴な感じの子なのかもしれない。これはいよいよ、沙奈子みたいに大人しい子だけじゃなくて、そういう感じの子についても受け止められるようになるための試練なのかなとも思ったりした。


正直、夢の中の鮫島結人みたいな子相手に上手くやれる自信はない。沙奈子とよく似た境遇でも、彼女と違って乱暴な感じに育ってしまった子との接し方とかどうすればいいのかよく分からない。


…あ、でも、そういう意味では千早ちはやちゃんが少しだけそれに近い感じなのかな。がさつで乱暴な部分もあったから。それで言うと、上手く段階を踏んでるってことなのかな。


あれ?。そう言えば、千早ちゃんのことってどんな風に受け止めてたんだっけ?。


思い出そうとするのに、最近の明るくて朗らかな彼女の姿しか思い出せなかった。最初は沙奈子に意地悪な態度をとるような子だったはずなのに。


ああ、でも、顔を合わすようになった頃にはもう沙奈子と仲良くなってたんだった。そうか、以前の千早ちゃんのことは話でしか知らなかったんだ。


ただ、ホットケーキを作るためにこの部屋に通い始めた頃の千早ちゃんはまだ、今よりずっと僕たちに対して距離を感じてたんだと思う。すごく改まって仮面を被ってたんじゃないかな。それがいつしか必要なくなって、今の千早ちゃんになった。沙奈子に辛く当たらずにいられなかった千早ちゃんがそうじゃなくなっていった経緯は、結人ゆうとくんとの接し方の参考になるかもしれない。


そう考えるとこのタイミングで出会ったことにもやっぱり意味がありそうな気もするな。


玲那のことを気遣ってくれる沙奈子。


千早ちゃんのことを受けとめてくれる沙奈子。


僕が夢で見た鮫島結人さめじまゆいとみたいに、結人ゆうとくんは沙奈子にとって特別な相手になったりするんだろうか……。


これからもこの子にとっていろんな意味がある出会いがあるかもしれない。そういう出会いが良いものになるようにするためにも今は慎重にならないといけないかなっていうのも正直ある。大人として親として、しっかり見極めていかないといけないな。


「沙奈子…。大好き。愛してる……」


僕がそう言いながらきゅっと抱き締めると、沙奈子も僕に体を預けてきてくれた。絵里奈も僕と沙奈子を一緒に抱き締めてくれる。この時間が僕たちを作ってるんだってすごく感じる。もし、こういうのがなかったら……?。


僕たちはそもそもこうして一緒にはいなかったかもしれないね。


大好きとか、愛してるとかは、言葉だけじゃ伝わらないっていうのを、沙奈子と絵里奈と玲那が教えてくれた。こうやって、大好き、愛してるって思いながら抱き締めるのが一番確実に伝わると思うんだ。


その一方で、玲那が言ってた。


『好きじゃない人に抱き締められるのって、不快感しかないんだよ』


とも。


彼女が言うとものすごい重みがあるな。実際にそれを経験してきた玲那だからこその言葉なのか。


玲那がもし香保理かほりさんと出会ってなかったら…。もし絵里奈と出会ってなかったら…。今頃どうなってたんだろうっていうのも感じる。


だから慎重になりつつも、鷲崎さんや結人ゆうとくんとの出会いも、活かしていきたいと思うんだ。



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