四百三十五 「意外なプレゼント」
「あ~、私もとうとう17歳か~。なんか不思議だな~」
木曜日。いつものようにみんなで集まった時、波多野さんがそんな風に言い出した。そういえば今日は波多野さんの誕生日だった。
「おめでとうございます」
『おめでと~!』
僕と絵里奈と玲那でお祝いの言葉を掛けさせてもらった。
「ありがとうござます」
波多野さんも丁寧に頭を下げて応えてくれた。感情が昂ったりすると、時々、乱暴な言葉遣いになったりするのはあっても、ホントは優しくていい子なんだ。千早ちゃんのこととかも妹みたいに大事にしてるし。
するとその時、
「カナ、今年はお父さんからもプレゼントがあるって。明日学校でってことになるけど」
とイチコさんが波多野さんに声を掛けた。すると驚いたみたいに「え…!?」って顔になって山仁さんを見て、
「あ、あの…。私、そんな…!」
とか、すごく口ごもってて恐縮してるのが分かった。無理もないのかな。何しろ波多野さんは今、山仁さんの家に居候という形でお世話になってる状態だから。しかもご両親からは学費以外はほとんどお金も出してもらってなくて、生活費もお小遣いも山仁さんの持ち出しという状態だった。
普通に考えれば有り得ないくらいに頼り切ってることになる。その上、誕生日プレゼントまでってなったら慌ててしまうのも無理ないかも知れない。
そんな波多野さんに山仁さんがいつものように穏やかに口を開いた。
「カナちゃん。私は自分の意思で君を預からせてもらってるんだ。カナちゃんを助けたいって思ってるイチコのためにね。私は別に仕方なくこうしてるんじゃない。プレゼントについてもそうだ。君が真っ直ぐに自分の境遇に立ち向かおうとしてるから、私自身の気持ちとして応援したいだけだよ。何も遠慮はいらない。私は無理をしてないからね」
その言葉はとても落ち着いていて、明確だった。建前とかそういうのじゃないっていうのもなぜか伝わってきた気がした。正面から波多野さんのことを見詰めてて、しかもその目は、娘のことを見守る父親のそれだと思った。
そうなんだ。山仁さんは他人の子供を預かってるんじゃない。もう、イチコさんと同じ自分の娘のように波多野さんのことを見てるんだ。少なくとも、この家にいる間は。
それが何故なのか、僕にも分かる気もする。波多野さんのご両親は今、親としての役目が果たせるような精神状態にないらしい。それってある意味では、今の波多野さんには『親』がいないのと同じ状態なんじゃないかな。だから山仁さんが波多野さんの親としての役目を果たしてくれてるってことなんだと思う。
どうしてそこまでできるのかって疑問に思う人もいるだろうけど、もし、千早ちゃんが同じような状態になって沙奈子を頼ってきたら僕も預かってたって思える。それと同じことなんだ。と言うか、僕にとっては玲那がまさにそれなのか。血の繋がった子供じゃなくても、僕の力で守りたい。だから僕にはそれほど不思議じゃなかった。
これがぜんぜん知らない人の子供だったりしたら、さすがに無理だろうな。イチコさんの友達だったり沙奈子の友達だったりするからできるだけなんだ。同じように困ってるすべての子供たちを守れるほどの力は僕たちにはない。こうやって自分の力が届く範囲内にいる子しか守れない。その代わり、それができる時、できる相手ならためらいたくない。
「ありがとうございます…。ホントにありがとうございます……」
波多野さんはテーブルに着くくらい頭を下げて、何度もそう言ってた。彼女はそうやってお礼を言える子なんだ。それだけでも十分に立派じゃないかな。
金曜日。やっぱりいつものように山仁さんの家に行くと、波多野さんがすごくニコニコしてた。
『どうした~、カナ~?。すんごくご機嫌みたいだけど~』
一緒に水族館に行ったり誕生日パーティーに参加したりしたのがきっかけになったのか、いつの間にか玲那と波多野さんはものすごく仲良くなってた。傍目に見てても気が合ってるのは分かってたし、玲那と波多野さんと千早ちゃんが三姉妹って感じの一つのグループができてた。
「えへへ~、おじさんに誕生日プレゼントしてもらったんだ~。制服のスラックス~。これでやっと私もスカートから解放されるよ~」
だって。
そうだった。以前から話には聞いてたんだけど、波多野さんは本当はイチコさんと同じでスカートが嫌いだったらしい。やっぱりトランスジェンダーとかっていうんじゃないものの、とにかくスカートが嫌いで、ご両親にもずっと制服はスカートをやめてスラックスにしたいって言ってたのに認めてもらえなかったそうだった。それが、山仁さんからの誕生日プレゼントという形でスラックスを買ってもらえることになって、今日、学校で採寸して注文したって。来週の金曜日に届くそうだ。
『良かったじゃん!、カナ』
玲那も嬉しそうにそうメッセージを送ってきてた。しかも続けて、
『私の時もそうすればよかったな~。あの頃は女子でスラックスにするのってまだまだハードル高かったけど、もっと勇気を出してればよかったよ~』
とまで。
そうは言っても、今でも、イチコさんの学校でさえ全学年合わせても女子でスラックスを穿いてるのはイチコさんを含めても三人ほどしかいないらしい。しかも一年生に二人いるのは確かなんだけど、イチコさんが一年生の時に三年生にもそういう女の子がいたらしいのが、途中でスカートになったって。そういう人もいるんだな。だけど今後、波多野さんもスラックスにするようになったら、四人になるっていうことだ。
全学年でも三人だけだなんてすごい勇気のような気がするものの、イチコさんは全然気にしてないってことだった。中学も入学時からずっとスラックスで通してたし、勇気も何も、イチコさんにしてみればスカートを穿いて学校に行くことの方がずっと恥ずかしいらしい。
それに、全学年で三人しかいなくても、女子がスラックスを穿くことに対してあまりあれこれ言われない学校なんだって。トイレとかスラックス穿いたまま入ると驚かれそうな気もするのに、トラブルになったことはないって言ってた。ジャケットを着てても分かるくらいには胸があることで、すぐに女子だと気付かれるらしいし。その点では波多野さんもそうだから、問題ないのか。
もしかしたら陰でいろいろ言ってる人もいるのかもしれない。ただ、イチコさんがそういうのを気にしない人なんだ。
「だって、私、悪いことしてるわけじゃないから。なんにも気にする必要とかないよ」
以前、玲那に、『スラックスで行ってたらなんか言われたりしない?』って聞かれた時も平然とした様子でそんなことを言ってたこともあった。ここまで来ると泰然自若と言うよりも超然としてるって感じかもしれない。
それはやっぱり、山仁さんのお子さんだからなんだっていうのを感じてたのだった。




