四百三十四 「再確認」
鷲崎さんとの再会は、僕にとってもすごく大きなことになったと思った。同じような境遇の人と出会ったという意味でもそうだし、昔の僕と、昔の僕を他人がどう見てたのかっていうことを改めて実感することになったから。
昔の僕と今の僕は大きく変わったように自分では思ってたけど、実は変わってない部分も大きくあって、しかもその頃の僕自身が気付いてなかった僕の一面に、鷲崎さんは気付いてくれてたんだなっていうのを知ることになったんだ。
そんな彼女の気持ちに応えてあげられなかったことは申し訳ないと思う。だけど同時に、僕が沙奈子と一緒に暮らすことになったことで絵里奈や玲那を受け入れられるようになって、そして絵里奈と結婚まですることになったっていう順番に意味があるっていう気もするんだ。
もし、あの頃、鷲崎さんの勢いに押し切られて付き合うようになってたとしても、あの当時の僕は彼女のことを受けとめきれなかったってやっぱり思う。一緒にいることが辛くなってお互いに心が離れてしまって別れることになってたら、こうやって再会したとしてもお互いのことを相談したりできたかどうか……。
今の僕だからこうやって話ができるんだっていうのは確かにあるんじゃないかな。
それにしても、今回、絵里奈の成長って言うか器を改めて感じたな。
いまだに僕に対して敬語使ったりしてる絵里奈だけど、実際には相当、僕との関係は濃密なんだって僕自身も実感した。いや、言い方はおかしいかもしれないものの、やっぱりそう感じるんだ。しかも、僕は絵里奈のことが好きなんだっていうのも再度確認した気もするし。
何だろう。鷲崎さんが結人くんのことを相談するのを許してくれる絵里奈が僕は好きなんだ。鷲崎さんが今でも僕のことを好きだって言っても動じない絵里奈が好きなんだって。
「それは、達さんが私のことを大切にしてくれてるっていう実感があるからですよ」
って絵里奈は言う。
「達さんが私を大切にしてくれてるっていう実感があるから気持ちに余裕が持てたんです。鷲崎さんと話してる時だって、達さんの気持ちが彼女の方になびいたりしてるっていう感じが全くしませんでした。星谷さんや波多野さんと話してる時の感じしかしなかったんです。だから私も安心してられました。
これは私たちが普段からきちんと話し合ってるからだと思います。お互いにいろんなことを話し合って、繕ってる訳じゃない普段の姿をお互いに見せてるから、それと何も変わってないっていうのが感じられたんです。
もしこれが、そういう話し合いができてない状態だったら、鷲崎さんと話す時の達さんの様子が普段とどう違うのか違わないのか分からなくて、私も不安になってた気がします。
私は、男性とちゃんとお付き合いさせていただいたのが達さんが初めてなんですけど、まさかこんなに見てるだけで気持ちが分かるものだとは思いませんでした。もっとこう、相手の気持ちが分からなくて不安になったりするものだと思ってました。でも全然そうじゃなかったです。
だけどそれって、相手が達さんだからっていうのもやっぱりあるんだって気がしました。
達さん。好きです。愛してます。あなたと出会えたことが本当に幸せです」
そこまで言われると、僕も逆に恥ずかしいとか感じない。いや、こうやって話し合うのが恥ずかしいとか感じない相手だから絵里奈のことが好きになれたのかな。
「絵里奈。僕も絵里奈の前だったから鷲崎さんとあんな風に話せた気がする。あれがもし、僕が一人で話してたら何をどう言っていいのか分からなくて上手くいってなかったかもしれない。絵里奈が一緒にいてくれたから安心できたって思うんだ。
ありがとう。絵里奈。僕がこうしてられるのは絵里奈のおかげだよ。愛してる」
とビデオ通話で話してると、
『あ~、はいはい。お熱いこって。こんなラブラブの会話を子供の前で平気でできる夫婦とか、上手くいってない訳ないよね~』
って玲那が。しかも沙奈子も嬉しそうに僕たちを見てた。僕と絵里奈が仲良くしてられるのが嬉しいんだろうな。
僕たちは、こんな風にして毎日を過ごしてる。必要なことは話し合って、お互いに変に隠し事はしなくて。と言うか、隠し事をする理由がなかった。
僕はいまだに、絵里奈以外の女性に対しては何とも思わない。絵里奈が素晴らしすぎて、他の女性が目に入らないっていうのもあるのかもしれない。
他人から見たらただの惚気なんだろうけど、本気でそう思えるんだ。僕にとって必要なものは全て絵里奈が持ってる。絵里奈が僕に与えてくれるもの以外で僕が必要としてるものは何もないってさえ思う。
まさか自分がこんなことを考えるとか思ってもみなかった。そういう相手に出会えるとか想像もしてなかった。
正直な話、僕も絵里奈も何か特別な能力とか才能とかを持ってるわけじゃない。本当に凡百の、たぶん世間から見れば掃いて捨てても惜しくないくらいに尖った部分のない普通の人間だと思う。ただとにかくすごく噛み合うっていうだけだ。他の人じゃダメだっていうくらいに。玲那でも鷲崎さんでもダメなんだ。絵里奈とじゃないと。
そういうこと再確認させてもらったって。
別に、自分が浮気とか不倫とか絶対にしない人間だっていう風には思わない。したいとは思わないけど、本当に何かの間違いでそういうことになってしまうことが決してありえないかって言ったら、何が起こるか分からないのが人生だっていうのはこれまででつくづく思い知ってきた。
でも、絵里奈がいてくれたら、他に異性としての女性は僕には要らないって思えるんだ。沙奈子も玲那も、僕にとってはあくまで『我が子』だし。しかも、沙奈子にとっても玲那にとっても僕はあくまで『お父さん』なんだよね。それ以外の何者でもない。
不思議だ。
自分の役割がこんなに明確になってて、さらにそれについて何の違和感もない。だから何の不安もないんだ。何者でもなかったかつての僕はもういなくて、絵里奈の夫で、沙奈子と玲那のお父さんの僕がここにいる。それでいい。
鷲崎さんは僕にそれを教えてくれた。
彼女は今でも僕のことが好きだって言ってくれた。その思いに応えてあげられないことは申し訳ないって思ってる。でも、沙奈子のお父さんとしての僕と、結人くんのお母さん代わりである鷲崎さん、という意味では、僕たちの関係は必要なものって気もしてる。
それはこれから分かってくるんだろう。
実際、鷲崎さんとの再会は、僕たち家族そのものにとっても大きな意味を持ってたことが、かなり後になってからだけど分かってくることになったのだった。




