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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百三十三 「正妻戦争」

「鷲崎…さん。それってまさか、玲那のことに気付いて…?」


僕は思わずそう呟いていた。すると鷲崎さんも慌てて、


「ごめんなさい…!。私、絵を描くからか人の顔とかパーツごとに見たりパーツ同士の位置関係とかで把握する癖がついてるんです。そのせいか、メイクとかしてても元の顔が分かっちゃって…。だから玲那さんを見た時に、ニュースで見た顔だって…。


それも先輩の言ってた『驚くようなこと』に含まれてるんだと思ってました。ただ、話題に出てこなかったから私も触れないようにした方がいいかなって……」


って、すごく申し訳なさそうな顔で何度も頭を下げてた。


「ううん。僕たちの方こそ気を遣わせてしまったみたいでごめん。でも、このメイクで気付かれたのは初めてだよ」


「あ、やっぱりそうだったんですね。だけど、私も事情は分かります。だって、結人ゆうとのお母さんのこととかありますから……」


俯き加減でそう言った鷲崎さんに、僕も思わず聞いてた。


「…それって……?」


「……結人、お母さんに殺されかけたんです。首を絞められて…。そこにたまたま私が出くわしてそれは大丈夫だったんですけど、結局、警察には言ってません。でもあれは、完全に殺人未遂でした…。本気で結人を殺そうとしてました……」


「……」


僕たちは言葉もなかった。僕は沙奈子を抱き締めてた。沙奈子も僕の手を掴んでた。さすがにこの内容は、この子にとってもショッキングだったのかもしれないって感じた。


「本当は、その時、警察に通報するべきだったのかもしれません。でも私にはできませんでした……。私が止めに入ったことで正気に戻った結人のお母さんの姿を見てたら、通報できなかったんです……。


こんな私が玲那さんのことをあれこれ言えないですよね……」


視線を下げてそう言う鷲崎さんに、僕たちも言葉がなかった。


本当に、世の中には苦しいことが数えきれないくらいにあるんだっていうのを改めて感じた。累が友を呼んだのかもしれないけど、こうして鷲崎さんと再会できたのはもしかしたら幸運だったのかもしれない。いや、たぶんきっと幸運だったんだと思う。お互いにとって。


「鷲崎さん…。僕たちは鷲崎さんと結人くんのことを助けられるかどうかは分からない。でも、何か力になれることはあると思う。だから僕は再会できたのが嬉しい」


しばらくの沈黙の後、僕が何とかそう言うと、鷲崎さんが視線を上げた。沙奈子や、絵里奈や、玲那の時も見た、縋るような目だと思った。涙が滲んで潤んでるのが分かる。


「先輩…。まさか先輩にそんな風に言ってもらえるとは思いませんでした…。昔の私が一方的に先輩に関わろうとしてたのは、自分でも分かってたんです。だけど気持ちが抑えられなくて……。


自分も就職して忙しくて連絡も取れなくなって冷静になったら先輩にご迷惑をおかけしてたんじゃないかって思ってそれで諦めようと思ってて。なのに先輩の姿を見たらやっぱり我慢できなくって……」


視線が少し移動して、今度は絵里奈を見てるのが分かった。そして改めて話し始める。


「絵里奈さん。改めてご結婚おめでとうございます。少しだけどお話しさせていただいて、さすが先輩が選んだ女性だと思いました。でも、ごめんなさい。私、今でも先輩のことが好きです。先輩と絵里奈さんの邪魔はしませんから、こうやってお話しすることは許してもらえませんか?。お願いします…!」


まさかの申し出だったけど、絵里奈の表情がふっと柔らかくなるのが分かった。嘘や誤魔化しじゃなくて、鷲崎さんの正直な気持ちが伝わったんだと思った。


「いいですよ。それを拒否するような私だったらいたるさんは私を選んでくれなかったと思います。それに、もし、いたるさんが今の鷲崎さんを無視するような人だったら、私も好きになってませんでした。何ができるか分かりませんが、私も力にならせてください。同じ人を好きになった者同士、こうして知り合えたんですから」


この時の絵里奈の姿は、すごく大きな器を感じさせるものだったような気がする。なんて言うか、『お母さん』って感じなのかな。出会ったばかりの頃の泣き虫な彼女が成長した姿だったのかもしれない。それを見て僕は、この人と結婚して本当に良かったと思わされてた。だけど次の瞬間…。


「ですが―――――…」


そう言いつつ、穏やかで柔和だった絵里奈の目にきらりと光るものを感じた瞬間、ピリッとした空気になるのが分かった。僕と鷲崎さんの背筋が伸びる。


「鷲崎さん。少しだけ嘘を吐いてませんか?。いたるさんのことを諦めようとしてたっていうのは、私に遠慮してそう言ったんじゃないですか…?」


…そうなのか…?。


僕がそんなことを思った目の前で、鷲崎さんが「ごめんなさい!」ってまた頭を下げた。


「図星です…!。ホントは諦めてませんでした。もし再会できたら、その時まだ先輩が独身だったら今度こそって思ってました…!」


…何て言うか、ひょっとしたら僕は凄いものを見せられてるんじゃないかって気がしてきた。これがいわゆる『女の闘い』ってやつなのかと思った。ただ、僕が見た印象では、絵里奈が一枚も二枚も上手うわてだった気がする。これは、この場合は、さすが僕の奥さんって言っておくべきなんだろうか…?。


だけど鷲崎さんも、何かホッとしたような顔になってた気もした。


「やっぱり、先輩の選んだ女性ですね。完敗です。でもおかげで何だかすっきりしました。これでもう心置きなく結人のことでいつでも相談できます。ありがとうございます。絵里奈さん」


改めて丁寧に頭を下げた鷲崎さんを見て、今度は玲那がメッセージを送ってきた。


『うお~っ!、これぞ正妻戦争ってやつっスか~っ!?。いや、いいもん見せてもらったっス~!!』


だって。


ちょっと悪ふざけが入ってるような気がしないでもなかったけど、玲那なりにこの場を和ませようとしてくれたんだろうなっていうのは分かった。そんな玲那に向かって鷲崎さんは「フフっ」って感じで柔らかく笑った。


「玲那さんが先輩のことを『お父さん』って呼ぶのも分かる気がします。今の先輩は確かにお父さんしてますよね」


『でしょでしょ?。私の自慢のおとーさんだもんね!』


本当は、鷲崎さんの方が絵里奈や玲那より一歳ぐらい年上のはずだった。だけどこの時の三人の様子を見てると、そんな年齢とか別にどうでもいいって気もした。こうして素直に話ができるようになるなら何よりなんじゃないかな。


この後、今回の再会が本当に運命的なことだってますます感じるようになるんだけど、この時はただ鷲崎さんと結人くんの力になれるならそれで十分だと思ってただけなのだった。



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