四百三十二 「まさかの展開」
「なんか…、運命感じますよね。ここまで一致してると」
鷲崎さんが呆気にとられた感じでそう呟いてた。その運命っていうのが何を意味してるのか分からないけど、実はこの後で僕の方もそれを感じてしまったりもした。僕の運命って言うより、沙奈子の運命っていう意味で。
「ホントは今、一緒にいるんですけど、結人、知らない人とはぜんっぜん口きこうとしないんです。言葉も汚いし。だからすいません。ご挨拶はまた機会があればってことで。
あ、一応、フルネームも紹介しておきます」
そう言いながら鷲崎さんは手元のメモにさっと何かを記してそれを画面に示した。人の名前だった。
「鯨井結人。それがあの子の名前です」
…え?。鯨井結人…?。
画面でその名前を見た瞬間、僕はものすごいデジャヴに襲われた。頭の中にどーん、って感じで思い出されたものがあった。
鯨井結人…。似てる…、似てるよ。僕が見た夢の中に出てきた男の子の名前に、鮫島結人に…!。
確かにサメとクジラじゃ全然違うけど、同じ海の生き物だし、読み方は違うけど名前は同じ漢字だし。
まさか、正夢ってこと…?。あ、いや、でも学校は違うのか……。
「先輩、どうかしました…?」
首をかしげながら鷲崎さんに声を掛けられて、僕はハッと正気に戻った。夢のことは本当に僕の個人的なことでしかもただの夢だし話す必要もないかと思って黙ってたんだ。でも…、えぇ……?。
「ああ、何でもないよ。どこかで聞いたような名前だなあって思って」
「あ、やっぱりそう思います?。私もどこかで聞いた気がするんですよね。まあでも、アニメとかには出てきそうな名前だし、たぶんその辺で聞いたんだろうなって思ってます」
『私もそれ思った。どっかで聞いたことある響きだな~って』
玲那もメッセージを送ってくる。玲那が聞いたことがある気がするってことは、やっぱりアニメか何かなのかな。
『う~ん、でもやっぱり思い出せないや。ま、そのうち思い出したらその時また盛り上がろ』
「そういうものなのか…?」
僕がそんな風に戸惑ってると「んんっ」って絵里奈が咳払いして空気を変えてくれた。
「まあ名前はともかくとして、その結人くんも虐待を受けてたってことですね?」
絵里奈の問い掛けに、鷲崎さんも頭を切り替えてくれたみたいだった。
「はい。もうほとんど生まれた時からだったみたいです。実の父親とは逆に関わりもなかったみたいですけど……。
結人のお母さんは、彼を連れていろんな男の人のところを転々として、だけどどうにも男性を見る目がなかったのかそういう女性を受け入れてくれるのがそういう男性しかいなかったのか、行く先々で虐待を受けてたみたいで、1年生の時には学校にも通ってませんでした」
「学校にも…?。沙奈子も2年生から4年生になった直後まで学校に通わせてもらえてなかったんだ」
「沙奈子ちゃんもですか…?。まさかそんなところまで一致するなんて…。ああでも、ネグレクトってそういうものなんでしょうね。
とにかく、お母さんに連れられて私の部屋に転がり込んできた時には、何て言うか、獣みたいな目をしてましたよ。それこそオオカミとかそんな感じの」
「……」
「それからしばらく、結人と結人のお母さんは私の部屋にいたんですけど、ある時、急にお母さんの方がいなくなってしまって…。警察に届けても見付からなくて…」
「…そこも沙奈子に似てるな。この子の父親は僕の兄で、急にやってきて沙奈子だけを置いて行ったんだ。それからは消息不明。警察も探してるけど見付からないのも同じ……」
「そうなんですね…。なんだか、聞けば聞くほど似てますね、結人と沙奈子ちゃん」
「そうだね……」
そこまで沙奈子は、ただ黙って話に聞き入ってた。本当ならあまり子供の前でするような話じゃないのかもしれないけど、この子はもう現実を受け入れてるのを感じるから、敢えて一緒にいてもらった。僕もその様子を注意深く見てる。表情とか、仕草とか。だけど今は落ち着いてるのが分かる。
鷲崎さんもそれを見てたみたいで、今度は沙奈子の方を見て言った。
「沙奈子ちゃん。せんぱ…じゃない、お父さんと一緒にいられて幸せ?」
穏やかで柔らかい感じの問い掛けに、沙奈子ははっきりと頷いた。すると鷲崎さんがホッとしたみたいな表情になった。
「しっかりしたお子さんですね。その辺りは結人と違うかな。結人はとにかく手のかかる子で…。
あ、でもでも、ホントはすごくいい子なんですよ。ただちょっとガサツで口が悪くて喧嘩っ早いだけで…!」
とその時、
「おい、おデブ!。風呂入んねーのかよ!?」
っていう、ちょっと、いやかなり乱暴な感じの声が鷲崎さんのところから聞こえてきた。男の子の声みたいだった。すると鷲崎さんが画面の外に振り返って、
「デブじゃない!、私はぽっちゃりって何度も言ってるでしょ!!」
だって。
突然のことに、僕も沙奈子も絵里奈も玲那も呆気に取られてると、鷲崎さんがこっちに向き直って、
「あ、あ…!、ごめんなさい!。今のが結人で、ホント、失礼しました…!」
慌てる姿がどこか子供っぽい感じがして、僕は思わず口元が緩んでた。結人くんの乱入には驚いたけど、まあ、こういうこともあるよね。
「いいよいいよ。事情は分かるから。うちの沙奈子もそうだけど、やっぱり大変な境遇にいたらそうじゃない子とは違うところがあって当然だと思う。事情を知らない人には分からないことだとしても、僕は鷲崎さんと結人くんのことは分かりたいって感じたよ。これからこうやっていろんなことを話していこう。距離は離れてても繋がれると思うから」
僕の言葉に続いて、絵里奈も語りだした。
「そうですね。実は、私と玲那は、今、達さんと沙奈子ちゃんとは一緒に暮らせてないんです。いろいろと事情があって…。だけど、一緒には暮らせてなくても私たちは家族なんです。それを実感してます。鷲崎さんや結人くんとも支え合うことはできるって、こうやって話してて感じました」
そして玲那も続く。
『そうだよ。私、鷲崎さんのこと、何だか気に入っちゃった。おとーさんの元カノかもしれないけど平気だよ』
って、なに言い出すんだよ…!。もう。
でもその時、画面に映ってた笑顔の鷲崎さんの目に涙が浮かんでるみたいに見えた。
「ありがとうございます。勇気を出してお話しさせてもらってよかった…。先輩や沙奈子ちゃんもそうだけど、玲那さんは特に大変な時なのに、実際に話してみるとすごくあったかい人だって感じました。よっぽどの事情があったんですね…」
……え?。
鷲崎さんの言葉に、僕たちは揃って自分が固まるのを感じた。そんな僕たちの反応に気付いた鷲崎さんも、「あ!?」って顔をして両手で口を覆ったのだった。




