四百三十一 「鷲崎さんの相談」
5分くらいなら大丈夫って言ったところを、時間の余裕がある8時くらいに掛け直すと鷲崎さんが言ったことで、僕はかなりいろいろと話したいことがあるんだろうなっていうことを感じた。だから、
「鷲崎さんは、ビデオ通話っていうのを使ったことはあるかな?」
と聞いてみた。すると彼女は、
「はい。あります。仕事とかでもよく使います」
ってことだった。だから僕も、
「じゃあ、せっかくだから僕の家族も紹介したいし、みんなでビデオ通話って形で話したいんだけど、いいかな?」
と提案させてもらった。
それに対して鷲崎さんは一瞬、何か頭に巡らせたみたいだけど、
「分かりました。先輩がそうおっしゃるんでしたら、ビデオ通話でお話しさせていただきます」
と応えてくれた。
「ありがとう。でも、もし何か僕の家族のいる所じゃ話しにくいこととかだったらまた改めて電話してもらったらいいから」
そう付け足したけど、彼女は、
「いえ、大丈夫です。それに先輩のご家族でしたら一緒に考えていただけそうですし」
だって。
「ということは、やっぱり鷲崎さんが一緒に暮らしてる男の子のことかな?」
「はい、それが一番ですね。後はまあ、世間話とかさせていただければ」
「分かった。ただ、沙奈子のことも驚いたみたいだけど、もしかしたらもう一つ、鷲崎さんには驚くようなことがあるかもしれないから、それだけは心に留めておいてほしいかな」
「え?。それってどういう…?」
「うん、まあそれもその時に分かるよ」
「え~?。なんだか気になります」
なんて話してるうちに、山仁さんの家に着いていた。
「じゃあ、また後でね」
ということで電話を終えて、沙奈子と千早ちゃんと大希くんに出迎えてもらって、いつものように二階に上がったのだった。
会合の方は特に目新しいこともなく波多野さんの様子も落ち着いてて、顔を合わす程度で終わった。沙奈子を連れて家に帰って夕食を食べてお風呂に入って、ビデオ通話越しだけど絵里奈や玲那とも一緒になって寛いでた。するとそこに、電話が掛かってきた。鷲崎さんだ。
「お休みのところすいません」
「あ、いいよいいよ。じゃあ、ビデオ通話の方で話そうか」
そう言って、鷲崎さんもPCでビデオ通話に参加した。
「初めまして。山下さんの大学時代の後輩で、鷲崎織姫と申します」
少し恐縮した感じで鷲崎さんが頭を下げる。すると絵里奈がまず自己紹介した。
「初めまして。私は達さんと去年結婚しました絵里奈と申します。お会いできて光栄です」
いつもと変わらない穏やかな話し方で、どこか余裕も感じる。続いては玲那だった。
『初めまして。私は長女の玲那です。って、冗談でもなんでもなくて本当にお父さん、山下達の長女なんですよ。ちなみに母の絵里奈とは同い歳の27歳で~す』
念の為に施したいつものばっちりメイクを決めてにっこりと満面の笑みを浮かべながら玲那はそうメッセージを送ってきた。するとやっぱり、鷲崎さんが目をまん丸にして驚いた顔をしてた。
「…え?、ええ!?。先輩の長女さん…?。それってつまり、養子ってことですか…!?」
『ご名答。正解です!。ちなみに私、怪我で声が出ませんのでテキストで失礼しま~す』
そうコメントを送りながら、顎を上げて自分の首を指差す。そこには赤い線ができてた。かなり目立たなくはなったけど、沙奈子の左腕の傷と同じでたぶん完全には消えないだろうっていうことだった。
「…先輩の言ってた『驚くようなこと』ってこのことだったんですね」
『鳩が豆鉄砲喰らったような』っていう表現があるけど、この時の鷲崎さんがまさにこれって感じだったと思う。
「そうだね。まあ実は僕自身、こうなったことに驚いてるんだけど」
「はい、驚きました。でも何だか同時に、納得してしまいました」
「納得…?」
「ええ、先輩だったらこういうのもアリかなって」
って、そうなの…?。
今度は逆に僕が驚かされた。鷲崎さんって、僕をどういう風に見てたんだろう。
と、その時、絵里奈が口を開いた。
「鷲崎さんもそう思いますか?。私も達さんらしいなって思うんです」
だって。しかも玲那まで。
『だよね~。おとーさんって人たらしだから~』
「あ、それ、『人たらし』って分かります!」
「でしょ?、でしょ?。やっぱりそう思いますよね!」
…なんか、三人ともすごく意気投合しちゃってるんですけど……?。
思わず視線を落としたら、沙奈子まで嬉しそうに微笑みながら僕を見てた。まさか同感ってこと…!?。
ああもう!、女の子四人だけで納得してないで、本題はどうなんだよ、本題は!?。
「って言うか、鷲崎さん、何か相談したいこととかあったんじゃないの?」
男一人じゃついて行けなくて、僕は何とか話題を逸らそうとした。すると鷲崎さんもハッとした顔になって、
「あ、そうでしたそうでした!」
とか。何だかなあ……。
「ああでも、相談って言っても、今のところはまあまあ上手くいってますから、そんなに切羽詰まってないんですけど、ただ、同じ境遇の人同士、こうやってお話しできたらいいなっていうだけなんです」
嬉しそうに笑いながらそう話す鷲崎さんに、僕は少しホッとしてた。だって、何か深刻な話ってわけじゃなさそうだから。ただ……。
「でも一応、詳しい事情だけお話しておきます」
と、鷲崎さんは不意に真面目な顔になって姿勢を正した。僕たちも空気が変わったのを感じ、姿勢を正す。
「私が一緒に暮らしてるのは、小学5年生の男の子で、実は彼、母親が失踪してしまったんです…」
…え?。失踪…?。それって……。
僕が戸惑ってると、絵里奈が先に言葉を発した。
「それ、沙奈子ちゃんと同じ…!」
「え?。同じって、まさか沙奈子ちゃんもですか?」
驚いた顔で聞いてきた鷲崎さんに、僕は頷いてた。
「そうなんだ。実は沙奈子も父親が失踪して、それで僕と一緒に暮らしてるんだ」
「じゃあやっぱり、結人と同じ…。あ、結人っていうのは私が一緒に暮らしてる男の子のことです。
でも、もしかしたら、沙奈子ちゃんも虐待…とか……?」
遠慮がちにそう聞いてくる鷲崎さんに、僕は沙奈子の頭を撫でながら応えた。
「うん。残念だけどその通り…。でも、ということは、ゆうとくんもそうだっていうことでいいのかな?」
「はい、そうです。でもまさか、先輩も私と同じだったなんて…」
「僕も驚いたよ」
そこに玲那も加わる。
『そうなると、おとーさんと沙奈子ちゃん、鷲崎さんとゆうとくんで、性別が逆転してるだけでほとんど状況が同じってことだよね。しかも、学年まで同じだし』
「…って、沙奈子ちゃんも5年生ってことですか?」
「そう、沙奈子も5年生だよ」
まさかの一致に、僕はそう言うのが精一杯なのだった。




