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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百二十八 一弧編 「思いがけない再会」

土曜日。このところ妙に涼しい日が続いてる気がする。朝夕なんて肌寒くさえ感じてしまう。だからエアコンもほとんど使ってない。換気扇を回した状態で扇風機をつけてるだけで十分に涼しいんだ。日中以外は。


さすがに昼の暑い時間帯にはエアコンもつけるけど、それだけかな。


ただその分、汗をかいた時に沙奈子と一緒に水浴びをする楽しみがなくなってしまったのだけは残念って気もする。でもまだこれから暑さが戻ってくることもあり得るだろうし、今はこの涼しさをありがたがっておこう。


今日は千早ちゃんたちはこないことになったから、午前の勉強を終わらしてすぐに、絵里奈と玲那に会いに行った。今回は、人形そのものじゃなく、人形のドレスの展覧会に行くんだって。


夏休みの工作が終わって大きい方の人形のドレスをまた作り始めたのもあるし、いろいろ参考にするためにってことらしい。と言うか、単純に沙奈子と絵里奈が見たかっただけなんだろうけどさ。


まずは京都駅までバスで出る。沙奈子もバス移動にはすっかり慣れたものだ。念の為に酔い止めは飲んでもらってるけど、もしかしたらそう遠くないうちに必要なくなるかもしれないな。


「さて、と…」


展覧会と言っても人形のコレクターの人が個人で開いてるものだってことで、会場は駅近くのテナントビルの一室だそうだ。二人とはそこで待ち合わせしてる。スマホで場所を確認して歩き出そうとした時、不意に声を掛けられた。


「先輩!。山下先輩!」


聞き覚えのある声だった。だから思わず振り返ってしまった。そうじゃなかったら、自分に声を掛けられてるとは思わなかったかもしれない。それくらい、僕には外で声を掛けてくるような知り合いが少ない。だけどやけにテンション高く明るい感じで僕に声を掛ける人なんてほとんどいないから、それが誰なのか一瞬で頭に浮かんでた。


「鷲崎…さん……?」


そんな風に声に出さなくても間違えようがない。そこにいたのは、短い髪ですごくまん丸な印象のある朗らかな表情をした女性だった。名前は確か、鷲崎織姫わしざきおりひめさん。


「はい!、私です!。お久しぶりです、お元気でしたか!?」


鷲崎さんは、僕の大学の後輩だった。ゼミの教授にさえ名前と顔を覚えてもらえてないくらいに存在感のなかった僕に、丁度今みたいな感じで何故かしょっちゅう話しかけてくる、おそらく僕にとっては唯一と言っていい大学時代の知り合いだ。だけど僕が大学を卒業してからしばらくして疎遠になったし、まさか今さらこうやって声を掛けてくるとも思わなかった。


「ごめんなさい先輩。連絡とかできなくて。私も就職してから下っ端だったこともあってめっちゃ忙しくて…」


そう言いながら鷲崎さんの視線が僕から逸れてることに気付いて僕も応えた。


「ああ、この子は僕の娘で、沙奈子っていうんだ」


「…え?。ええーっっっ!!?」


この時の鷲崎さんの驚きように、沙奈子もびっくりしてた。分かりやすい反応じゃないけど、呆気にとられてる感じなのが僕には分かる。そんな沙奈子とは正反対に目も口も大きく開いてまん丸にして、これ以上ないくらいに分かりやすい驚き方の鷲崎さんは、驚いただけじゃなくて明らかに狼狽えていた。僕でも分かるくらいに。


「あ、あの、…え?。娘さん…?。え、え?。先輩、結婚してらしたんですか…?。え、でも、それにしてもお子さん、大きいような……」


あわあわした感じでそう言う彼女に、僕はなるべく落ち着いて説明した。


「結婚したのは去年の暮れだけど、この子は本当の僕の娘じゃなくて、姪なんだ。事情があって僕が引き取って一緒に暮らしてるんだよ」


と、僕の言葉を聞いた鷲崎さんは、今度はハッとした表情になって、


「って、先輩もですか…!?」


だって。


……『先輩も』…?。


「実は私も小学生の男の子と一緒に暮らしてるんです。その子は私の中学の時の友達の息子ちゃんで…!」


「え?、じゃあ、鷲崎さんも…?」


今度は僕が驚く番だった。まさか僕と同じような状況の人が、僕と係わりのある人にもいたなんて…!。


後で詳しい話を聞いたら、ますます僕と沙奈子のそれとよく似ていた。彼女が一緒に暮らしてる男の子も親から虐待を受けててしかも親が失踪して、なし崩し的に引き取る形になったそうだった。それって、性別が入れ替わってるのと血縁があるかないかが違うだけで、他はほぼ完全に一致してるよね。


たぶん、他にも探せば同じような話はあるんだと思う。だけどこういうのってあまり表に出したがらない人も多いだろうから、実際には意外とあることなのかも知れないと思った。


でもこの時は、


「あ、いけない!。私、これから会社に行かないといけないんです。今、絶賛デスマーチ中で…!。先輩、連絡先だけ交換してもらっていいですか!?」


相変わらず僕の都合はお構いなしにぐいぐいとくる鷲崎さんに圧倒されながらも、「いいよ」と応えてた。すると彼女は僕のスマホを受け取ってぱぱっと連絡先を交換して、


「じゃあまた、仕事が落ち着いたら連絡します!。ヤバッ!。バスじゃ間に合わない!。タクシーで行こ!」


って感じで一人で大騒ぎしながらタクシーに乗って行ってしまった。


後に残された僕と沙奈子は思わず顔を見合わせてた。


「行こっか…」


「…うん」


鷲崎さんの騒動は取り敢えず脇に置いて、僕たちは展示会の会場に向かった。五分ほど歩いたところにそのオフィスビルはあって、入口のところに絵里奈と玲那が待ってた。


「いや~、さっき、大学時代の後輩にばったり会っちゃって」


僕は、絵里奈に、鷲崎さんのことを包み隠さず報告した。もちろん、連絡先を交換したことも。やましいことがないから正直に話しても何の問題もないし。それに、ここで変に隠し立てすると沙奈子に不信感を持たれかねないと思ったし。何しろ僕と鷲崎さんのやり取りを目の前で見てたからね。沙奈子の前で正直に話したからか、絵里奈も「そうですか」って受け流してくれただけだった。


でも玲那からは、


『あやし~、お父さんの元カノかな~?』


なんてメッセージが。悪戯っぽくニヤニヤ笑いながら上目遣いで僕を見る玲那に突っ込んだのは、絵里奈の方だった。


「バカなこと言ってないで、ほら、行きましょ」


そう言いながらオフィスビルに入っていった。


展示会場になってたオフィスには、思った以上に人が集まってた。沙奈子や絵里奈や玲那が持ってるみたいな人形って、本当に人気があるんだなって思った。


大きさとしては三分の一くらいのサイズらしいけど、そこに展示されてたドレスはどれも良くできていて、とてもミニチュアとは思えなかった。沙奈子も惹きつけられるみたいにして見入ってる。


そんな沙奈子と絵里奈を、僕と玲那が並んで見守ってるのだった。



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