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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百二十四 一弧編 「スクールカースト」

沙奈子の学校の夏休み最後の日曜日。今日も千早ちはやちゃんたちが料理を作りに来るんだけど、なんだか久しぶりの普通の日って感じがする。先週の週末は星谷ひかりたにさんの別荘に行ってたし、昨日はまたみんなで水族館に行ったし。本当に濃密な夏休みだったなあ。


ちなみに今日の料理はまたナス味噌炒め。千早ちゃんのお姉さんのリクエストらしい。相変わらず順調そうでよかった。


午前の勉強が終わってしばらくして千早ちゃんたちが来た。相変わらず楽し気に料理をしてる。その様子を見守りながら、僕は星谷さんと話をした。


「イチコさんって、不思議な人ですね」


正直な僕の印象だった。不思議としか言いようがないんだ。


「そうですね。私も不思議だと思います。


私はイチコが放つ独特の雰囲気の秘密を知りたくて、イチコとカナとフミのグループに参加することにしたんです。


でも最初は、カナとフミからはすごく警戒されていました。私が彼女達にやったことを考えれば当然ですね」


そこまで言ったところで、星谷さんは少し困ったような表情をして俯いてしまった。珍しいことだと思った。困ったような表情を見せること自体がそんなにあることじゃない気がする。


だけど彼女は、何か決心するみたいに顔を引き締めて唇を結んで顔を上げた。そして僕に問い掛けてきた。


「山下さんは、スクールカーストという言葉をご存知ですか?」


スクールカースト?。聞いたことはあるけど、あまり詳しくは知らないな。


「確か、学校の中で身分制度みたいにして序列を決めるってやつだったかな…?」


この時点で僕の分かることを言葉にしてみた。すると星谷さんが頷きながら僕を見た。


「それで概ね間違ってないと思います。私は、自分が通う高校でそのスクールカーストを作ろうとしたんです」


「…え?」


意味が分からなかった。星谷さんが?。スクールカーストを?。なんで?。


「以前にも申し上げましたが、かつての私は今から思えばありえないくらいに思い上がっていて、なんでも自分の思い通りになると考えていました。自分の価値観だけが、言葉だけが正しいと考えて、それを他の方にも従ってもらおうとしました。


そして私は、スクールカーストを意識した組織づくりを提案したんです。クラスを、一軍、二軍、三軍の三つに分け、ヒエラルキーを作ることで向上心を刺激し、結果としてそれが優秀な人材を育てることになると考えたのです」


「……」


言葉もなかった。今の星谷さんからは想像もできないようなことだと思った。彼女は続ける。


「一軍は、当然、成績優秀で眉目秀麗、家柄も含めた一流の人間。二軍は、総合的な能力では一軍には及ばないけれど一軍の補佐に回れば活きる可能性のある人間。そしてそのどちらにも当てはまらない、役に立たない無価値な人間が三軍です。


当然、私は一軍で、そしてイチコやカナやフミを含んだ数人の方を三軍として、私は認定してしまったんです……」


「…はい…?。え?、イチコさんと波多野さんと田上たのうえさんが三軍?。価値がないって……」


「はい、そうです。当時の私は、そんなことを考えていたんです……。


あの頃の私は視野の狭い人間でした。物事を一面からしか見ないで狭隘な価値観に囚われて、それに合わないものを無価値なものと切り捨てていたんです。あの頃の私には、イチコのことどころか、自分自身のことさえ見えていませんでした……」


そう言った彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでるようにも見えた。そうか、これは、以前にも少し話してくれてた星谷さんが悔やんでる過去の話なんだ。それに気付いた僕は、敢えて自分の過去を語ろうとしている彼女の勇気に応えないといけないと感じてた。


「そんな風に、何も分かっていないのに思い上がっていた私は、何人もの人を傷付けてしまいました。その時に傷付けてしまった人がカッターナイフを持ち出したことについては以前にもお話したとおりです。私は人間として恥ずべきことをしてしまったのです。


こんな私が他人を裁いたり罰したりする資格がないというのもお話しさせていただいたとおりです。ですがイチコは、そんな私を受け止めてくれます。だから私は、イチコから与えてもらったものをお返しする為に自分の力を使うのです。


千早のことや玲那さんのことやカナのお兄さんのことも、私にとっては贖罪なのです。


もちろん、金銭的なことを含めてリターンはいただきます。しかし見て見ぬふりはしません。私自身もリスクを負います。力を持つ者として」


『本当に立派な人だなあ』


星谷さんの言葉を反芻しつつ、僕はそんなことを考えてた。するとそこに、玲那からもメッセージが届いた。


『星谷さんみたいな立派な人でもそういう失敗をするんだから、私の両親が失敗するなんて別に特別なことじゃない気もしてくるよ。


私、昔はすごく両親のことを恨んでた。今でももちろん恨んでる部分もある。でも今はもう、刺したりしなきゃいけないほどじゃない。


もうちょっと早く、私が勇気を出して昔のことを話せてたらってやっぱり思うかな』


それを見た星谷さんが応える。


「いえ、玲那さんに比べれば私なんてまだまだだと感じます。少なくとも私は家庭環境としては恵まれていました。それなのに恥ずかしい限りです」


そんな風に謙遜する彼女を見ながら、僕は改めて実感してた。星谷さんが玲那や波多野さんのためにあそこまでしてくれる理由。それは結局、彼女自身のためでもあるんだっていうのを。


『困ってる人を助ける』とかいう、ともすれば綺麗事とか言われかねない状況の中で、彼女はきちんと『自分のため』にやってたんだ。それが明確な動機になって、ブレることのない強さに繋がってる気がする。


結局、自分の間違いを認める勇気を持つことが一番、自分自身を救うことになるんだろうな。


玲那は、自分が酷いことをされたから復讐しただけだって言い張ってしまいがちなところを、ちゃんと自分のやり方が間違ってたと認めることができた。星谷さんも、同級生の女の子がカッターを持ち出さずにいられなくなるくらいに追い詰めてしまったことは自分の間違いだったと認めて、どうすれば自分の力が人を救うことになるのかっていうのを模索できるようになった。それが結果として玲那を救うし、星谷さん自身も救われることになっていく。


それに対して、波多野さんのお兄さんは自分の間違いを認めようとしないことで自分の首を絞めて家族さえ苦しめることになってる。このままじゃ、亡くなった玲那のお父さんみたいに自分の間違いを認めずにみんなから白い目で見られたまま人生を終わらせることになるかも知れない。


そんなのは決して、波多野さんのためにもならないと思うんだ。


イチコさんは、そういうこともちゃんと山仁やまひとさんから教わったんだなっていうのも感じたのだった。



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