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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百二十二 一弧編 「アルカイックスマイル」

イルカショーの時間が近付いてくると、それを見るために僕たちは移動した。イチコさんも僕たちと一緒についてきた。変わった生き物、グロテスクな生き物が好きっていうのと同時にイルカも好きっていう点でも沙奈子や玲那に似てるんだな。


イルカショーのステージのところには、結局、波多野さんと千早ちはやちゃんと田上たのうえさんも現れた。席を並びで確保できなかったから二人は少し離れたところに座った。イチコさんは波多野さんたちのところに移動した。


やっぱり、イチコさんにとっては僕たちよりも波多野さんたちの方が近いんだなっていうのを実感する。でもそのことについてあまり深く考えたりはしない。僕たちは全体で一つの家族みたいな付き合いだとは思いつつも、それは親戚とかって感じのものだと思うから。親戚同士でもそれぞれ家庭があって、その中でまとまるのは普通だと思うからね。


イルカショーが始まっても、星谷さんと大希ひろきくんの姿は見当たらなかった。離れたところに座ってるのかなとも思ったけど、後で聞くと大希くんは何回も連続して見ようと思うほどはイルカに入れ込んでるわけでもないってことで、他の展示を見てたらしい。星谷さんは大希くんと一緒にいられれば別に何でもよかったらしいけどね。


「うおーっ!」


「きゃーっ!」


イルカが高くジャンプするたびに、観客の歓声に交じって波多野さんと千早ちゃんの声も届いてくる。その楽しそうな様子に、僕はホッとするものを感じてた。今日のことも、やっぱり波多野さんのためっていう一面もあるから。その波多野さんが楽しめてるなら何よりだ。


先週の別荘での花火の時、波多野さんは改めて心に決めたらしい。お兄さんの件については、長く付き合っていくのを覚悟しようって。それを覚悟して、いちいち一喜一憂しないようにしようって。


たとえ裁判で判決が確定しても、それで終わるわけじゃない。お兄さんが刑に服してもまだ終わるわけじゃない。お兄さんが自分のしたことを反省し、もう二度と同じことはしないと心に決めてやっと始まるんだと、そこからが本当の再スタートになるんだと覚悟したんだって。


長い…。気が遠くなるほどに長い道のりになるって感じた。玲那は意識を取り戻した時点で自分のやってしまったことを悔いてその罪と向き合おうと決めたから既に再スタートを切れてるけど、波多野さんのお兄さんは準備すらできてない状態なんだ。玲那のことですらすごく長いと感じてるのに、もう目眩すら覚えるよ。


それでも、波多野さんは自分の置かれた状況と立ち向かっていくことを、付き合っていくことを決めたんだ。それがあの日の波多野さんの姿だった。


すごいなあ。まだ高校生なんだよ?。本当なら家庭の中でぬくぬくと甘えてたっておかしくないはずなのに、彼女は勝てるかどうかも分からない相手に闘い続ける決心をしたんだもんな。並大抵のことじゃない。


でもそれは、イチコさんや星谷さんや田上さんが傍にいてくれるからできることでもあるらしかった。星谷さんは、弁護士を紹介したりとかそういう専門的な面で支えてるのに対して、イチコさんは波多野さんの精神的な柱になってるんだって。


星谷さんもイチコさんのおかげでいろんなことに気付けたって言ってたし、本当に不思議な人だな。


波多野さんや千早ちゃんみたいに叫ぶくらいの大きな歓声を上げるわけじゃないけど、イルカたちが繰り出すパフォーマンスを、子供みたいなキラキラした目をしたイチコさんが見てるのが分かった。その姿は沙奈子のそれに通じるものがあった。


そうか。沙奈子はイチコさんにも似てるんだな。


そんなことを思う。


イルカショーが終わると、イチコさんはまた僕たちのところに来て一緒に展示を見て回ることになった。途中でパンを買って食べてお昼にする。彼女も沙奈子と同じイルカの形をしたパンを食べてた。好きなんだなイルカ。


そうかと思うとオニダルマオコゼとかの前では沙奈子や玲那と並んで夢中になって見入ってたり、オオサンショウウオも好きらしかった。


家族のように感じてもうそれなりの期間付き合ってきたのに、僕たちはイチコさんのことを何も知らなかったんだなってことを思い知らされていた。


「ホントに不思議な人ですね、イチコさんって」


絵里奈がしみじみって感じでそう言う。「確かに…」と僕も応えてしまってた。


小さい子みたいにあどけない表情をしたと思ったら、何を考えてるかパッと見では分からないけど穏やかで柔らかい表情もすることがあった。アルカイックスマイルって言われるそれに近い気がする。


そんなイチコさんは、今の沙奈子と同じ五年生の時にお母さんを病気で亡くしてるって言う。しかも、それをきっかけにおねしょが始まってしまって、中学二年になるまで続いたんだって。


ひどく泣いたりとかみたいな感情的な状態になることはなかったそうだけど、その分、おねしょという形でお母さんを亡くしたことの辛さが表に出てしまったんだろうなって思った。


沙奈子や玲那や千早ちゃんや波多野さんの境遇に比べたらまだマシってついつい思ってしまいがちになるイチコさんの苦しみも、本当は決して軽いものじゃないっていうのを忘れちゃいけないと思った。


そんな中、ほとんど偶然のようにしてペンギンのところで全員揃って、


「それでは、そろそろ帰りましょうか」


と星谷さんに言われて帰ることになった。千早ちゃんも、前回見られなかったところをちゃんと見られて満足してたみたいだった。


先頭を歩く星谷さんに続くイチコさんは、指示に従って行動してるようにも見える。だけど本当は、星谷さんの方がイチコさんの意図を酌んで指示を与えてることも多いんだなって、その様子を見てて感じた。


だって、イチコさんが沙奈子の顔を見て、


「今日のところは満足かな」


って声を上げたのが分かったから。沙奈子が少し疲れた様子を見せてたのに気付いてくれたんだと思う。


「それじゃ、また来週」


バス停で絵里奈と玲那を見送る。別れ際、つい絵里奈とキスをしてしまっても、イチコさんは表情を変えなかった。あのアルカイックスマイルみたいな表情を。僕たちがキスするくらい、彼女にとっては気にするほどのことでもないんだろうな。そういうものだとして受け入れてくれてるのが分かった気もした。


そう言えば、僕たちの前ではもちろん服を着てるけど、完全に家族だけの時は下着姿のままでいることも多いって聞いた。今ではさすがに別々でも、中学の頃まではお風呂だってお父さんの山仁さんとも弟の大希くんとも普通に入ってたとも聞いた。だから、僕が沙奈子と一緒にお風呂に入ってるのも僕だけが特別なんじゃないって思えるようになったっていうのもある。


家族の形にもいろいろあるっていうことを、山仁さんとイチコさんが教えてくれた気もするんだ。



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