四百十九 香苗編 「二日目」
「人間が滅びるっていうこと…?」
星谷さんに向かってそう問い掛けた千早ちゃんの表情は、不安とか怖いとか言うよりも、『悲しい』っていう感じのそれだと思った。
「私はイヤだよ。みんながこうやって楽しくいられなくなるのとか、イヤだ。
ねえ、お姉ちゃん。どうしたらみんな幸せでいられるの…?」
それは、子供っぽい単純な質問だったのかもしれない。だけど同時に、今の千早ちゃんが感じてる素直な気持ちだとも思った。せっかくこうしてみんなと楽しくいられるようになったのに、それを失うかもしれないということが悲しかったってことなんじゃないかな。
星谷さんはそんな千早ちゃんの視線を真正面から受け止めて、目を逸らさずに言った。
「その答えは、私には出せません。私はまだその答えを得られるほどの能力はありません。
ただ、これだけははっきり言えます。そうならないようにする為に努力している人は確かにいるということです。
千早。私はあなたと出会ってたくさんのことを教わりました。そしてこれからもたくさんのことを教わりたいと思っています。その為に必要なことを私は続けます。
私は今、とても幸せです。その幸せをみすみす手放すほど物分かりの良い人間でも諦めの早い人間でもありません。そしてこの世の中には、そういう、諦めの悪い人間がたくさんいます。そんな人間がいる限り、簡単には滅びませんよ」
淡々と。だけどきっぱりと言い切った星谷さんの姿に、千早ちゃんがホッとするのが分かった。話そのものがどこまで理解できてるかは分からないけれど、自分の言葉にきちんと耳を傾けた上で、変に逸らさず、嘘や誤魔化しで逃げることなく、きちんと応えてくれたことで安心できたんだと感じた。
だけどそれに続けて、
「ですがそれは、千早自身の協力も不可欠ですからね。人任せにしているだけではただの甘えというものです」
としっかり釘も刺していた。う~ん、何て言うか、抜け目ないなあ。
とは言え、今の千早ちゃんにはまだピンとこなかったらしくて、「え~と…」って戸惑ってたけどね。そんな彼女に、星谷さんはふっと笑いかけていた。
「大丈夫。こうやってどんぐりを戻したり、エネルギーの無駄遣いをしないように気を付けるだけでも協力してることになりますよ」
すると千早ちゃんは、少し上目遣いになってお伺いを立てるみたいに、
「じゃあ、今からゲームするのとかって、ダメ…?。電気のムダづかいになる…?」
って聞いてきた。星谷さんはそんな千早ちゃんに対してさらにふわっと柔らかい笑顔を向けて応えてた。
「大丈夫ですよ。そのくらいならこの発電パネルだけで十分に賄えてますから」
何でもかんでも我慢するっていうのは現実的じゃないっていうのは僕も感じてる。昔の暮らしに戻るというのは、よほど追い詰められない限り無理だろう。『貧すれば鈍す』という言葉もあるように、ある程度は心に余裕が持てる暮らしができなければ結局は上手くいかないと思う。その辺りも、星谷さんはちゃんと分かってくれてる気がした。
そうやって部屋に戻って、千早ちゃんが言ってた通り、またみんなでテレビゲームを楽しんだ。自分たちの生活がどういう風に支えられてて、その中でどういう風に生活していくかっていうのを考えるのは大事だと改めて感じた。
やたらと真面目になりすぎて四角四面になる必要もないとは思うけど、まったく気にしないというのも違う気がする。それは、人間関係にも言えるのかもしれないな。
僕たちは、楽しくゆるく穏やかに繋がってる。その中で真面目に真剣に考えることもある。玲那のこととか、波多野さんのこととか、沙奈子や千早ちゃんのことだって考えてる。そうやって僕たちは支え合ってるんだ。他でもない、僕たち自身のために。
気付けばもう夕方になってて、夕食の時間になった。しばらくアンナさんの姿が見えないと思ってたら、ダイニングのテーブルの上には見たこともない料理が並んでた。
「さすがに私一人ではすべて用意できませんでしたので下準備とか済んだものを持ってきていただいて、私が仕上げを行いました。皆さんのお口に合えばいいのですが」
ふわっと柔らかい笑顔でアンナさんが言う。そこで格好つけずにちゃんと自分一人で何もかもやった訳じゃないってことをちゃんと言うのがすごいと思った。口先だけで話を盛って自分を大きく見せる必要がないんだ。
「うっは~っ!、美味しそう!!」
波多野さんと千早ちゃんと玲那が大袈裟なくらいのリアクションで今の気分を表していた。何気に息が合ってるよな、この三人。
「ウマウマ!」
「美味し~!」
フレンチって言うからコース料理みたいにお皿が順番に出てくるのかと思ったけど、考えてみたらアンナさん一人じゃそこまでできないか。フランス風の家庭料理って感じのが並んでて、なんていう料理かも分からないけどどれもこれも美味しくて、やっぱり波多野さんと千早ちゃんと玲那がすごい勢いで食べまくってた。
僕達はそれを見ながら楽しく食事ができた。イチコさんも田上さんも楽しそうだ。沙奈子も、大人しいけどいつも以上に食が進んでるのが分かった。
「美味しい?」
絵里奈がそう聞くと、大きく「うん」と頷いてた。
「お食事の後に花火はいかがですか?。お楽しみいただけるようにご用意させていただいてたのですが」
アンナさんがそう言いながら持ってきたワゴンの上には、まるでお店の棚に並べるために用意されたって感じの大量の花火が乗ってた。
「やった~!、花火なんて久しぶり!!」
千早ちゃんが声を上げる。
言われてみれば、最近は近所で花火をやってるところも見かけなくなったな。煙とか臭いを遠慮して家の前とかではやらなくなったみたいだ。星谷さんが言う。
「ここは隣の住宅まで離れてますし、しかも周囲にあるのはほぼ別荘ばかりでお留守でしたので、遠慮なく花火をしていただけますよ。ただし火の取り扱いだけは注意していただかないといけませんので、駐車スペースのみでやっていただくことになりますが」
確かに、周囲の落ち葉とかあるところでは危なそうだ。ちゃんとその辺りはわきまえないとね。楽しいからって羽目を外しすぎると思わぬ事故を招くことがある。夏になると増える水の事故とかもそういうものの一種って気がする。せっかくの幸せを壊さないためには、そういうのは忘れちゃいけないな。
そして夕食の後、僕たちは洋館の脇の駐車スペースに集まった。今日は自動車で来た人はいないから、アンナさんが買い物などで使う軽ワゴン車以外の自動車は停まってなくて、十分な広さがあった。これならそれなりに楽しめそうだと思った。
「うお~っ!!、点いた~っ!!」
火が点いて火花を飛ばし始めた花火に、またまた波多野さんと千早ちゃんと玲那が興奮していたのだった。




