表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
418/2601

四百十八 「便利な生活」

「喜んでいただけましたら何よりです」


石窯で焼かれた手作りピザに舌鼓を打つ僕たちを見て、アンナさんが嬉しそうに微笑んでた。


アンナさんはプロだから、このくらいは当たり前のことなのかも知れない。でもその『当たり前』がいかに難しいことなのかを、僕たちはこれまで思い知らされてきた。だから、当たり前のことに対しても僕たちは感謝して喜びを表したいと思ってるんだ。


「本当に美味しいです。ありがとうございます」


そう言って頭を下げる僕に、沙奈子も絵里奈も玲那も続いてくれた。沙奈子が当たり前みたいにそうしてくれたことも、僕は嬉しかった。感謝の気持ちを表すことをこの子も学んでくれてる気がするから。


そうだ。誰かに何かをしてもらったら、それをただ当たり前と思うんじゃなくて、いつも感謝したい。


もっとも、相手が誰でも同じようにできるには、僕はまだまだ人間として未熟だっていうのも実感としてある。会社の上司とかが相手だと、たぶん同じようにはできないからね。


だから、沙奈子に対しても完璧は期待してない。『感謝の気持ちを表すようにした方が良い』っていうのを知っててもらえればそれで十分だと思う。僕にできないことを彼女に強制するつもりもないし。


でも、こんな風に素直に態度と言葉に出せたら、お互いに気持ちいいよね。それが人間関係を良好にするコツだというのもすごく実感する。後は、これがいつでも誰が相手でもできるようになればいいんだけどな。


決して無理はせず、だけどそれを目指そうというのも忘れず、これからもやっていきたい。


僕がそんなことを思ってると、千早ちはやちゃんと大希ひろきくんも「ありがとう!」って声を上げて、波多野さんもイチコさんも田上たのうえさんも「ありがとうございます」って頭を下げてた。みんなホントにいい子だなあ。


僕たちがどれほどそういうのを心掛けていても、横柄な態度を取る人はいるかもしれない。だけど、そういう人がいるからってそっちに合わせて僕たちも偉そうにしていいっていう訳じゃないって思う。他人がどうしてるかは関係ない。あくまでこれは僕たち自身のことだから。


そうやってお昼が終わって、またどんぐり遊びに僕たちは戻ってた。と言っても、千早ちゃんと大希くんが作ってたものが完成するまでだったけど。


「よっしゃ~!、こんなもんかな。ホントはもっと大きくしたかったけど、これ以上大きくしたら学校に持っていけなくなりそうだからね~」


だって。確かに今でも、これを壊さずに持っていくのは骨が折れそうだなっていう大きさだった気がした。何しろ間違いなく普通の手提げカバンとかには入りそうにない大きさだったから。


大希くんのロボットっぽいオブジェも同じ感じだった。


「補強補強!」


そう言いながら接着剤を付けていく。


やがてそれも終わると、後片付けをすることになった。星谷さんが千早ちゃんに向かって言った。


「千早。どんぐりは動物たちの餌にもなります。使わなかった分はまた戻しておいてください。動物たちの餌を取り尽くしてしまってはいけませんからね」


「お~っ!、なるほど!!」


星谷さんの言葉に素直に感心して、みんなで手分けして残ったどんぐりをばら撒いていく。沙奈子も、特に気に入った数個のどんぐりだけは手元に残して、他は庭に戻してた。


「こうしておけば、動物の餌になったり、芽が出て新しい木として育っていきます。自然はそうして維持されているんです。忘れないでくださいね」


諭すように説明されたその言葉に、千早ちゃんだけでなく沙奈子や大希くんも頷いてた。こういう形でも大事なことが伝わっていくんだな。


こういうことも、普段はできない経験だ。僕たちが住んでる辺りは街の中心から外れてて、決してビルが立ち並ぶような場所ではないけど、やっぱりコンクリートとアスファルトに覆われた、いかにも人工の環境って感じだからね。


別にそれが悪いとは思わない。普段、何気なく暮らしていく分にはそっちの方が便利だと思う。日常的に不便さを楽しめるほど僕たちは達観してない。結局は便利な生活から離れられる訳じゃない。仕方なくそういう状況になってしまったらその中でも穏やかに生きていけるように適応しようとは思うけど、わざわざそういう暮らしを選ぶほど意識も高くない。エネルギーを無駄遣いしないように心掛けてても、百年前の暮らしに戻りたいとは思わない。


ただ、それでも、自分たちが与えられた環境の中で生かされてるってことだけは忘れないように心掛けたい。<地球を守る為に>という崇高なお題目はピンと来ないけど、人間が生きていける環境を守る為に気を付けるくらいはしていきたい。その辺りも、僕たちは考えが似てるんだろうなっていう印象はある。


何気なく視線を上げると、さっきまでは気付かなかった洋館の屋根が目に入った。何だか微妙に違和感がある。普通の屋根材とは違ってる気がしたんだ。


僕の様子に気付いたらしい星谷さんが説明してくれた。


「この館の屋根は、父が役員を勤める家電メーカーの商品である太陽光発電パネルを使って作られています。自社製品の性能テストも兼ねているそうです。


こちらは、今年に入ってから新しく設置されたもので、最新式のものですね。従来型の、いかにも後付けというそれでなく、極力、建物のデザインに沿った外観を持ちつつ性能の向上を図ることが、現在のテーマだそうです。その為、発電パネルそのものが屋根材も兼ねています。


この館で使われる電力は、ほぼこれだけで賄われています。余った分は大型のバッテリーに蓄え、それでも余った分については電力会社に売っています。しかし、年間を通しての発電量となるとやはりこれだけでは足りません。しかも、発電パネルを作る際の環境負荷も考慮に入れると、必ずしも『自然に優しい』とまでは言い難いのも現実です。


現在の私たちの便利な生活は、どう足掻いても環境に対する負荷をゼロにはできないというのは事実だと思います。私たちはそれを忘れることなく、ただ享楽に溺れるのではなく、自らが置かれた状況を常に頭の隅に置いて理性的に振る舞うことが求められているのだと私は考えます。


そうしなければ、私たちがいなくなった後の世代ではなく、そう遠くないうちに私たち自身がそのツケを払うことになるかもしれません。これは決して綺麗事の類ではなく、今後も安定的に企業が発展していくために試算された現実的な話なのだと、私は父から聞かされました」


淡々と静かにそう語る星谷さんの言葉に、僕も沙奈子も絵里奈も玲那も聞き入っていた。


その時、


「人間が滅びるっていうこと…?」


と、呟くように声が掛けられた。その声に振り替えると、何とも言えない表情になった千早ちゃんの姿が目に入ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ