四百十二 「いざ、別荘へ」
金曜日、早朝。いつもならまだ起きる時間じゃないけど、僕は眠りから覚めてた。雨と雷が激しかったからだ。
時間はまだ六時前くらい。こんな朝早くから雷とか珍しい気がする。バリバリバリッ!、バシーンッ!。ドドーンッ!!って感じで完全に真上に雷雲が来てるんだなって感じだった。
「怖い…」
何となく雨と雷の気配を感じてた僕の耳に、沙奈子が小さくそう言ったのが聞こえてきた。僕に縋りつくようにして、体を寄せてくる。
「大丈夫…、大丈夫だよ……」
僕は彼女の頭をそっと撫でながら、何度もそう言った。
沙奈子は普段、あまり雷を怖がったりはしない子だったと思う。それなのにこんな風に言うのは、寝起きで油断してたのと、とにかくいつも以上に激しい雷だったからかもしれない。
起きる時間になっても結構激しく雷が鳴ってた。不安そうに僕を見る沙奈子を抱き締めて、
「大丈夫。お父さんが傍にいるから」
と言ってあげた。
それにしても、今日から星谷さんの別荘に行くのに、大丈夫なんだろうかと思ってしまった。さすがに一日中この調子で荒れてる訳じゃないとは思うけど、あまりいい気分じゃない。
それでも、用意はしっかり済ませておく。さすがにいったん帰って着替えてから行くことになるし、荷物だけ用意しておいて、沙奈子を山仁さんのところにまで送っていった。雨も雷もかなりマシにはなってたものの、これが会合だったらビデオ通話で済ますところだった。沙奈子を一人で留守番させるのはまだ不安だから、そちらを優先させることになるだけで。
幸い、何事もなく沙奈子を送り届けられて、僕はそのまま仕事に向かう。雨の日の通勤バスは相変わらず辛いなあ。
会社では特に何事もなく仕事を終えて、同僚の視線を感じつつも定時でオフィスを後にして、帰りのバスを待つ。雨は会社に着くころにはやんでて、今はもう薄曇りって感じだった。
「あ、今、仕事終わりましたので、これからアパートにいったん戻って荷物を取ってきます」
星谷さんに電話でそう伝えると、
「分かりました。それでは山下さんのお宅まで迎えに行きます。バスを降りた辺りで連絡をいただけますか?」
とのことだった。わざわざ迎えに来てくれるというのには恐縮しつつも僕の荷物と沙奈子の荷物の二人分だったから、正直助かった。
「ありがとうございます」と応えて、ちょうど来たバスに乗り込んだ。
それからバスを降りた時にまた星谷さんに電話すると、今から出るということだった。そして僕も急いでアパートに戻って服を着替えてると、沙奈子が戻ってきた。荷物を取りに来てくれたんだ。
荷物を持ち、戸締りと火の元を改めて確認してから、
「じゃ、行こうか!」
と沙奈子に声を掛ける。
彼女も「うん!」って応えて自分の荷物を持って一緒に部屋を出た。すると、アパートの前にマイクロバスが止まってて、窓から千早ちゃんが手を振ってるのが見えた。
最後に玄関の鍵をしっかり掛けて、みんなが待ってるマイクロバスに乗り込む。
「すいません、お待たせしてしまって!」
僕が頭を下げると、星谷さんも、
「いえいえ、こちらこそ急かしてしまったみたいですいません」
と言ってくれた。そうして僕と沙奈子が席に着くと、
「それでは行きますよ」
っていう星谷さんの号令に、波多野さんと千早ちゃんが「おーっ!」っと大きく手を振り上げて応えて、みんなもそれに続いた。
沙奈子には、朝の時点で酔い止めを渡しておいたから、僕が帰ってくる前に飲んでくれてた。これから絵里奈と玲那を迎えに行くことになる。
「今からそっちに迎えに行くから」
「はい、もう用意はできてます」
絵里奈に電話するともう準備万端ということだった。マンションの最寄りのバス停で待ってるということで向かうと、バス停に二人の姿が見えた。
「ありがとうございます。お世話になります」
マイクロバスに乗り込みながら、絵里奈がそう言って星谷さんに向かって頭を下げてた。
「いえ~ぃっ!」
波多野さんと千早ちゃんが、玲那とハイタッチする。やっぱりこの三人はノリが近いなあ。
「おっしゃぁ~っ!、しゅっぱぁ~つ!」
波多野さんの掛け声に、みんなが「おーっ!」って応えた。沙奈子は声はあげてなかったけど、楽しそうな顔してるのは分かる。
それから四十分ほど走って、結構な田舎って感じのところまできた。外はもう真っ暗だ。灯りも少なくてまさに闇の中を走ってるって感じがする。
「この辺りって、確か三千院の近くですよね」
絵里奈がそう言ってきた。三千院って言えば、僕でも聞いたことがある。有名なお寺だったはず。
「はい、三千院までは自動車で十分ほどです。秋には紅葉シーズンということもあり混雑しますが、今の時期も綺麗ですよ。外国のお客さんには大変喜んでいただけます」
そうなんだ。僕は詳しくは知らないけど、確かに外国の人にはウケそうなスポットだと感じた。でも、さすがに遠く感じるな。うちのアパートを出発してからはもう一時間以上走ってる。山道でカーブが多いからゆっくり走ってるせいもあるかもしれないけどさ。
酔い止めを飲んでると言ってもさすがに心配になってきた。と思ったら、絵里奈にもたれながら沙奈子は寝てる。見れば、イチコさんと大希くんも寝てた。乗り物にはあまり強くないから寝るようにしてるってことだった。
そしてようやく、明かりに照らし出された、ちょっとファンタジーっぽい立派な洋館の前に、マイクロバスは止まったのだった。
「お~っ、着いた着いたぁ~!。なっつかし~!」
その洋館を見て、波多野さんが声を上げる。
「あれがそうなの!?、かわい~!」
千早ちゃんが窓から覗き込みながらテンション高く叫んだ。
「さ、みなさん、行きましょう」
星谷さんの引率で、僕たちはマイクロバスを降りて洋館の門のところに並んだ。するとそこに、絵里奈や玲那と同じくらいの年齢かなっていう印象の女性が立って、
「ようこそおいでくださいました。私はこちらの館の管理者で斉藤杏奈と申します。アンナとお呼びください」
と丁寧に挨拶しながら頭を下げてた。
「アンナさん、またお世話になります!」
波多野さんが嬉しそうに手を上げながらその女性に声を掛けた。すると、その女性、アンナさんも嬉しそうに笑顔を浮かべて、
「またお越しくださいましてありがとうございます。どうぞごゆっくりお寛ぎください」
って改めて頭を下げてた。その姿は、本当にプロのメイドさんって感じだと思った。そんなアンナさんを見て玲那も興奮してるのが分かった。目がキラキラしてるんだ。たぶん、本物のメイドさんを見てテンションが上がってるんだろうな。
「こんなところで立ち話もなんですから、まずはお入りください」
案内されて門をくぐると、そこは本当にファンタジーに出てくる洋館って感じの空間なのだった。




