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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百十一 「一人でしかいられない弱さ」

『いいな~、私も行きたかったな~』


メッセージアプリで、玲那からそんなメッセージが届いた。沙奈子たちの様子を写真に撮って送ってたからだ。


『そうだね』と返信しながら、僕は少し胸が痛むのを感じてた。玲那の執行猶予が終わる頃には沙奈子はもう卒業してて、小学校の子のお祭りには間に合わないっていうのに気付いてしまったんだ。一応、卒業してからでもお祭りに来ることはできる。だけど、沙奈子が通ってる間は無理ってことになるからね。


ただ、実は中学校の方でも同じようなお祭りはするらしい。だからそっちになら、参加できるんじゃないかな。


『よ~し、中学校のお祭りには行くぞ~!』


気合を入れるみたいなメッセージに、僕も少しホッとした。そうやって気持ちを切り替えられるなら大丈夫だと思うし。


そうこうしてる間に一通り屋台とか催し物とか堪能すると、もう七時前だった。二時間近く遊んでたことになるのか。


「そろそろ帰ろっか~」


波多野さんがそう言うと、


「分かった~」


千早ちはやちゃんが応えた。イチコさんたちも「だね~」と応えてくれる。沙奈子は少し疲れた顔をしてた。


そういう訳でみんなでお祭りの会場を後にする。お祭り自体も、八時には終わりだそうだ。


「じゃあね~、バイバ~イ」


山仁やまひとさんの家の近くで別れる時、千早ちゃんがそう言って手を振ってくれた。沙奈子も手を振って応えてた。


「楽しかったね」


アパートについてお風呂の用意をしながら、僕がそう声を掛けると、沙奈子が「うん」と頷いた。その姿に、この子もこういうのを楽しめるようになってきたんだなと僕の方が嬉しくなった。


お風呂に入ってすっきりして、ビデオ通話で四人揃って、みんなで寛いだ。


「沙奈子ちゃん、楽しかった?」


絵里奈も画面越しにそう聞いてくる。もちろんそれにも沙奈子は「うん」と頷いた。


今日のことも、この子にとっての幸せな記憶の一つになるのなら、何よりだと思った。


あとは、いつも通りの時間を過ごす。人形の服作りはすごく順調で、一日に一着のペースで作られてる。これから金曜日までの間に作ったものを、夏休みの工作として提出することになると思う。それに今度の土曜日は、星谷さんの別荘で過ごすことになるからね。


考えてみれば、久しぶりに四人がずっと一緒にいられるってことになるんだ。そこに千早ちゃんたちが加わってるだけで。でも、部屋は僕たち四人の部屋を用意してくれるって言ってた。だから、夜、四人で一緒に寝られることになる。僕にとってもとても楽しみだった。




月曜日。今日からまた、沙奈子を山仁さんのところに預けて仕事に行く。もうすっかりそれが当たり前の日常になってた。山仁さんのところでは、沙奈子はたくさんの姉弟がいる感じになってるんだろうな。限りなく家族に近い友達と言うか。それがこの子にどんな影響を与えてるのかも気になる。でも少なくとも悪い影響じゃないのは確かだ。一人でいることが苦痛じゃなかった沙奈子に、何人もの人と一緒にいることが普通になるということも教えてくれた。


一人の時間を楽しむのは悪いことじゃない。ただ、それと孤独とは違うということを、僕も自らの経験として知った。去年までの僕は、孤独だった。孤独であることを望んではいたけど、でも同時に、孤独であることの重さを理解してなかったのも事実だと思う。あの頃の僕には、本当に何もなかった。自分が生きてる意味すらなかった。それが今ではすっかり変えられてしまった。


沙奈子によってね。


そしてこの子も変わった。一人で耐えてきたのが、何人もの人と一緒に耐えるということを知って、間違いなく強くなった。余裕が出てきた。人に守られることを知ることで、人を守ることを知ったんじゃないかな。だから千早ちゃんのことも受け入れることができた。


かなり目立たなくはなってきたと思うけど、左腕の傷は今でも残ってる。これは、誰も周りにいない状況で一人で何とかしようとしてどうにもならなくてパニックになってしまった結果できた傷だと思ってる。あの時、傍に誰かがいたら、僕か、絵里奈か、玲那の誰かがいたらぜんぜん違ってた気がする。


一人でもいられることは強さかもしれないけど、一人でしかいられないのは弱さだと僕は感じた。だって、自分にできないことを突き付けられたら、もう諦めるしかなくなってしまうから。


でも今の沙奈子は、自分にできないことを突き付けられた時には、すぐに誰かに助けを求めることができるようになってきてる。自分にできないことにパニックになってしまったりしない。そう思えるんだ。


それもあの子の成長だし、その成長をもたらしてくれたのはみんなと一緒にいる時間だと思う。


あの子はもう、一人じゃない。僕に万が一のことがあったとしても、力になってくれる人がいる。そうして生きていくことができる。それが僕自身にとっても安心につながるし、気持ちの余裕にもつながる。慌てなくても、焦らなくても、なんとかなる。そう思えばこそ、今の仕事だって続けられる。本当に無理だと思ったら仕事なんて投げ出してしまっても構わないと思うからこそもうしばらく我慢しようと思えるんだろうな。


そんな風にして毎日をやり過ごして、一日一日を平穏に暮らしていく。


火曜日、水曜日、木曜日。確実に時間を重ねていく。


「明日は、いよいよ星谷さんの別荘に行くことになるね。沙奈子も楽しみ?」


夜、二人で一緒に布団に横になって、沙奈子に聞いてみた。


「うん…」


静かに、でもはっきりと彼女は頷いた。他人の家、今回は別荘だけどそういうところに行くのに変に身構えないようになれたのは本当に成長だって感じる。それはもちろん、沙奈子にとっては信頼に値する星谷さんの別荘だからっていうのもあると思うけど、以前の彼女なら怯えてしまってたんじゃないかな。


『私も楽しみ~!』


さっき、四人で寛いでた時に玲那もそう言ってた。今の玲那だったらそう言ってはしゃいで当然だと思えても、絵里奈と出会ったばかりの頃の玲那だったらそんな風には思えなかったんだろうな。それも、絵里奈や香保理かほりさんと出会って一緒の時間を過ごすようになったからこそできるようになったんだ。


そうやって自分にできなかったこともできるようになっていく。それが成長なんだって改めて思った。


そうだ。自分に何ができて何ができないのかを知るにも、比較対象になるべき他人が必要なんだ。完全に一人だったら、自分が何者なのかさえ分からないようになりそうな気もした。これも、僕一人じゃ気付けなかったかもしれない。


僕たちはそれぞれ、辛いことを抱えてこうして集まった。まるで引き寄せられるように、自分が必要としてるものを与えてくれる人と巡り会えた。


そしてそれは、僕自身が拒絶しなかったからこそ得られたものだと思うんだ。



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