四百十 「ステージ」
沙奈子の学校のお祭りに来て、楽しそうに屋台を見て回る子供たちを見て、僕もなんだか楽しい気分になってた。フランクフルトを買って、焼きトウモロコシを買って、ヤキソバを買って、次々と食べていった。今日の夕食はこれで済ますことになると思う。さすがにお好み焼きを食べたところで、僕としてはもう満腹になりつつあった。たこ焼きを買って食べたら、もう十分だった。
それでもかき氷を買ってしまったのは、子供たちにつられたからなのかな。
いつもは僕や絵里奈にべったりという感じの沙奈子も今日は千早ちゃんや大希くんと行動を共にしてる形になってた。そして僕が引率してると言うよりも、逆に引っ張られてるという感じさえあった。
でも、なんかいい。こういうのも悪くないって気がする。いずれ沙奈子も僕の下を巣立って別の人間関係の中で生きていくことになるんだろうから、その予行練習みたいなものかなと思ったりもした。
「沙奈子もいつかはこうやって僕や絵里奈以外の人と人間関係を築いていくんですね」
僕と一緒に子供たちの後をついていた星谷さんに、僕はしみじみと話し掛けてしまってた。なんかもうそれが高校生の女の子に話し掛ける感じじゃなくて、ホントに僕と同年代かそれ以上の人に話し掛けるような感じになってた気がした。なのに星谷さんもそれを全然気にする様子もなくて、すごく自然な感じで、
「そうですね。私も、千早のことを見ているとそういう風に感じます」
と、本当のお母さんのように応えてた。
一方、波多野さんたちはと言うと、イチコさんや田上さんと一緒に屋台巡りをしてた。
ところで、波多野さんがこうやって遊んだりする時のお金はどうしてるかと言うと、実は山仁さんが全部出してくれてるらしかった。波多野さんのご両親には敢えて請求したりせずに、自分の娘としてイチコさんと同じようにしてるって。学費とかはさすがにご両親の方から出てるらしいけど、お父さんは仕事を辞めてしまったし、今は貯金を切り崩して生活してるらしい。このままだと、来年は奨学金を申請することになるって星谷さんが言ってた。
『奨学金はあくまで、学校に通う本人が借りるという形で申請するものです。なのでカナ本人が返すことになります。カナのお父さんには保証人にだけなってもらうことになるでしょう。そういうこともあり、カナは進学を諦めたんです』
波多野さんも言ってた。
『イチコのお父さんには迷惑かけっぱなしだから…。お小遣いまてもらっちゃってるし…。だから私、早く就職したいんだ。そして自立して、お返ししなきゃ』
とその時、波多野さんの言葉を受けて、山仁さんも口を開いた。
『カナちゃん。何度も言ってるように、そのことについては気にしなくていい。カナちゃんはイチコにとっても大切な家族みたいなものなんだ。だから私にとっても娘のようなものだ。私は恩を売るつもりはないんだよ。イチコの友達でいてくれてることで、私の方こそ恩を感じているんだからね』
それが山仁さんの本心であることは、僕にも何となく分かった。山仁さんにとってはイチコさんが一番大事で、そのイチコさんの大切な友達だからこそそう言えるだけで、これが全く無関係な他人だったらここまでできないっていうことを以前からきちんと口にしてるからだと思う。ここで、
『困ってる人を助けるのは当然』
みたいな言い方をしてたら、たぶん僕は信じられなかった気がする。あくまでイチコさんのためだからするだけだっていうのをはっきり言ってるから僕もなるほどって思えるんだ。僕も、もし、千早ちゃんがうちに転がり込んできたリしたら、沙奈子の友達だから同じようにできるって思えるから。逆に、ロクに名前も知らないただの同級生だったら、そこまでできる自信はない。それは事実だった。
そう。僕たちにはできることとできないことがある。だからこそ、自分にできることをしようと思ってるだけなんだ。
そんなことを思ってると、突然アナウンスが流れて、ステージの方でお笑い芸人のライブが始まるってことだった。
「前の方に行ってみよ!」
千早ちゃんがそう言って、沙奈子の手を引っ張った。それに従って、大希くんと一緒にステージの近くまで行く。
と言っても、元々グラウンドが小さいから、会場のどこにいても十分、ステージが見えるんだけどね。ただ、千早ちゃんとしては生の芸人さんを間近で見てみたいと思ってるみたいだ。
ステージには、出演予定の芸人さんの名前も書かれてたけど、正直、僕の知らない名前だった。もっとも、僕はテレビをほとんど見ないから、いろんなところで話題に上がるほどの超有名どころしか知らないし、僕が知らないからって無名の人とは限らない。と思う。
「残念ながら、私も存じ上げない方ですね」
ライブが始まって本人が登場しても、星谷さんもそう言ってた。ただ、波多野さんたちは知ってるらしくて、
「いや~、生で見られるとかモウケものだな~」
と言ってたけどね。
ステージ近くの席で見てる人たちにはまあまあ受けてる感じだったけど、お笑いそのものにもあまり興味が無いからか僕には何が面白いのかいまいち分からなかった。頑張ってライブをしてくれた芸人さんに申し訳ないから口には出さないけどさ。
芸人さんのライブの後は、小学校の吹奏楽部の子たちによる、アニメの曲のメドレーが披露された。すると、沙奈子も知ってる曲が流れたからか、こっちの方が興味ある感じでステージの方を見てた。お笑い芸人さんが出てた時は、きょろきょろ周りを見てたのに。芸人さん、ごめんなさい。うちの沙奈子には早すぎたようです。
波多野さんたちも楽しそうに手拍子とかしながら見てた。
それが終わると、また屋台巡りに戻る。射的とかくじ引きとかもやってた。くじ引きでは、百均でも売ってそうな小さな猫っぽい何かのぬいぐるみを沙奈子は当ててた。要するに残念賞ってことなんだろうな。やっぱり僕たちにはクジ運とかはないっていうのを実感した。それでもちょっと嬉しそうだったのは、もらったぬいぐるみが沙奈子にとっては可愛いと思えるものだったからかな。
体育館の中では、誰でも飛び入りで参加できるビーチボールバレーをしてたりとか、幼児用の遊具が置かれてたりとか、体育館内のステージの上では何台ものロボットがダンスを踊ったりするショーが行われていた。
「よっしゃぁ!、私もやるぞ~!」
そう言いながら波多野さんが千早ちゃんと一緒にビーチボールバレーに参加してたり、大希くんがロボットを熱心に見てたりっていう傍らで、沙奈子がベンチに座って休んでた。星谷さんは大希くんの傍に行ってるから、僕は沙奈子と一緒にベンチに座った。
「楽しい?」
僕がそう聞くと、沙奈子は確かに楽しそうな顔で「うん」と頷いたのだった。




