四百九 「お祭り」
日曜日。今日は夕方から、沙奈子の学校でお祭りがある。だからまたみんなで出掛けることになった。その分、会合は休みになると思う。
最近、こういう形で会合が休みになることが増えてきた気がする。それ自体が僕たちの日常に組み込まれてきたからっていう感じもするんだ。その分、みんなで顔を合わせられることがあれば休んでも大丈夫って言うか。
それ以前に、今は波多野さんを孤独にしないという意味でやってるっていう部分もあるから、一緒にいられるなら別にどんな形だっていいんだろうな。
お昼は千早ちゃんたちが作ったカルボナーラをいただいた。すっかり当たり前の光景になった、僕と沙奈子と千早ちゃんと大希くんと星谷さんと、ビデオ通話の向こうの玲那との六人の食卓に、僕は何の違和感も感じなくなってた。だけど本来は、玲那はここにいるべきなんだなっていうのを思い出して胸がチクリと痛む。でもこれも、何年かの辛抱だ。
千早ちゃんたちが帰って、僕と沙奈子と玲那の三人になって、沙奈子は午後の勉強に取り掛かった。それが終わると今度は二人で買い物に行く。
『いってらっしゃ~い』
玲那に見送られながら家を出ていつものスーパーへ。買い物は沙奈子のリードでスムーズに終わらせて、早々に家に帰る。
帰ったら帰ったで汗をかいてたから二人で水浴び。沙奈子がはしゃぐところを見られる貴重な時間だ。
『ちぇ~っ!、また二人で水浴びか~。いいな~』
画面の向こうで玲那が唇を尖らせながら、でも半笑いでメッセージを送ってきた。
その後は、沙奈子は人形の服作り、玲那は品物の発送作業と、これもやっぱりいつもの日常なんだ。
『沙奈子ちゃんの服、順調に売れてるよ』
届いたメッセージに照れ臭そうに頷くこの子の姿も、慣れてはいるけどやっぱり可愛いなと思ってしまった。
『今度の週末は発送作業ができないから、注意書きしておかなくちゃ』
玲那がそうメッセージを送ってきたのは、自分が忘れないようにするためなんだって分かった。真面目だなあ。
のんびりとした時間の中でそれぞれ自分の作業をこなして、そこに絵里奈が仕事から帰ってきて、玲那と一緒にシャワーを浴びたら、ようやく四人が揃った。
でも五時には家を出て、お祭りに向かうことになる。もちろんメッセージアプリは繋いだままにしておくけど、玲那がまた『いいな~』って。だけどそれは、ワガママを言いたいわけじゃないっていうのも分かってる。素直な気持ちなのは確かでも、ただの相槌的に言ってるんだっていうのも感じてるんだ。意識しすぎて普段の振る舞いがぎくしゃくしても困るということじゃないかな。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
五時前になって僕が声を掛けると、沙奈子は「うん」と頷いた。お気に入りの水色のワンピースを着て、絵里奈に買ってもらったサンダルを履いて、いかにも遊びに行きますって感じの彼女と手を繋いで歩いて、まずは山仁さんのところに向かう。みんなと合流する為だ。すると、山仁さんの家の前にすでにみんなが揃ってた。
これから行くのは伝統行事としてのお祭りじゃないけど、どっちでも構わず楽しめればいいって雰囲気が伝わってくる。
「よ~し、しゅっぱ~つ!」
波多野さんが音頭を取って、みんなを引き連れる感じで歩き出した。千早ちゃんと大希くんが「お~っ!」っと手を上げて応えてた。
学校の近くまでくると、他にも家族に連れられた子供たちが歩いてるのが見えた。みんなお祭りに行くんだな。去年もやってたのは知ってたけど、沙奈子がこういうのが苦手だと思ってたから行かなかった。今年だって、千早ちゃんや大希くんと一緒でなかったら行かなかったと思う。この子にとって大事なのは、イベントそのものじゃなくて誰と一緒にいられるかなんだろうな。
「うわ~、懐かしい。うちの学校でもこんな感じだったわ~」
「分かる。うちの学校もそうだった」
こことは違う小学校出身の波多野さんと田上さんが、校庭に並んだ屋台を見て感嘆の声を上げた。
「私は、来るの初めて!」
そう言ったのは千早ちゃんだった。千早ちゃんは転校してここに来たけど、去年も一昨年もお祭りには来られなかったんだって。お姉さんたちもお母さんも、ついてきてくれたりしなかったから。別に一人でも来ようと思えば来られなくもなかったのかもしれない。でも、そういうことに行けそうな雰囲気じゃなかったっていうのもあったんだろうな。
それが今年は、家族と一緒じゃないのは残念でも、こうして来られたんだから千早ちゃんにとってもとても大きな変化なんだって思えた。
かと思うと、星谷さんは、本人が通ってた私立の小学校ではこういうのをしてなかったそうなので、冷静な中にも興味深そうな感じで見てるのも分かった。
会場はあくまで校庭の中だけだから、決して広くもない。その分、はぐれる心配もないからみんな好き勝手に回ることになった。でも、沙奈子と千早ちゃんと大希くんは基本的に一緒に行動することにしたらしい。僕と星谷さんが、子供たちの後をついて回ることになった。
会場内を見回すと、盆踊りとかをするわけでもないけどステージが組まれてて、お笑い芸人の人が何かするらしかった。
「確かに、学園祭みたいな雰囲気がありますね」
思わずそう呟いた僕に、星谷さんが応えてくれた。
「私も、お祭りには付き合いで何度か行ったことがありますが。それらとも少し違うのは分かります」
だって。聞けば、ご両親の付き合いの関係で、お客さんへの歓待としてお祭りに行ったことがあるらしい。外国の人を案内したこともあるんだって。何だかそれって接待みたいだなと思ったけど、実際、接待だったのかなとも思った、ご両親の付き合いってことは、主に仕事に関係するものだろうし。
そういうのと比べればきっとチープにも見えるんだろうけど、星谷さんはそのことについては何も言わなかった。そう言えば、星谷さんからは自分の家とか人間関係について自慢するような話を聞いた覚えがない。そういうのは浅ましいことだと思ってるんだろうな。
そんな星谷さんだから、黙って子供たちについて回ってた。だけどそれと同時に、何かを確認するかのように時々周囲を見回してるのも見て取れた。
「不審者がいないかどうか、チェックしています」
僕が不思議がっているのに気付いたみたいで、聞く前にそう言われてしまった。それにしても、こんな時でも不審者がいないかどうかチェックするなんて、さすがだなあ。
なんていう僕と星谷さんを従えて、子供たちは、屋台をすべて制覇するくらいの感じで一つ一つ回ってた。
スーパーボールすくい。ヨーヨー釣り。射的。金魚すくいがなかったみたいなんだけど、生き物を扱うのはちょっとってことなのかなあ。




