表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
407/2601

四百七 「台風一過」

昨日から降り始めた雨は、今日になってもやむ気配がなかった。風も少し強い。今日からまた僕は仕事だから、雨の中、沙奈子を山仁やまひとさんの家に送り届けてから僕は会社に向かった。


「おはよ~」


大希くんがいつもと変わらない感じで出迎えてくれる。沙奈子も「おはよう」と落ち着いた感じで返した。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


沙奈子のことをふわっと抱き締めてそう言うと、大希くんと山仁さんの前にも拘らず沙奈子が僕の頬にキスをしてくれた。もう、夏休みに入って山仁さんのところで『いってきます』の挨拶をするようになってからすぐに沙奈子の方からそうしてくれるようになったんだ。山仁さんが普段から、大希くんのことを抱き締めるのを当たり前にやってることで、気にしなくても大丈夫と思うようになったらしい。


実際、山仁さんはそういう僕と沙奈子の様子を柔らかい表情で見守ってくれてるだけだった。山仁さんにとっても別に特別なことじゃないんだろうな。


「気を付けて」


そう声を掛けられて僕も、


「ありがとうございます。いってきます」


と頭を下げながら会社へと向かった。


会社では、もう特別話題にするようなことは何もなかった。上司の嫌味も同僚の冷たい視線もいつものことだし、なんだかすっかり慣れてしまった気もする。ただ、いいところが見付かればいつでも転職してもいいとは僕も思ってた。


仕事が終わっても雨はまだ降ってる。行きの時ほどじゃなくてもバスの中も湿度が高くて、なかなか辛いものがあった。


「ただいま」


出迎えてくれた沙奈子と千早ちゃんと大希くんに向かって声を掛ける。


「おかえり~」


そう返してくれる千早ちゃんと大希くんに対して、沙奈子は当たり前みたいに僕に向かって手を伸ばしてくれて、抱きつきながら頬にキスをしてくれた。それを見ても、二人も囃し立てたりしない。二人にとってもそんなに特別な光景じゃないんだろうな。


こんな風に家族でスキンシップを図ることを当たり前のこととして捉えられるのはすごくいいことだって僕は感じてる。こういうのを冷やかしたり囃し立てたりする子もいるのかも知れないけど、僕にとってはそれは寂しいことだとも思えた。それを当たり前だと感じられてないからそんなことをするんだろうし。


そうなんだ。山仁さんにずっとそうしてもらってきたはずの大希くんもそうだけど、千早ちゃんも今ではそう思えるようになってるってことなんだ。星谷ひかりたにさんが普段から彼女のことを抱き締めてくれるから、それが当たり前になってるんだと思う。


僕も以前は、これを普通のことだとは思ってなかった。冷やかしたり囃し立てたりはしなくても、変には思ってただろうなって気がする。いや、それどころか内心では馬鹿にしていたかもしれない。そう考えると、僕もすっかり、感覚が変わってしまっているんだ。でもそれが心地好い。


本当に不思議だけど素直に素敵だとも思える。そんな風に思えることが嬉しい。


沙奈子を千早ちゃんと大希くんに任せて二階に上がると、みんなが迎えてくれた。田上たのうえさんの姿はなかったけど、これは塾があるから仕方ない。イチコさんと同じ大学に行くために頑張ってるんだろうな。


今日の話題も、台風のことばかりだった。とは言え、あまり緊張感は感じられない。台風は近くを通過中のはずだけどこの辺りの雨も風も知れてて、そんなに実感もなかった。これでも被害が出てるところは出てるんだな。


三十分くらいで会合も終わって、波多野さんの様子も落ち着いてるのを確認して、僕は沙奈子と一緒にアパートへ帰った。雨はまだ降り続いてるし風も少しあるけど、危険を感じるほどじゃない。それでも油断はしないようにも自分に言い聞かせながら二人で歩いた。


部屋に入るとまずお風呂の用意をする。台風の所為か気温はそれほど高くない。一応はエアコンも点けたものの、もしかしたら必要なかったかもしれない。ただ、風が強くて窓を開けられないし湿度が高いからやっぱり必要なのかな。


沙奈子と一緒にお風呂に入って寛いで、お風呂の後も寛ぐ。彼女はいつもの通りに人形の服作りに夢中だった。ただ最近は僕の方が、ホントに他にやりたいこととかないのかなとふと考えたりしてしまうこともある。でも何か他にやりたいことを見付けたら様子に出るだろうから、なるべくそれを見逃さないようにしたいと思った。なんとなくこれが沙奈子の仕事になるんだと思い込んでしまってたけど、もし僕たちがそう思ってるからこの子がそれを読み取ってしまって好きでやってると思い込んでしまってたら申し訳ないから。


だけど、少なくとも今のところは楽しそうにやってるようにしか見えないし、沙奈子自身が好きでやってるんだと思う。もしかすると、何かに秀でた人ってこういうことなのかなと思ったり。他の人が『同じことばかりしてて飽きそう』とか思ってしまいがちなところを好きで続けられてしまうのが『才能』っていうものなのかな。興味のない僕には同じことばかりしてるように見えて、実は沙奈子にとってはすごく違うことをしてるのかもしれない。作る服が違うだけでもぜんぜん手順とか違ってたりするのかな。


そんなことを考えてると、いつの間にか雨もやみ、寝る時間になってた。結局今日も、この子は楽しそうに服作りをしてただけだったと感じた。



火曜日。台風も過ぎ、快晴とはいかないけど雨もやんで一安心というものを実感する。それから後は、何もなく毎日が過ぎてくれた。


ところで、今度の日曜日は、沙奈子の学校でお祭りがあるらしい。お祭りと言っても、PTAが主催する学校内でのお祭りで、どちらかと言うと学園祭に近い感じなのかな。模擬店とか出てる感じの。


山仁さんもPTAとして参加したことがあるっていう話だった。来るのはほとんど学校関係者と校区の人達くらいで、全くの部外者は立ち入りにくい雰囲気らしい。そういう意味では安心できるとも言ってた。そういう訳で、今年は千早ちゃんと大希くんにも誘われて行ってみることになってる。もちろん僕も一緒にいく。安心だと言われても、やっぱり自分の目で確認したいし。


と言ってる間に土曜日になった。今日はまた千早ちゃんたちがオムレツを作りに来るらしい。今回は持ち帰りじゃなくて練習だって言ってた。熱心だなあ。


先週のことについては特に熱心に話題にはしてない。何となくそっとしておく方がいい気がしたからだ。千早ちゃん自身の様子も特に変わりないから、きっとお母さんの様子にもそんなに劇的な変化はないんだろうなって印象はあった。それでも、様子に特に変わりがないっていうことは順調に推移してるんだろうなっていう気もした。


でないと、こんなに楽しそうにできないもんね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ