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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百六 「台風接近」

アパートに帰った僕と沙奈子は、まずシャワーを浴びて汗を流し、服を着替えた。さっぱりしたところでビデオ通話と繋げると、絵里奈と玲那もメイクを落としてさっぱりした感じで画面に映ってた。


「ただいま」


四人でそう挨拶を交わして、今日も無事に終えられたことを感謝する。


海に行った日に、波多野さんに起こったことが頭をよぎった。そのことは、絵里奈と玲那にも話してある。


「…そんなことがあったんですか……」


絵里奈はそう呟いて顔を伏せ、玲那は言葉もなく俯いた。自分たちの心配してたことが、波多野さんの方に起こってしまったからだった。それでも、あまり大きなことにはならずに収まってくれたことで、二人もホッとしたようだった。


波多野さんの場合は、メイクとかで見た目を変えたりしてないからそういうことになったっていうのもあるとは思う。ただ波多野さんの気持ちとして、自分がそういう風にして身を隠さなきゃいけない理由はないっていう思いもあるからそうしてるらしい。だって、波多野さん自身は何も悪いことをしてないから。


対して、玲那の場合は自分が事件を起こしてしまったからっていう違いがある。だから、メイクで顔を変えることも仕方ないって思えるのかもしれない。どちらのやり方が正しいのかじゃなくて、どちらのやり方もアリなんだろうな。その人がどう考えるかっていうだけの違いでしかない気がする。玲那はあくまで、沙奈子にこれ以上迷惑を掛けたくないっていう気持ちが大きいから。


幸い、これまではそれが功を奏してきた。あとはこのまま大人しくして、世間が事件のことを忘れてしまうのを待つしかない。そうやってトラブルを避けることで、気持ちの上で追い詰められてしまったり、沙奈子に危険が及んだのを守るために何か行動を起こさなくちゃいけなくなるっていうのを回避し続けるんだ。何も起こさない。波風を立てないことが、今の玲那にできる唯一の方法なんだと僕も思ってる。だから僕もそれに協力するんだ。


こうして一日を無事に終えられることが、何よりなんだ。


夕食を終えて山仁やまひとさんのところへ行く。すると、今、近付いてきてる台風の話になった。先に海に行っておいてよかったって波多野さんも言ってた。ただ、今度の台風でももう既に被害が出てるという。僕はそれを思うと、やっぱり胸が痛んだ。


その後、僕の方からは、今日、千早ちはやちゃんのお母さんかも知れない人が救命措置をしてたことについて話した。それに対して、星谷さんが反応する。


「話を伺う限りでは、千早のお母さんである可能性は高いと思われます。勤務先も看護師としては優秀であるということも言動についても、私が知る情報と一致しています。


職場では、表裏のない、相手によって大きく態度を変えたりしない、そして勤務に対して熱心であるという評価も受けており、患者からの信頼も高い看護師なのだそうです。


だからこそ、家庭での態度が残念だったと言えるでしょう。それが改善されてきているということは、社会的な面からも喜ばしいことだと思います。今後も注意深く見守りたいと改めて感じました。貴重な情報、ありがとうございます」


この前の、海での大希ひろきくんに対して見せてたデレデレの姿からは想像もつかないような凛とした姿に、僕は改めてすごいなあと感じてた。




日曜日。僕の夏休みの最終日。今日は特に予定もない。千早ちはやちゃんがいつも通りに料理を作りに来るだけだ。今回は餃子を作るんだって。やっぱりお姉さんたちのリクエストらしい。 


午前の勉強が終わった後で千早ちゃんたちが来た。いつものように沙奈子にじゃれつく彼女は、いい表情をしてると思った。それが何よりだ。理不尽で苦しいことの多いこの世の中ででも、彼女なりの幸せを掴もうとしてるって感じる。


そうだ。何も辛いことのない、理不尽なこともない、全てが自分に対して優しくて暖かい世界なんて、たぶん、どこにもない。それこそ、フィクションの中にさえ。そういうのを実現したいのなら、自分で何もかもが自分の思い通りになる都合のいい物語を描くしかない。それを他人が読んだらどう思うか知らないけどね。


僕も星谷さんも手伝って、せっせせっせと餃子を完成させていく。千早ちゃんが持ち帰る分はタッパーに詰めて、残りを焼く。


「あ~、今日のも美味し~!」


出来上がった餃子を一口頬張って、千早ちゃんが体をくねくねさせながら幸せそうな顔をした。それを沙奈子や大希くんや星谷さんも穏やかな顔で見詰めてる。いいなあ、この光景。


満たされた一時ひとときをそうやって過ごして、彼女らは帰っていった。


「餃子、美味しかったね」


僕がそう言うと、沙奈子も「うん」と頷いてた。


それから午後の勉強を済ますと、なんだか外が暗くなってきた気がする。台風が近付いてきてるらしいから、その影響もあるのかな。雨が降り出すとマズいということで、すぐに買い物に出た。やっぱり空模様が怪しい。


幸い、買い物から戻ってくるまでの間に雨が降ることはなかった。でも、四時過ぎくらいになって。いつの間にか雨が降り出してることに僕は気付いた。いよいよ台風が近付いてきたってことなのかな。言われてみれば少し風も強い気がする。


この辺りは山に囲まれた盆地のせいか、台風が来ても風そのものはそんなに強くふくっていう印象はなかった。せいぜい、普段より風が結構強いなって感じかな。それでも暴風警報が出ると学校は休みになるから不思議だ。もちろん、用心には越したことないからそれはいいんだけどね。それに今は夏休みだから関係ない。


先に海水浴に行っておいてよかった。


なんてことを思ってると、雨がどんどん激しくなっていって、雷も鳴り始めた。だけど、ここまでになるほどまだ台風も近くないはずだから、もしかしたらこれは夕立ちなのかな。


実際、一時間ほどしたら小降りになっていた。それでも完全にやむことはなくて、やっぱり台風の影響もあるのかもしれないと感じた。だから念の為に今日も、会合の方はビデオ通話での参加にしておいた。


「台風が近付いてる~って感じがするよね」


画面の向こうで波多野さんが少し興奮した感じでそう言った。その表情からは、海に行った時のことはもうぜんぜん窺えない。全く気にしてないってことはないんだろうけど、いつまでも引きずるほどのことでもないんだろうなって改めて思えた。これからもこうやってちゃんと顔を見ていきたい。


そんな感じで会合の方は台風の話題だけで終わった。雨はまだ降り続いてる。


沙奈子とお風呂に入って四人で寛いで、僕の夏休みの最終日もいつもと変わらない感じで過ぎていく。


けれど、僕にとってはそれが大事なんだ。



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