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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百五 「見過ごされてきたこと」

まさかの救急救命の現場を目撃することになって、僕たちは息を呑んでた。その中で、すごく口は悪いけど的確な対応で救急車が来るまで処置を行ってた看護師の『石生蔵いそくらさん』の姿に、何とも言えない感覚を覚えたりもした。


看護師としては間違いなく優秀なんだと思うけど、あの感じで千早ちはやちゃんたちを怒鳴りつけたり、肋骨が折れそうな印象さえある勢いで心臓マッサージをするあの力強さで叩いたりしてたんだとしたら、大人でも怖いと感じてしまうと思った。


そういうのが無くなってくれたんだとしたら、本当に何よりだと思う。


それまで、千歳さんたちはもう、お母さんに叩かれるのにさえ慣れてしまって反抗的な態度を取ってたりしたんだよな。しかも自分より小さくて弱い千早ちゃんにまで……。


叩かれる痛みをものすごくよく知ってるはずなのに、痛みに慣れてしまってたのかもしれない。


そう思うと、僕は感じるんだ。痛みを知らないから手加減ができないんじゃない。むしろ痛みに慣れてしまってるから手加減ができなくなるんだろうなって。そういう人は昔からいたんだ。


たぶん昔だって、手加減のできない人なんて珍しくなかったっていう気がする。それ以上に多くの事件が起こってたから目立たなかっただけなんじゃないかな。今は事件が起こるとすぐに情報が広まるからやけに増えてるような印象があるだけで、実際、殺人事件の件数そのものは減ってるとも聞いた。


逆に、昔は事件にもならなかった小さなトラブルが表面化するようになって、事件が増えてるような印象を受けてるっていうのもある気もする。学校内での暴力事件や、家庭内での虐待とかも、かつては多くが見過ごされてきたんじゃないかな。


山仁さんも言ってたんだ。


『私が中学や高校に通っていた頃は、学校内でも頻繁に暴力事件が起こっていました。校内暴力が頻発していた時代だったからです。でもそれらの多くは、学校内のトラブルとして内々で処理され、警察が事件として把握することはなかったように思います。


そういうものを間近で見てきたからか、私は今の世の中がそんなに悪くなっているという印象はないんです。マナーの悪い人は昔からたくさんいましたし、逆に、昔はある程度のことなら表沙汰にせずに処理されてきただけかもしれないと思うんです』


って。それは僕も感じてたことだった。


『世の中が悪くなった』って言う人は多いけど、僕もその意見には懐疑的なんだ。昔は、今と比べてそんなに平和だったのか?って。昔は今より大らかだったというのもあって、見過ごされてきた事件も多かったんじゃないかって。


確かに、他人との関係性については昔より距離を感じることも多いのかもしれない。だけどそれは、お互いに傷付け合うことを避けるために気を遣ってるっていう面もあるんじゃないかな。


何でもかんでも馴れ馴れしく賑やかに他人と関わるのが素晴らしいことだとは、こうやって何人もの人と関われるようなれた今でも実は思えない。ウマが合わない相手とはある程度距離を取ることで無用なトラブルを回避するようになってきてるっていうのもありそうな気がするんだ。


そういうのが気に入らない人もいるのかもしれない。ぐいぐいと他人に迫って距離を詰めることが正しいことだと思ってる人もいるのかもしれない。そう思う人はそう思う人同士で楽しくやっててくれたらいい。僕が今、山仁さんたちと親しくしてるのは、そういうのとは少し違う気がしてる。無理なく関われるからそうしてるだけなんだって思ってる。


そんな風に無理に我慢しなくなったことで表に出てきてる事件も多いんじゃないかなって。それが、事件が増えてるみたいな印象を与えてるんじゃないかっていう気もしてる。


だけど、そういう印象を与えることになっても、家庭内の虐待や、学校でのイジメはちゃんと表に出した方がいいと僕は思ってるんだ。沙奈子や千早ちゃんみたいな子が苦しんでるのにそれを見て見ぬふりするのが正しいとは、僕には思えないから。


今回の一件は、また僕にいろんなことを考えさせた。


あの迅速な救急対応をした看護師さんが千早ちゃんのお母さんだとしても、ああいう立派なことをしている一方で千早ちゃんたちに暴力をふるっているということを見逃してていいわけじゃないってすごく感じた。立派なことさえしてたら裏で何をしてても許されるっていうのも、違う気がするんだ。


もしこのまま、千早ちゃんの家の問題が解決していくのならそれでいいと思う。だけどもし、それが解決せずに状況がさらに悪化したりするなら、その時こそはいよいよ警察に入ってもらうことになるのかな。そうならないように僕も願ってるけど。


そうだ。事件を表に出した方がいいと思いつつ、事件が表沙汰になるというのは、被害者にとっても辛いことが多い気がする。世間の目に晒されて、被害者なのに多くの人から攻撃されてっていう事例も少なくないんじゃないかな。玲那だって、十歳とかそこらの頃に何をされたかっていうのが世間に晒されてしまった。それがあの子にとってどれだけのことか、僕には想像もつかない。波多野さんのお兄さんに乱暴された女性にしたって、自分が何をされたのかっていうのを他人に知られることになったんだ。その苦しさは、どれだけのものなんだろう……。


千早ちゃんの家で起こってたことだって、それが表沙汰になってたら、今頃は彼女は施設に保護されていたりしたかもしれない。それは、千早ちゃんにとって本当に救いになったんだろうか……。


今の彼女の様子を見てる限り、どっちが良かったのか僕には正直言って答えを出せそうになかった。ただ少なくとも、警察沙汰にまではならなかったけど、こうやって他の人の目と手が入って状況が変わっていったのは悪いことじゃない気もする。


もっともそれも、今は上手くいってるように見えてるから良いことのようにも見えるだけかもしれないけど……。


難しいな。やっぱり僕には決められない。だけど千早ちゃんの件については、これで良かったんだと思いたい。でもその一方で、千歳さんが関わった事件については、イジメられてそれに耐えきれなくなってカッターを振り回してしまった女の子のためには表沙汰になるべきだったんだろうっていう気もしてしまうんだ……。


そんなことを考えつつ、僕はバス停まで歩いた。


「じゃあ、気を付けてね」


いたるさんと沙奈子ちゃんも、気を付けてくださいね」


あんなことがあった後だから余計にそう思ってしまう。絵里奈とキスを交わし、玲那のことを抱き締めた。二人のことをちゃんと確かめるために。


絵里奈と玲那の方も、沙奈子を抱き締めてくれた。


そして今日は、僕と沙奈子が先にバスに乗って、二人に見送られながら帰路についたのだった。



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