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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百三 「再生する家庭」

星谷ひかりたにさんは自分の罪に気付いてそれを改める努力をしてる。玲那もそうだ。本当は、千早ちはやちゃんのお姉さんたちやお母さんにもそうしてもらうのが理想的なんだと思う。でも、自分の罪を認めることってすごく勇気がいるんだって、星谷さんや玲那を見てると実感する。普通は他の誰かの所為にしたいことなんだって気がする。


だからそれは敢えて後回しにしてでも、今は千早ちゃんに家族を取り戻してもらってる段階なんだろうな。その上でいつか自分のしたことを振り返ってもらえればなって思ったりする。


正直言って僕も、千歳さんや、千歳さんに同調して一人をイジメた子たちのことを責められるほど立派な人間じゃない。自分のクラスでイジメがあっても、積極的には関わらなくても見て見ぬふりすることで結果的にはイジメてる側に協力してたと今は思ってる。そんな僕に千歳さんを強く責める資格があるとは思わない。


僕がそんなことを思ってると、絵里奈も言った。


「私がいたクラスでも、そこまでじゃないかも知れませんが似たようなことはありました。イジメられた子がそれに耐えかねてとうとう反抗したんです。それで何人かが怪我をして、でもそれはただの子供同士のケンカということで大きな騒ぎにはなりませんでした。


だけど、私も見てたんです。それがどんなに酷いイジメだったのか…。


確かにそのイジメられてた子も、元々は少し態度が良くなくて意地悪で、私もその子のことは嫌ってました。それでクラスで結託してその子をイジメるようになったみたいです。私はそれには参加しなかったつもりでしたけど、傍観者になることで結果的に協力してたんだと今は分かります。だから私も、星谷さんのことを責めたりできる立場じゃないって思います。


私が、傍観者だった自分が結果としてイジメに協力してたんだっていうのを認められるようになったのは大人になってからでした。高校生の星谷さんがそんな風に思えるのはすごく立派だと感じます。私にはできないことでしたから……。


千早ちゃんのことは、いたるさんや沙奈子ちゃんや星谷さんに比べると私はよく知らないかもしれません。千早ちゃんのお姉さんたちやお母さんがどんなことをしてきたのかも、教えてもらった範囲のことしか分かりません。そんな私があまり口出しするのも変かなって気がします。


でも、そういうことを抜きにしても、千早ちゃんがすごくいい子だっていうのは私も感じてます。沙奈子ちゃんの友達だからこそ幸せになってほしいって私も思ってます」


絵里奈のその言葉が、彼女の正直な気持ちだっていうのは僕にも伝わってきた。その目と言葉の感じと話すときの仕草で。彼女のことを見てきたから、そう感じるんだ。


すると、玲那からもメッセージが届いた。


『私は、両親をはじめとした大人のことをずっと恨んでた。私をお金で売った実の父のことも、私をお金で買った人たちのことも、そういう人たちを放っておいて見逃してきた人たちのことも。


だけど今は違う。絵里奈も沙奈子ちゃんもお父さんも、星谷さんたちも私のことをちゃんと見てくれてるって実感あるんだ。


千早ちゃんもそうなんじゃないかな。みんなが自分のことをちゃんと見てくれてるって実感してるから、お姉さんたちやお母さんのことを冷静に見られるようになったんじゃないかな』


玲那のそれは、たぶん千早ちゃん側に近い視点からの言葉だって気がした。僕たちの中では一番、家族からも酷い目に遭わされてきた彼女ならではの言葉だと思った。


星谷さんの言葉は、自分が正しいことをしてると思い込んで他人を傷付けてきた人の視点。それは、千早ちゃんのお姉さんたちやお母さんに近いもの。


絵里奈の言葉は、傍観者として結果的に他人を傷付けることに加担してしまった人の視点。それは、千早ちゃんがお姉さんたちやお母さんに暴力を振るわれてきたのを見過ごしてきてしまった周囲の人のもの。


そういうそれぞれの視点からしっかりと千早ちゃんのことを見守ってるんだって思える。千早ちゃんもそういうのを感じられてるから、頑張れてるんじゃないかな。自分が見捨てられてないって思えるから。


僕は、この中では絵里奈のそれに近いかな。僕も傍観者だったから。


だからって、傍観者になってる人を責めたいわけでもないんだ。僕だって厄介事に関わりたくないから傍観してた。怖くて口出しできない人のことを責められる立場じゃない。ただ、そんな自分が今は情けないっていうだけなんだ。その罪滅ぼしってわけじゃないけど、あの頃できなかったことを今はしようと思うっていうだけなんだ。


千早ちゃんの家庭の再生に僕も関われているのかもしれないと思うと、すごく嬉しい。ものすごいちっぽけな協力でも、何もせずただ傍観してた頃に比べたらずっと苦しくない。


そうだ、今なら分かるんだ。何もしないで傍観してたあの頃の僕は、ずっと息苦しい何かを感じてた。それが罪悪感なのか、非力で無力で臆病な自分自身に対する嫌悪感なのかはまだよく分からないけど、あの頃とは気分が全然違う。大したことはできてなくても、何もしてなかった頃とは確かに違うんだ。しかも、それに関われてるという実感の大きさが。


もう取り戻すことも再生させることもできない僕の家庭や玲那の家庭。それと比べるだけでも胸がいっぱいになる気もする。何だか自分のことのように嬉しい。


今、家庭が大変なことになってる波多野さんも、千早ちゃんのことは応援してくれてる。自分が大変だからってそれを妬んだりしてない。


波多野さんが千早ちゃんのことを妬んだりしてないで済んでるのも、みんなが波多野さんのことを見守ってるっていうのが伝わってるからじゃないかな。自分のことが見捨てられてるって感じないから、大変なのに千早ちゃんのことを応援できる余裕が生まれる。そういうことかもしれない。


他人のことを妬んだりするのって、自分が蔑ろにされてる気がするからなんだろうな。そうじゃないっていう実感があれば、自分のこともきちんと見てもらえてるっていう実感があれば、他人を妬んだりしないで済むのかな。


千早ちゃんがやろうとしてること、僕たちがやろうとしてることを、『そんなの上手くいくわけない』とか言う人もいるかもしれない。でもそれは、『上手くいってほしくない』っていう妬みだとしか僕には思えない。上手くいってるかどうかは千早ちゃん自身が感じて決めることだ。他人が口出しすることじゃない。


それに、自分では何もしないで他人の努力にケチをつける人に煩わされるのも馬鹿馬鹿しいって今は思える。『どうせ自分には何もできない』とイジメとかを見て見ぬふりしてたあの頃の僕に煩わされるのと同じだと思うから。



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