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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百一 「千早ちゃんのお母さんの」

水曜日。今日から金曜日までは完全に何の予定もない休日だ。沙奈子と一緒に一日中、部屋でのんびりさせてもらう。絵里奈は仕事だからいないけど、玲那もビデオ通話の画面の向こうで作業してた。


沙奈子も人形の服作りに集中できるからか楽しそうだ。今、作ってるのは、小さい方の人形の服だからか、朝に作り始めたものが夕方には完成してた。その調子ですぐ次の服に取り掛かる。普段から山仁さんのところにいる間に、服のデザインと型紙作りをしてるらしい。針仕事は出来ないからね。


そんな沙奈子を膝に座らせて、僕は彼女の様子をぼんやりと眺めたり、時々玲那とやり取りしたりしてた。四時前くらいに絵里奈も帰ってきて四人になって、いいなあ、この感じ。すごく癒されるよ。


だけど、不思議とそういう時ほど時間が過ぎるのが早い気がする。気が付いたら夕食を用意する時間になってて、今日はハンバーグにした。


夕食の後は山仁さんのところへ行く。すると星谷さんが、


「明日は千早のお母さんの誕生日です。今日、そのためのケーキを千早は一人で完成させました。私たちは見ていただけです。彼女の成長を感じます。そしてそれが、彼女の家庭の再生に繋がると私は信じています」


って。そうか、いよいよなのか。上手くいってほしいと僕もすごく思った。あの子には幸せになってほしい。千早ちゃんが幸せなら、それは沙奈子にとっても嬉しいことだから。


家に帰ってお風呂に入った時、沙奈子にも聞いてみた。


「明日、千早ちゃんのお母さんの誕生日だってね。千早ちゃん、何か言ってた?」


「ケーキが上手にできたからすっごく楽しみだって」


「そうか、上手にできたんだ。良かったね」


「うん、良かった」


そう言った沙奈子の表情も、なんだか幸せそうに見えたんだ。




木曜日。今日はいよいよ、千早ちはやちゃんのお母さんの誕生日か。だけどお母さんは夜勤だから昼過ぎまで寝てて、夕方には仕事に行ってしまうらしい。一時間ほどしか時間はないけど、千早ちゃんの渾身のケーキで誕生日パーティーをすることになるんだって。


沙奈子と一緒に寛ぎながらでも、そのことがちょっと気になってしまう。楽しい誕生日パーティーになればいいなと願わずにはいられなかった。


夕方。会合に出るために山仁さんのところに行くと、


「よっスよっス!」


とすごく明るい表情で千早ちゃんが迎えてくれた。しかも、


「今日ね、お母さんの誕生日パーティーしたんだ!。そしたらお母さん、泣いちゃったんだよ!。ほんのちょっとだけどさ。私、お母さんの泣いてるとこ、初めて見た!。怒ってるばっかりじゃないお母さん、私も好きかも!」


だって。


『好きかも』…、か……。


ここで『好き』って言いきれないところが、千早ちゃんのこれまでの苦しさを表してる気がした。これからも先は長いのかもしれない。だけど焦って無理をして台無しになっても困る。焦らず、慌てず、じっくりとやっていくのが大事なんだってすごく思う。


そしてそれは、波多野さんについても当てはまるのかもね。完全に壊れてしまったように見える波多野さんの家庭について、星谷ひかりたにさんはその中でも最大限、傷が浅く済むように、本当に駄目になってしまわないように今も努力を続けてる。星谷さんがそうやって頑張ってくれてるから、波多野さんも自暴自棄にならずに済んでる。


苦しいこと、辛いことは世の中にはいっぱい溢れてる。不条理とか理不尽とか、そんなのは数え上げてもきりがない。そういうものに立ち向かってくためにこそ、僕たちは力を合わせるんだ。


どんなに強がったって力があったって、人間は、本当に一人になってしまったら生きてはいけないんだ。必ず誰かの助けがあって、支え合って、力を出し合って生きているんだ。それを忘れた時、他人に感謝するってことができなくなるんだと思う。自分一人の力だけで生きてると思ってしまったら、感謝もできなくなるんだと思う。


自分は、自分の力だけで厳しい社会を生き抜いてきたって思ってる人もいるかもしれないけど、それは本当にそうなのかなって僕は思う。本当に誰の助けも借りずに、誰のことも参考にせずにやってこれたのかな。誰かが言ってたこととか、誰かが示してくれたこととか、そういうのさえ参考にしたことはないのかな。もしそういうのを参考にしたことがあったなら、それはもうその時点で『自分一人の力』じゃないはずだよね。


僕はそれを教えてもらった。他人を頼ることは恥ずかしいことじゃないと教わった。自分が誰かに助けてもらったって思えるからこそ、自分も誰かを助けたいって思えるんだって感じることができた。


今でも僕は他人と関わるのが苦手だし下手だと思う。けれどその下手な中でもできることはあるんだっていうのも学んだ。誰とでも同じように仲良くはなれなくても、親しくなれる人は必ずいるんだっていうのも学ぶことができた。これは全部、僕以外の誰かから与えてもらったものなんだ。そうして与えてもらったものを、また別の誰かに引き継ぎたい。


今はまず、沙奈子と絵里奈と玲那だな。そして、余力があれば千早ちゃんや波多野さんなんだ。その余力があるから、僕は波多野さんの力になりたいと思える。もし自分に余裕がなければ、そんな風には思えないだろうから。


千早ちゃん、波多野さん、頼りない僕だけど、沙奈子や絵里奈や玲那のことを優先したその後でだけど、僕にできることなら力になりたい。僕がもらったものをお返ししたい。人間の社会っていうのはそういう風にできてるんだって今なら分かる。そのために人間は社会を作るんだって分かる気がする。


立派なことはできなくても、僕は、僕にできることをする。


こんなこと、僕一人じゃ気付けなかった。そういうことに気付くこともなく、誰とも関わろうとせず、死んでないだけで生きてるとも言えない人生を送ってたと思う。沙奈子一人守ってあげられなかったと思う。


それができる場所と機会を与えてもらった。それ自体に感謝したい。


会合で、波多野さんの顔を見る。今日も落ち着けてるみたいだ。ということを確認して僕も安心する。こうやって直接顔を合わせて表情を確認してこそ分かることもあると思う。ビデオ通話もいいけど、やっぱり自分の目で確かめられるのはすごく大きい。とてもたくさんのことが伝わってくる気がする。


それを感じて、今日も沙奈子と一緒に家に帰る。帰ってからまた、お風呂の中で千早ちゃんのことを話してみた。


「千早ちゃんのお母さんの誕生日パーティー、上手くいったみたいだったね」


「楽しかったって言ってた。お母さんに『ありがとう』って言ってもらえたって」


沙奈子の口を通してでも、千早ちゃんがどれほど今回の誕生日パーティーを喜べたのか伝わってくる気がしたのだった。



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