四百 「モテる大希くん」
「じゃあ、そろそろ上がろうか」
僕がそう声を掛けると、
「そっか~、まあ仕方ないかな。人も増えてきたし」
と波多野さん。するとイチコさんと田上さんも、
「そうだね」
「うん、分かった」
と納得してくれた。
千早ちゃんと大希くんも、
「え~?。でも、沙奈も疲れてきたみたいだからいっか」
「は~い」
って上がってきた。
千早ちゃんが言ってた通り、沙奈子は少し疲れた感じにも見える。
みんなで海の家に行ってシャワーを借りた。沙奈子は星谷さんたちに任せれば問題ないけど、大希くんはどうかなと思ったら、
「大丈夫。一人でできるよ」
と男性用のシャワー室に一人で入っていった。何度も来てるからもう要領が分かってるらしい。
僕は席を取って荷物番をしながらみんなが出てくるのを待った。すると、大希くんがまず戻ってきた。ジュースを飲みながら二人で待つ。
「大希くんも楽しかった?」
普段、千早ちゃんがよくしゃべるから結果として大希くんとはあまり話す機会がなかったし、この時ばかりと話しかけてみた。
「うん。楽しかった!」
優しい顔立ちに物腰も柔らかいから女の子に間違われることもある大希くんだけど、こうして話してみるとやっぱり男の子なんだなって感じる。すると隣の席に座ってた大学生くらいの女の子三人のグループが、僕に向かって話し掛けてきた。
「可愛い~!。すいません、この子、男の子ですか?」
だって。そしたら大希くんがすかさず応える。
「僕は男だよ」
しっかりしてるんだけど、やっぱりどこか可愛い感じのその姿に、女の子たちが、
「ホント可愛い~!、連れて帰りたい~!!」
って、さらにきゃあきゃあ盛り上がってた。
だけどその時、僕たちの耳にちょっと強い感じの声が届く。
「ダメ!、ヒロはピカお姉ちゃんのなんだから!」
その声に振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちになった千早ちゃんの姿があった。その後ろには沙奈子もいる。
千早ちゃんは、大希くんの体に抱き付いて、女の子たちを睨み付けるみたいにしてまた言った。
「ヒロはピカお姉ちゃんのなの!」
でも女の子たちはそんな千早ちゃんの様子も可愛かったらしくて、ニコニコ笑顔のままで、
「そうなんだ!。じゃあ仕方ないね。お姉ちゃんたちは諦めるわ」
「それじゃ仲良くね。ヒロちゃん、ピカちゃん」
と言いながら手を振って海の家を出て行った。
でも、あれ?。『ヒロちゃん、ピカちゃん』って…?。あ、そうか、千早ちゃんが言った『ピカお姉ちゃんの』っていうのを、自分を指して言ってるんだと思ったのか。なるほど、さっきの言い方だとそういう風にも取れるよね。それに、小柄な大希くんに比べて千早ちゃんはクラスでも一~二を争うくらいに大きいから、千早ちゃんがお姉さんに見えても無理ないか。
けど、変に雰囲気が悪くならずに済んでよかった。そこに、イチコさんと波多野さんが出てきた。
「何々?。どうしたの?」
そう聞いてくる二人に、たまたま隣に座ってた女の子たちが大希くんを見て『可愛い~、連れて帰りたい』と言ったのを、千早ちゃんが『ヒロはピカお姉ちゃんのなの!』と言って退散させたと説明した。
「そっか~、相変わらずヒロ坊はモテモテだなあ」
波多野さんが感心したみたいにそう言う。
確かに、大希くんはあんな感じで特に年上の女の子にモテるらしいっていうのは以前から聞いてた。それが本当だっていうのを実感させられた。
そういうやり取りを、沙奈子は黙って見守ってた。でもそれは疎外されてる感じとかじゃ決してない。沙奈子もどこか笑った感じで見てたのが、僕には分かる。本当に、去年とは大違いだ。
最後に星谷さんと田上さんが出てきてみんな揃って、そのまま昼食を食べることになった。僕と沙奈子とイチコさんと星谷さんはうどん。千早ちゃんと大希くんはカレー。波多野さんと田上さんはヤキソバをそれぞれ注文した。
「そうですか…、こういう感じですか」
星谷さんがうどんを一口食べると、微妙な感じの顔をしてそう呟いた。言いたいことは僕にも何となく分かる。正直、すごく美味しいっていうわけじゃないからね。何て言うか、学園祭とかの模擬店と同じで、雰囲気を味わうところってことなんじゃないかな。だからまあ、本当に美味しいものを食べ慣れてる星谷さんとかからしたら、さすがに厳しいのか。
沙奈子はただ黙って食べてたし、他のみんなはもうまさに雰囲気を味わってる感じだから特に何も言わなかった。楽しそうにおしゃべりしながら食べてただけだ。でもこういうノリについていけずについ冷静になってしまう人が僕以外にもいるっていうのはちょっと嬉しかった気もした。
食事を終えて、いよいよ帰路に就く。
その途中、星谷さんが言った。
「私の別荘では、美味しい食事を提供できると思います。楽しみにしていてください」
さっきの昼食がよっぽど衝撃的だったんだろうなって思ってしまった。
帰りの電車では、僕以外はみんなして眠ってしまってた。沙奈子も僕にもたれて眠ってる。それから視線を移すと、うとうとする星谷さんにもたれて眠り込んでる千早ちゃんの姿が、やっぱりお母さんに甘えてる娘に見えてしまった。大希くんはイチコさんに、波多野さんは田上さんとお互いにもたれ合って眠ってた。本当に仲がいいんだなっていうのも感じた。
僕は、玲那とやり取りしてた。海にいた時も、子供達を見守りながらも時々ね。
『何年か辛抱したら、私も行くよ』
玲那からのメッセージに僕も応える。
『そうだね。みんなで一緒に行こう』
三宮駅に着くと、来た時とは逆に乗り換える。さすがにあの時みたいなことはなかった。波多野さんは敢えて堂々としてた。自分がこそこそしなきゃいけない理由はないって思ってるのかもしれない。僕もそんな波多野さんを応援したいと思う。
私鉄に乗り換えてからまた眠る。神戸三宮駅発の各駅停車に乗って椅子に座ってゆっくりと、また眠りながら帰る。次の乗り換えではさすがに椅子に座れなかったから寝られなかったけど、それまで体を休められたから何とかなった。それに三十分程度だからね。
そして最寄り駅に着くと、『ああ、帰ってきた』っていう実感があった。やっぱり出掛けるのは疲れるなあ。
「うお~、帰ってきた~!」
波多野さんがそう声を上げる。そうだ。後は家に帰るだけだ。
まだすごく暑い時間帯だから歩くのは少し大変だったけど、山仁さんの家に帰るみんなとは途中で別れて、僕と沙奈子はアパートに帰った。ちなみに今日も、みんなで一緒だったから会合はない。帰れば後は寛ぐだけだ。
駅からアパートまで歩くだけでも汗だくになったから、また一緒に水浴びした。さすがに疲れてたからか、今日は沙奈子もそんなにはしゃいだりしなかった。
エアコンが効き始めた部屋で沙奈子を膝に座らせて、僕は言った。
「楽しかったね」
「うん!」
嬉しそうに頷く沙奈子に、癒されるのを感じてたのだった。




