三百九十九 「海で遊ぶぞ」
途中、あんなことがあったけど、それ以外は大きなトラブルもなく僕たちは海水浴場に着いていた。
「うひょ~っ!、着いた着いた~っ!!」
と楽しげに声を上げたのは、波多野さんだった。もうあのことは気にしないようにしてるんだと思った。だから僕も、敢えてあれこれ言わないことにした。
でも波多野さんのことをすごく見てしまってたみたいで、星谷さんが僕に声を掛けてきた。
「移動中はさすがに無理でしたが、私の警護をお願いしている警備会社の支店から、ガードマンを派遣してもらっています。もしトラブルになるようでしたらすぐに駆け付けてもらいますので、ご安心ください」
そう言って彼女が視線を向けた先に、有名警備会社のロゴが描かれた自動車が止まっていた。それに乗っているガードマンの人がこちらを見てるのが分かる。あれがそうなのか。
それにしても、海水浴に来た先にまでガードマンを派遣してもらえるって、どんだけなんだろう。
僕は呆気にとられながらも、せっかく楽しみに来たのに邪魔をしちゃ悪いし、普通にしようと改めて思った。
まだ午前中の割と早い時間だったしそんなに人も多くなくて、場所は簡単に取れそうだった。でも僕は少し思い付いたことがあって、周りを見回してみた。
と、いた。あの時の監視員さんだ。去年、ここに来た時に絵里奈と玲那がしつこいナンパ対策として頼った、すごいムッキムキの監視員さんが今年もいたのを見付けて、僕はそこに場所取りをした。
「じゃあ、僕は荷物番してるし、みんなで楽しんだらいいよ」
そう言うと、みんなその場で服を脱いで、水着になった。全員、水着を中に着てたんだ。
沙奈子と千早ちゃんと大希くんとイチコさんは学校指定の水着で、星谷さんは落ち着いた感じの青いセパレートタイプ。波多野さんもセパレートだけど赤みがかったオレンジのスポーティな感じで、田上さんは緑の割とオーソドックスな感じのビキニだった。
「イチコはホント、こだわらないなあ」
普通に学校指定のセパレートの水着を着てたイチコさんを見て、波多野さんが苦笑いを浮かべながら言った。
「いいの。私はこれで。海に遊びに来たんだから。水着見せびらかしに来たんじゃないから」
とイチコさんはやっぱり飄々とした感じで返す。
「でも確かにこの方がイチコらしいよね」
って田上さん。
「私は来年はカッコいい水着で来たいな~」
は千早ちゃん。それを受けて星谷さんが応えた。
「そうですね。では、来年の誕生日プレゼントは水着がいいですか?」
「ホント?。やったぁ!」
千早ちゃんが嬉しそうに跳ねる。
沙奈子は浮かれてる様子はないけど、それでも楽しそうにしてるのは分かった。少なくとも去年よりはずっと楽しそうだ。絵里奈と玲那に怯えて僕の陰に隠れてたあの時の彼女に比べればね。
「沙奈、行こ!」
千早ちゃんに手を掴まれて引っ張られても、去年、玲那に同じようにされた時の様子とは全然違った。さすがに人買いに連れて行かれるような眼で僕を見たりしない。
大希くんも一緒に三人で遊び始める。その姿を見てるだけでもちょっと込み上げてきそうになった。沙奈子が他の子とこんなに楽しそうに遊んでるなんて……。
「すいません。荷物をお願いできますか?」
僕の隣でイチコさんたちの荷物をまとめてた星谷さんがそう聞いてくる。聞きながら、でもその視線はちらちらと海の方に向けられてた。と言うか、間違いなく大希くんのことを見てるなって分かった。
「いいですよ、そのつもりでしたから。どうぞ楽しんできてください」
「ありがとうございます!」
そう言って頭を下げた時の星谷さんの様子が、すごく可愛いと思った。一目見ても分かるくらいに顔が赤くて、目が潤んでる感じさえしたくらいだし。海の方に向かった星谷さんは、当然、大希くんの傍に行った。でも、いいな、こういうの。いつもはクールな彼女が普通の女の子に戻ってるってことなのかな。相手が六歳も下の小学生の男の子っていうのがちょっと特殊かもしれないけど。
僕は持ってきた日傘をさしてレジャーシートの上に腰を下ろしてみんなを見守った。ちょっと落ち着いてくると、ふとさっきの三宮駅近くでのことが頭をよぎる。ああいうのはもうごめんだよ。
本当に、どうして加害者の家族だというだけであんな目に遭わなきゃいけないんだろう。どうして加害者の家族だというだけであんな風に言えるんだろう。
僕には分からない。
だけどそれは、僕が波多野さんのことをよく知ってるからかもしれないというのも事実なのか。どこの誰とも知らない無関係な人になら、僕も『加害者の家族』っていう目で見てしまうかもしれない。人間って難しいな。
でもあれ以降は、そんなことも起こらなかった。みんな普通に楽し気に遊んでた。ナンパっぽいのが二組ばかり声を掛けてきたリしたけど、小学生の子供を連れてて、しかも引率の大人がいるって知ったらすぐに引き下がってた。しかもここは監視員さんの目の前。強引なことをしてたらすぐ注意される。だからそのくらいならそんなに気にならない。人が少ないってことはナンパ目的のも少ないってことだろうから、そういうのも考えて午前中から来たんだ。
気にしすぎって他人は言うかもしれないけど、気を遣えることは気を遣っていきたい。回避できることは回避したい。その上で楽しめることは楽しみたい。
沙奈子のことを一番に気にしつつ、千早ちゃんと大希くんのことは注意してた。万が一のことがあったら嫌だから。それに沙奈子は去年と同じにライフジャケットを着てる。その分、心配も少ないはずだ。だけど千早ちゃんと大希くんはそうじゃなかったから心配だった。浮き輪は使ってるけど、やっぱりね。
目を離さないようにしなくちゃ。
とは言っても大希くんと千早ちゃんのことは星谷さんも注意してるのか。特に大希くんのことは、ずっとそばにいてた。いつも大希くんのことを見てるのが僕にも分かった。もちろん千早ちゃんのことも気にかけてるんだと思うけど。
波多野さんのことも、やっぱり気になる。でもすごく楽しそうに田上さんとはしゃいでた。イチコさんはマイペースで浮き輪にはまって波に揺られてたりした。いいな、あの感じ。沙奈子もどちらかと言ったらイチコさんみたいにしたいのかもしれないな。それぞれのやり方で海を満喫してくれたらいい。
そんな風に時間は過ぎて、昼過ぎになってくると、一気に人が増えてきたのが分かった。こっちももう三時間以上遊んでる。元々の予定で、昼過ぎには切り上げて帰る予定だった。人が増えれば増えるほど、三宮の駅でのことみたいなのが起こる可能性も増えるかもしれないし。
星谷さんが僕のところにきて言った。
「そろそろ切り上げた方がいいかも知れないですね」
その言葉を受けて、僕もそろそろかと思ったのだった。




