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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百九十八 「みんなで海へ」

火曜日。いよいよ今日は海水浴だ。


「沙奈子、体調は大丈夫?」


念の為に聞いてみるけど、彼女は「うん」としっかり頷いた。この子もちゃんと行く気になってるっていうのを感じる。去年は絵里奈と玲那が合流するってなった途端、酷くテンションが下がってたけど、今回は最初からみんなでってなってるから大丈夫だろう。絵里奈と玲那が行けないのは残念だけど。


「いってきます」


ビデオ通話の画面の向こうの玲那にそう言うと、


『いってらっしゃ~い』


のメッセージと共に玲那がキスをする仕草を見せた。僕と沙奈子もキスをする仕草で返す。絵里奈とは、彼女が仕事に行く時に同じようにやってた。


家を出て山仁やまひとさんのところに向かうと、ちょうど星谷ひかりたにさんと千早ちはやちゃんと田上たのうえさんもやってきたところだった。そこに、大希ひろきくんとイチコさんと波多野さんも出てきた。


「すいません。それではよろしくお願いします。大希、山下さんの言うことちゃんと聞いてな」


と、山仁さんに見送られて、駅に向かって出発する。


集団登校のようにみんなで二列になって歩く。先頭は星谷さんと千早ちゃん。二番目はイチコさんと大希くん。三番目は波多野さんと田上さん。最後尾は僕と沙奈子だ。


今日は少し薄曇りで、気温はそれなりに高いけど日差しが強すぎないからちょうどいいと思った。家を出る前に日焼け止めは塗ってきたし、沙奈子には酔い止めの薬も飲んでもらったから大丈夫だと思う。


駅に着いて電車に乗る時も、沙奈子はもちろん、千早ちゃんも大希くんも大人しく落ち着いて待っててくれるから何も不安はなかった。特に千早ちゃんは、テンション高めなのに無駄に動き回ったりしなくてすごいと感じた。


電車は敢えて各駅停車のに乗って、みんなで席に座ってのんびり行くことにした。時間もまだ早いし、焦る必要もない。さすがに乗り換えた路線では座れなかったけど、大丈夫だ。


電車の中でも千早ちゃんは波多野さんとおしゃべりしたりして楽しそうだった。見れば見るほど姉妹っぽいな。でも羽目を外しすぎてない。他の人の迷惑になるようなことはしてないんじゃないかな。僕の引率なんて必要ないくらい、いい子たちだった。


「どう?、しんどくない?」


僕に掴まって立ってる沙奈子に小声で問い掛けると、「大丈夫」って返事が返ってくる。しっかり目も見て表情も確かめてそれが本当だって感じ取る。本当に大丈夫そうだ。去年はもうこの点で絵里奈と玲那に合流してたのもあって、何とも言えない表情してたのを思い出す。


今年は絵里奈も玲那もいないけど、来年も再来年もたぶん一緒には行けないけど、待っていれば時間は過ぎる。それまで僕たちは淡々と過ごすだけだ。


神戸三宮駅でいったん降りて、今度はJRの三宮駅へと向かう。JRの駅の方が海水浴場に近いからだ。そこでもちゃんと列を作って整然と歩いた。星谷さんが「きちんと整列してくださいね」と声は掛けたけど、それ以上は別に誰も強要もしないのに自然とそうなってる。楽しくてテンションが上がってても変に余計なことをしてせっかくの楽しみが台無しになったら嫌だから、トラブルにならないように気を付けるんだ。


だけど、信号待ちで立ち止まってたその時、僕の耳に思いがけない声が届いてきた。


「おい、あいつ、ネットに載ってたレイプ犯の妹じゃね?」


……え?。


僕は耳を疑った。でも思わずその声の方に振り向いてた。するとそこには、いかにも軽薄そうな大学生くらいの若い男が二人、こっちを見ながらニヤニヤ笑ってた。明らかに波多野さんのことを見てた。


まさか、このタイミングでかよ…!。


と僕は思った。


波多野さんのことは、確かにお兄さんの個人情報と一緒に彼女の顔写真までネットに晒されてたのは知ってる。でも水族館に行った時もカラオケボックスに行った時もこんなことはなかった。なのにまさか、顔見知りもいそうもないところでこんなことって……。


そうだ。玲那はこれを恐れてたんだ。こんな風にして自分のことで沙奈子まで巻き込まれるのが怖くて、一緒に住むことを我慢してるんだ。


でも、実際に自分が事件を起こした玲那ならいざ知らず、本当にただ加害者の妹っていうだけの波多野さんのことをわざわざそんな風に声に出して言うなんて、一体何のつもりだよ。


さすがに黙っていられないと思ったその時、僕はもっと信じられないものを目にしたのだった。


『波多野…さん……』


波多野さんだった。波多野さんが真っ直ぐ立ち尽くしたままポロポロと涙を流してた。何かを言うでもなく、彼らを睨み付けるとかでもなく、ただ泣いてたんだ。何とも言えない空気がその場を包んだ。すると、大学生風の若い男たちの連れらしい若い女性二人が、


「ちょっと、止めなよ。女の子泣かせて。みっともない…!」


と、彼らの服の裾を引っ張った。すると彼らもバツが悪そうに視線を逸らしてとぼけるふりをした。だからもう、それ以上は何も言わなかったし何もしなかった。信号が変わって僕たちは歩き出したけど、その大学生風のグループはそこに立ち止まったままだった。


僕たちもそそくさとその場を離れるように少し早歩きで移動した。駅に着いて電車に乗ると、やっと少し落ち着いた。すると波多野さんがぐるっと辺りを見回してから、


「あ~、我ながらナイスタイミングで涙出たわ~。すごいでしょ?。女優並みってね」


ってニヤァっと笑いながら言った。


「カナぁ、びっくりさせないでよ。焦っちゃったじゃない」


田上さんが胸をなでおろしながら応える。


「でも、確かに名演技でしたね。おかげでトラブルにならずに済みました」


と星谷さん。


「え?。ウソ泣きなの?。カナちゃんすご~い!」


と驚いてたのは千早ちゃん。


「やるなあ、カナ」


と感心してたのはイチコさんだった。大希くんも「へ~」って感心した感じで声を上げてた。


だけど、千早ちゃんや大希くんはともかく、星谷さんたちには分かってた気がする。波多野さんの涙は、演技なんかじゃなかったってことが。僕も、根拠はないけどあの涙は嘘なんかじゃないって思った。あんな風に言われて、波多野さんの感情が昂ってしまって自然と涙が出てしまったんだって思った。でもそれがたまたまその場を収めてくれたんだ。運が良かったんだと思う。


けど今は、演技っていうことで、お芝居っていうことにしておこうってことなんだろうな。せっかくこれから海で楽しむってところなのに、その楽しい雰囲気を壊したくなかったんだろうな。だから僕もそれ以上は何も言わなかった。沙奈子は僕を見てたけど、頭を撫でてあげて、『大丈夫』って声に出さずに言った。それで沙奈子も分かってくれたみたいだ。


そうして何とか、気分を取り直すことができたのだった。



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