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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百九十六 「機を見るに敏」

『そろそろ終わるよ~』


三人で夕食のカレーを食べ終えた頃、玲那からそうメッセージが届き、絵里奈も帰る用意を始めた。沙奈子と一緒に作ったカレーと、沙奈子が作った人形のドレスをトートバッグに仕舞ってから着替える。洗濯して干していた服はすっかり乾いてて、帰ってきた時の服装に完全に戻った。


今日何度目かのキスを交わして、沙奈子も一緒に三人で抱き合って、お互いのぬくもりをしっかりと確かめて、僕と沙奈子は絵里奈を見送った。


「じゃ、いってきます」


やっぱり彼女は、『帰ります』とは言わなかった。絵里奈にとってはこの部屋が本当の家だから。


「いてらっしゃい」


沙奈子もそう言って、彼女の頬にキスをした。絵里奈もお返しのキスをして、手を振りながらバス停の方へと歩いて行く。その姿が見えなくなるまで僕と沙奈子は見送り続けた。もう7時前だけど、外はまだ結構明るかった。


『は~い、絵里奈と合流。それじゃいってきま~す』


バス停の前で、秋嶋さんたちと一緒に絵里奈と玲那が笑顔でピースしてる写真とメッセージが届いた。玲那も『いってきます』って言う。


『はい、いってらっしゃい』


僕はそうメッセージを返した。僕と沙奈子で一緒に手を振ってる写真を添えて。


『バスに乗ったよ~。あ~、今日は楽しかった~』


そのメッセージが届いてから四十分ほどして、


『部屋に着いたよ~。これからお風呂だ~』


とまたメッセージが届いた。こっちはもういつでもお風呂に入れる状態だけど、向こうの用意ができるまで、ビデオ通話を繋いでおくことにした。


画面の中に、笑顔で手を振る玲那が映る。絵里奈の姿は見えないけど、たぶん、メイクを落としてるところなんだろう。玲那も画面から消えて、またすぐに戻ってきた。その手にはお皿に入ったカレーライスが小さく盛られてた。


『沙奈子ちゃんのカレー、さっそくいただくよ~』


そうメッセージが届くと、玲那は嬉しそうに笑顔でカレーを食べていた。カラオケボックスで夕食は軽く食べていくって言ってたからか量は少なめに盛ってたし、五分もしないうちに食べ切って、


『美味しかった。ありがと、沙奈子ちゃ~ん』


のメッセージと一緒に手を振ってた。


僕と沙奈子も手を振り返す。するとそこにメイクを落とした絵里奈が戻ってきた。


「玲那もメイク落として来たら?」


そう声を掛けられて、玲那が大きく頷いて画面から消えた。


代わりに今度は絵里奈が僕たちに向かって手を振ってた。もちろん僕たちもそれに応える。


「今日も楽しかったね」


絵里奈の言葉に、沙奈子が「うん」と頷いた。それがまた嬉しそうで僕の頬も緩んでしまう。


「そう言えば今度の火曜日は海ですね。沙奈子ちゃんのこと、よろしくお願いします」


続けてそう言ってきた絵里奈に、今度は僕は「うん、そうだね」と頷いた。


そうだった。今度の火曜日は、星谷ひかりたにさんたちと一緒に海に行くんだ。今週は忙しいぞ。ああでも、僕も夏休みに入ったんだから、他は沙奈子と一緒にゆっくりできる。一日中、部屋の中でのんびりしてもいいな。


玲那もメイクを落として戻ってくると、お風呂の用意ができたということで、みんなでそれぞれお風呂に入ることになった。今日は、絵里奈と玲那も向こうで一緒に入ることにしたらしかった。こっちで僕や沙奈子と抱き合ったから、そのお裾分けってことらしい。


僕は沙奈子と一緒にお風呂に入る。ぬるめのお湯にゆっくりと浸かって二人でとろけたお餅になる。それから上がってビデオ通話を繋ぎ直すと、玲那もとろけたお餅みたいな顔になってた。「えへへへ~」って感じの締まりのない笑い方が何だか可愛かった。そんな玲那の向こうで、絵里奈が真っ赤な顔で呆けてた。


『三人だけで抱き合ってたらしいけど、絵里奈に免じて許したげる』


とメッセージが。何があったのか知らないけど、もうその様子から、僕たちが三人だけで抱き合ってたことで怒ってたりしないっていうのが伝わってきた。


「一緒に住めるようになったら玲那も一緒に抱き合えばいいよ」


僕がそう言うと、


『もちろん!、た~っぷり甘えさせてもらうからね~』


だって。ちょっと怖いけとは思いつつも、でも玲那の気持ちに応えてあげたいとは思ったのだった。




日曜日。今日も千早ちゃんたちが料理を作りにやってくる。今回もまた、肉じゃがだって言ってた。先週の肉じゃががお姉さんたちに好評で、またリクエストされたらしい。それを聞いて僕もなんだか嬉しくなった。そんな風に言ってもらえることが千早ちゃんにとってもどんなに嬉しかったのか想像してしまって、胸がいっぱいになる感じもした。


千早ちゃんのところも順調なんだな。それが本当に何よりだった。


しかしその分、やっぱり波多野さんのことが気になってしまう。今後十年単位で慎重に根気強く見守っていかないといけないんじゃないかな。かなりマジな話で。


なんてことを考えてるうちに千早ちゃんたちが来た。


さっそく肉じゃが作りを始める三人を見守ってると、玲那が画面の向こうで何か慌てたような動きをしてた。『何ごと?』と思って見てたら、


『沙奈子ちゃんのドレスがもう売れたーっ』


ってメッセージが届く。思わず僕も「早っ!」って声が出てしまった。


『前回、沙奈子ちゃんのドレスを買ってくれた人だ。待ってたんだな~』


え?、それってつまり、もう沙奈子のドレスのファンが付いたってことかな?。


いやいや、それにしても早いでしょ。


『前回のよりもさらに出来が良かったからちょっと高めに設定したんだよ。それでもこれだもん。ガチだよね』


「そうなんだ…」


僕はもう言葉もなかった。それを見ていた星谷さんが、落ち着いた感じで話しかけてくる。


「本当にすごいですね。ひょっとしたら私は、新しいブランドの誕生の瞬間に立ち会ってるのかもしれないと、少し興奮してきています。


今後もし、本当に起業することになれば、私も出資させていただけないでしょうか?」


「は…はい…?。出資ですか…?」


そう聞き返すのが精一杯だった。そんな僕に星谷さんは真面目な表情で言う。


「はい。出資です。事業展開するのなら当然、考慮に入れるべき話です。私は千早の為に皆さんのお手伝いをさせていただいていますが、同時にリターンが望めるのだとすればそれを見逃すほど純情ウブでもありません。『機を見るに敏』も私の信条ですから」


そうか、そうだよね。弁護士費用は分割で返済してるけど、僕たちの方からも何らかの形でお返しできるものがあるのならお返しするのは当然だよね。もし沙奈子のドレスが本当に仕事として成立するなら、そういう形でお返しっていうのもありなんだ。


星谷さんがただの理想論とか綺麗事で動いてる訳じゃないのは、僕にとっては逆にありがたいとさえ思えた。ちゃんと理性的に分かっててやってるっていうのが実感できるからね。



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