三百九十五 「ロボちゃん」
今日も先週に引き続いてみんなと一緒にいられたし、波多野さんの様子も見られたということで、夕方の会合は無しっていうことになった。波多野さんが大丈夫そうなら僕も異論はない。何となく物足りない気はしても、問題になるほどのことじゃないし。むしろこれから、こういう形でみんなで集まってっていうのが増えていくのかもしれない。それはそれで楽しそうだ。
女性と普通に話ができるようになってきた秋嶋さんたちと同じように、僕もこういう風に他人と交流することができるようになってきたっていうことなのかな。
と言っても、まだまだホントに親しい特定の相手のみって感じだけど。何しろ秋嶋さんたちとはこんな感じで付き合えないからなあ。なんだろう、波長が合わないっていうやつかな。
スムーズにやり取りできない相手と無理に合わせる必要は感じない。本当は受けとめきれてない相手を『友達』とか言って親しいふりをするっていうのも違う気がする。そうやって神経をすり減らしてストレスを溜め込んでて『自分は不幸だ』って思うのはおかしいんじゃないかな。合わない相手とは距離を取っていいと思うんだ。それによって失うものもあるとしても、無理な付き合いを続けて自分を見失ってたんじゃそれこそ本末転倒かもしれない。
絵里奈と玲那のことは、第一印象は確かに悪かった。だから第一印象だけで決めてしまうのも違うんだとは思う。でもそれなりに付き合ってみていつまで経っても馴染めないなら、それはもうそういうものだって割り切るべきなのかな。逆に、ある程度の距離を取った方が上手くいくことだってある気もする。僕にとっては秋嶋さんたちがそんな感じかも。お互いに近すぎないからこそスムーズにいってるんじゃないかな。アニメの話とか長々と説明されても、僕には正直なところ苦痛だし。
その点、玲那は秋嶋さんたちとも噛み合うらしい。同好の士っていうのが一番だろうけど、やっぱり感覚が近いみたいだ。玲那も本当は他人と関わるのが怖いっていう部分があって、その中で共通の話題があって噛み合うところがあるから僕たちと秋嶋さんたちの間に入って取り持ってくれてるんだ。沙奈子に対して必要以上に近付かずに見守る形にしてくれたのも玲那だし。秋嶋さんたちとの接し方を、あの子は分かってるんだな。
秋嶋さんたちにとっても、玲那との出会いは転機になったんだろうな。そういう付き合いは、大切にしてもらえたらいい。お互いにプラスになるんならね。
沙奈子も、誰とでも親しくできるタイプの子じゃない。他人から見たらかなり付き合い方の難しい子だと思う。それでも千早ちゃんや大希くんみたいな友達ができた。波長の合わない子とはある程度の距離を取りつつ、むやみに壁を作りすぎない。そういう他人との距離感をこの子には掴んでいってほしいな。そうすれば人間関係に煩わされ過ぎず、穏やかに生きていくこともできそうだし。
誰とでも友達になれるなんて、僕たちには無理だ。考えてみたら、僕たちはみんなそういうタイプの人間だ。僕も沙奈子も絵里奈も玲那も、たぶん星谷さんもイチコさんも波多野さんも田上さんも、千早ちゃんも大希くんも、きっと山仁さんもそうなんだ。どこか似たような部分を持ってて、でも同時に噛み合う部分もあるからこうして親しくできるんだろうな。沙奈子にも、そういう相手を見付けていってほしい。それができるように、慣れていってほしい。
僕のところに来たばかりの頃を思ったら、沙奈子もすごく変わったよ。部屋の隅で小さく丸まって様子を窺ってた彼女の姿はもうどこにもない。学校で『ロボちゃん』って呼ばれてるんだとしても、それは逆に、他人の顔色を窺ってビクビクしてるんじゃなくて、ある意味では超然としてるっていうことでもあるんじゃないかな。しっかり『自分』っていうものを持って、他人に振り回されないようになったから、ロボットみたいにいつも冷静でいられるってことなんじゃないかなって思うんだ。『ロボちゃん』っていうあだ名は、むしろ沙奈子の成長を表してる気さえする。おどおどビクビクしてる子を『ロボットみたい』って思わない気もするんだ。
だから僕は沙奈子に付けられたそのあだ名を、悪い意味ばかりでは捉えないようにしようと思ってる。そんな風に思えれば、いちいちそういうことを気にしないでもいられるとも思えるし。沙奈子自身はすでにそんな風に思えてるのかもしれないけどね。だからこそのあだ名なのかも。
すごいな、沙奈子は。
そんなことを考えてる間にも時間は過ぎて、夕食の用意をする頃になった。玲那はそのままカラオケボックスで軽く食べてくるって話だった。僕たちは僕たちで、沙奈子と絵里奈が一緒に夕食を作ることになった。今日はカレーだ。絵里奈の味を、沙奈子はしっかりと受け継ぐつもりみたいだ。僕の手抜きカレーについてはすっかり御役御免かな。だけどそれがいい。それでいいんだ。僕のそれは、誰とも関わろうとしなかった故に身についてしまったものだから。こうやって教わる相手がいて、それを学びたいっていう気持ちがあるなら、そっちを大事にしてほしい。
特に親しい訳じゃない同級生の子からはロボットのように見えるかもしれないこの子も、ちゃんと心があって生きてるんだ。今はロボットのように見えても、それはこの子の成長の途中に一時的にそう見えてるだけなんだ。この子もどんどん変わっていってる。成長してる。いつかまた、ロボットみたいなだけじゃない姿を他人の前でも見せられるようになる日が来るかもしれない。いや、きっと来ると思う。沙奈子にはそれだけのものが備わってるって僕には感じられるんだ。
そうして沙奈子と絵里奈とで作ったカレーを、僕たちは三人で食べた。
「玲那にもお裾分けしてあげようよ」
ここで作ったおかずを家に持ち帰ってた千早ちゃんのことを思い出して、僕はそんなことを提案した。
「いいですね。玲那も喜びます」
絵里奈が嬉しそうに同意してくれた。でも僕はそこで敢えて、
「もしかしたら、『いいな~、三人だけで。ズルい!』とか言うかもしれないけどね」
とちょっと悪戯っぽく言ってみた。すると絵里奈も笑いながら、
「あ、それ、すごく言いそうです」
とも応えてくれた。そんな僕と絵里奈のやり取りを、沙奈子が嬉しそうに見てた。
「玲那にも沙奈子のカレーを食べてもらおう」
僕がそう言うと、「うん」と大きく頷いてくれた。
やっぱり、この子は順調に回復してる。左腕の傷と同じように完全には消えてしまわなくても、その痛みにふさぎ込んでしまうだけじゃなくなってきてる。だから僕は、もうそんなに心配してないのだった。




