三百九十四 「三人でシャワー」
久しぶりに絵里奈も一緒に家に帰る。だから沙奈子はすごく嬉しそうだった。分かりやすくはしゃいだりはしないけど、彼女なりにテンションが上がってるのが見て取れた。夕方、玲那が秋嶋さんたちとのオフ会を終えるまで一緒にいられるからだ。
「ただいま」
ドアを開けると、絵里奈が真っ先にそう言った。そう言いたかったんだろうな。
だけど部屋の中は熱気ですごいことになってたし、カラオケボックスから十分近く歩いたから。三人とも汗をかいてる。すると絵里奈が。
「三人でシャワー浴びましょう!」
って。
「え?」と驚いてしまった僕だったけど、沙奈子は「うん!」と大きく頷いた。その様子がまた嬉しそうで、僕も「分かった」って言うしかなかった。
さっさと服を脱ぐ沙奈子と絵里奈だったけど、僕はさすがに少しためらってた。沙奈子と一緒に入るのは平気でも、絵里奈も一緒となると自分がどうなるかちょっと心配だったから。まさか沙奈子の前でアダルトな気分になるわけにもいかないし。
でも、僕がそういう気分になれるのは、絵里奈も一緒にそういう気分になってくれてる時だっていうのが今度のことで改めて実感した。
さすがに絵里奈も沙奈子の前では普通にしててくれた。三人で一緒にお風呂場に入って、今回は温くだけどお湯にしてシャワーを浴びた。絵里奈は僕と沙奈子を一緒に抱き締めて言った。
「ずっとこうしたかった…。達さんのことも、沙奈子ちゃんのことも、こんな風に抱き締めたかった…。それがようやく叶った……」
頭からシャワーを浴びてたから分かりにくかったけど、彼女は涙をこぼしてたと思う。そんな絵里奈を、僕と沙奈子も抱き締めた。
絵里奈もいろいろ我慢してるんだってすごく分かった気がする。本当は四人で一緒に暮らしたいんだって。けれど今は、沙奈子と玲那のために我慢してるんだ。玲那のことで沙奈子に今以上の迷惑をかけるようになったりしたら、玲那自身が自分を許せなくなる。絵里奈にはそれが分かるんだと思う。沙奈子を守るために敢えて離れて暮らすことが、結果的に玲那を守ることにもなるんだって。
それでもやっぱり寂しいんだろうな。だからこうやって触れ合いたいんだ。触れ合って実感したいんだ。僕と沙奈子のことを。
「嬉しい…。ありがとう…。達さん、沙奈子ちゃん……。
私、二人に会えて本当に良かった…。家族になれて本当に良かった……」
絵里奈はそう言ったけど、それは僕も一緒だよ。絵里奈と玲那に出会えて本当に良かった。家族になれて本当に良かった。だから守りたい。辛いことや苦しいことがあっても、僕たちが家族だってことを失いたくない。そのために僕はいろんなことを考えるんだ。僕たちが家族でいられるように。大切なものを失わないように。
考えたくないことも考えるようにして、回避できる不幸は回避して、小さな幸せを確かに掴んで。
沙奈子に起こったことも玲那に起こったことも、僕が考えることをつい避けようとしてたことだった。見て見ぬふりをしようとしたことだった。そういうことが事件として起こってしまった。だから僕は考える。見たくないこと、考えたくないことも考えようと思う。もう二度と、あんな思いはしたくない。だったら僕の空想の中で済ませておいた方がいい。
いろんなことを想定して、それを回避するための方法を考え続けたい。
「絵里奈…、愛してる……」
沙奈子と絵里奈を抱き締めながら、僕は当たり前にみたいにそう口にしてた。沙奈子の前でも恥ずかしいとか思わない。むしろこの子にもそれを知っててほしい。僕は、沙奈子のことも、絵里奈のことも、玲那のことも愛してる。三人とも、僕の大切な家族だ。
「私もです、達さん…。愛してます……」
僕と絵里奈の言葉を聞いて、沙奈子が、僕と絵里奈を抱き締める手にきゅっと力を入れるのを感じた。それに応えるように、僕と絵里奈もきゅっと力を込めた。
頑張ろうと思った。四人でまた一緒に暮らせるようになるまで…、ううん、それから先もずっと一緒に暮らせるように。今はこの場にいない玲那の為にも。
もしここに玲那がいたら、僕たちは四人でこうやって抱き合ってたかな。抱き合ってた気がする。それこそ、玲那が音頭を取ってね。もし、四人でまた一緒に暮らせるようになった時に玲那が『四人で一緒にシャワーを浴びたい』とか言ったら、今度は驚かないようにしたいな。
ただ、その場合はここのお風呂場じゃさすがに狭いけどね。今、こうやって三人で一緒に入ってるのも、ほとんど身動き取れない状態だし。今は見付けられても仕方ないからしないけど、またいずれ物件探しも再開しなくちゃね。
それが見付かったらここを引き払うことになるのか。それもちょっと寂しいな。なんだかんだ言っても四人で暮らしてても不便を感じたことはほとんどなかったもんな。お互いの距離がすごく近くてむしろ心地よかった。もし引っ越ししても、結局は同じ部屋に集まってずっと一緒にいそうなくらいに心地よかった。
そうして十分くらい抱き合ってて、何となく満足した気がして僕たちはシャワーから出てた。それからすぐに洗濯を始めた。絵里奈の服も一緒に洗う。外はすごく暑いから、今から洗濯しても夕方までには乾きそうな気がした。もし万が一ダメでも、うちに置いてある服をどれか着ていけばいいしね。
洗濯物をベランダに干して、乾くまで絵里奈は僕のTシャツとチノパンを着ておくことになった。
三人で寛いでゆっくりする。午後の勉強が終わった後、沙奈子は人形の服作りをして、絵里奈はそれを見守ってた。僕は玲那から届くメッセージをチェックする。ちょこちょこメッセージと一緒に写真も届く。秋嶋さんたちや、玲那の女の子の友達と一緒に楽しんでる様子が伝わってくる。
沙奈子のファンだっていう秋嶋さんたちも、こうしてみるともうすっかり、自分より年上の女性とも普通に楽しくカラオケとかできてるみたいだな。確か、付き合ってる人もいるんだっけ。
こういうのも出会いの一つだと思う。女性と上手く話しとかできなかったっていう人たちが徐々に慣れていってるみたいだし。それを取り持ったのが玲那なんだなあ。だから秋嶋さんたちはあの子に対して恩を感じてるって言う。それを返すために玲那の力になりたいとも言ってた。僕たち家族だけじゃなくて、こうして自分の味方になってくれる人がいるっていうことも、あの子にとってもすごく心強いはずなんだ。世の中にいるのは敵ばかりじゃないっていうのを実感できるから。
だから秋嶋さんたちに対してもぼくはすごく感謝してる。趣味が合わなくて話題は噛み合わないけど、いい人たちなんだ。そういう人たちに囲まれて、玲那はちゃんと幸せだ。
もし、秋嶋さんたちの誰かと玲那が付き合うようなことになっても、僕も応援したいと素直に思えたのだった。




