表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
390/2601

三百九十 「守りたいこと」

痛めつけることが本人に反省を促すことになるかどうかという点で微妙だというのは僕も感じてる。でも、じゃあどうすれば本人に自覚と反省を促すことになるのかと言われたら、今はまだ僕には答えが見いだせない。


ただ、玲那はすごく反省してる。自分のやったことを後悔して、もう二度とやらないって心に誓ってるのが僕にも分かる。それが何故なのか考えてみると、結局は、事件を起こしたことで自分にとって大切なものを傷付けてしまったっていうのを思い知ったからなんじゃないかな。


そんなことを考えていた僕に届く、玲那からのメッセージ。


『私は、絵里奈や沙奈子ちゃんやお父さんが私のせいで苦しむのが嫌。


私のせいで絵里奈や沙奈子ちゃんやお父さんを苦しめてしまったのが許せない。


だからもう二度とあんなことしない』


それは、僕の思ってた通りの内容だった。これまでに何度もやり取りした内容でもある。玲那の事件をタブーとして封印するんじゃなくて、きちんとそれを受け止めていくように僕たちはしてた。だから玲那も、事件についての自分の正直な気持ちを言えるんだと思う。


波多野さんのお兄さんにとって家族が大切な存在だったらこんな風に苦しめてしまったことを後悔したんじゃないかな。それが反省につながったんじゃないかな。だけど残念ながら今はそうじゃないんだろうな。そういう大切なものがない人に反省させるのはすごく難しいことだって気がする。たとえ家族じゃなくても、苦しめたくない、悲しませたくない誰かがいれば違ってたのかもしれないけど…。


そうだ。玲那だって実の家族のことは素直に大切に思えないんだ。その代わり、絵里奈や沙奈子や僕のことを大切に思ってくれてる。そういう形だって有り得たはずなんだ。


そういう大切な誰かがいなかったら、後はもう、自分自身が大切じゃなくなってしまうとそれこそ『どうなってもいい』っていう気分になってしまう気がする。と言うか、沙奈子が来る以前の僕がそうだったな。面倒なことが嫌いだったから大人しくしてただけで、もし、何かの理由ですごくイライラしてたりしたら、『どうにでもなれ』ってやけくそになってしまっててもおかしくなかった。本当に危ないところだった。今なら何故、事件とか起こしちゃいけないのかがすごく分かる。単に法律で禁止されてるからってだけじゃない理由でそれはダメなんだって感じる。


玲那のメッセージはまさしくそのことを言ってるんだ。大切にしたい存在がある人にとってそれは、ものすごく身近で実感のある理由。どんな法律や理屈よりもずっと強い理由。


『玲那。ありがとう。玲那がそう言ってくれるから僕も守りたいって思える。


愛してる』


星谷さんのいる前で、僕はそうメッセージを送ってた。普通なら自分の奥さんじゃない女性にそんなメッセージを送ったら大変なことになりそうだけど、そのやり取りを見てた星谷さんも、僕にとってあの子は大切な娘だって分かってくれてるから、平然としてくれてた。実はメッセージを送ってしまってから、そう言えば星谷さんが傍にいたんだって思い出してちょっと焦ってしまったんだけどね。


星谷さんは言った。


「山下さんのご家族の姿こそが、私にとっても大きなヒントになってくれています。カナのお兄さんにも、守りたい大切な何かがあることを思い出させることができればと思っています。ですからカナのご両親に対するケアを諦めたくないんです。これまで通りの形は維持できなくとも、大切な家族であったことを思い出させたいのです。


今では家族を見限ってしまったのだとしても、幼い頃には楽しかったり嬉しかったり喜んだりしたことがあったはずです。それがきっかけになればと私は考えています。そのためにも、これ以上、ダメになってほしくないのです」


驚いた。正直、僕はもう波多野さんのご両親のことについては諦めていた。このままもっと壊れていってしまっても僕たちにはどうすることもできないと思ってた。だけど星谷さんはまだ諦めてないんだ。波多野さんのためにも、何とかしようと方法を探し続けてるんだ。


「カナのご両親の離婚については、お母さんの側の意思が固く、お父さんの側もそれを翻意させようという意思が既にありませんので結論が覆ることはない情勢だと思います。しかし、離婚が成立したとしても双方にとって最大限よい形でのものになるようにフォローすることはできるはずです。それによってお互いの関係が悪化しすぎることのないよう、カナと、カナのお兄さんのご両親であったことが汚点とならぬよう、双方が受診している心療内科の主治医との連携も始めて、最適なケアが行われるように、専門家の協力の下でバックアップを行っていきます。


カナは私にとって大切な友人です。彼女を苦しめる者を私は許しません。理不尽や不条理の前に屈したくはありません。私の力では足りないかも知れませんが、人事を尽くさないうちに諦めることは、私の信義に反します。私は、困難を前にして心折れてしまいそうになる自分自身が許せないのです」


「……」


言葉もなかった。僕もそうだし、玲那も呆気にとられるようにして星谷さんを見てた。この人はいったい、どこまで高いところを目指そうとしてるんだろう。僕たちとは全く次元の違う世界を見てるんだってやっぱり感じた。


彼女の言ってることは、もしかしたらただの理想論なのかもしれない。立派なことを言ってるように見えて、実は子供っぽい夢を語ってるだけなのかもしれない。だけど彼女からは、自分にできることを尽くさないうちに諦めたくないっていう強い意志も感じた。


星谷さんは、ご両親と一緒にいろんな世界のいろんな人と出会って交流を持って繋がりを持って、僕たちじゃ想像もつかないような大きな力を手にするようになったんだと思う。そういう力を持つからこそ、それをどう使うべきかっていうのを考えてるんだろうな。自分にとって大切な友達のために、何かをしたいって。すごいなあ。


それが上手くいくかどうなんて僕にはまるで想像がつかないけど、できることなら上手くいってほしいと思った。波多野さんの苦しみが少しでもマシになるのなら、波多野さんのお兄さんが自分のやったことを理解して反省に繋がるのなら、ぜひとも上手くいってほしい。


そう祈らずにはいられなかった。


なんてことをしてるうちに千早ちゃんたちの肉じゃがは完成して、昼食の時間になった。千早ちゃんの家に持ち帰る分をタッパーに詰めて、残りを僕たちでいただいた。


「美味しいよ。ホントに上手になったね」


僕は思わず千早ちゃんにそう言ってた。すると彼女は、「えへへ」って感じで嬉しそうに笑ってた。次は波多野さんがこんな風に笑えるようになってくれるのを、願わずにはいられなかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ