表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
389/2601

三百八十九 「反省するということ」

日曜日。今日も穏やかな一日を目指して僕たちは朝を迎えた。


午前の勉強は夏休みの宿題になってる。一気に片付けてしまうためだ。沙奈子が終わらせたプリントを、僕がチェックしていく。ほとんど間違いがなかった。沙奈子の学力は、完全に追いついてると思った。それどころかさらに先に行くこともできそうだ。今はしっかり復習してるところだけどね。


午前の勉強が終わってしばらくすると、千早ちはやちゃんたちがやってきた。


「よっスよっス」


明るい感じで挨拶して、「フニフニのぷにぷに~」とやっぱり頬を擦りつけてた。その一通りの挨拶を終えて、沙奈子と千早ちゃんと大希ひろきくんはまた肉じゃがを作り始めてた。しかも星谷ひかりたにさんがクーラーボックスとタッパーを持ってきて、


「千早の家の夕食にするそうです」


とのことだった。しっかりしてるなあ。


手慣れた感じで肉じゃがを作ってる三人を見ながら、僕は星谷さんと話をしてた。波多野さんのお兄さんが刑を終えて出てきてからのことだった。


「今、性犯罪者の更生に力を入れているNPO法人と連絡を取り合い、出所後の更生プログラムについて検討を始めたところです。そちらの方でも今回の事件については注視しているそうで、協力が得られることがほぼ確定しました」


「そうですか。上手くいくといいんですが…」


「上手くいくといいではなくて、上手くいかせなければなりません。でなければカナはいつまで経ってもお兄さんに悩まされ続けるでしょう。私はカナの友人としてそんなことは許せません。だから必ず上手くいかせます。場合によっては、少々強硬な手段を使ってでも」


その時の厳しい彼女に視線に、僕は少し怖ささえ感じてしまった。この星谷さんなら、僕たちには思いもつかない方法で復讐と言うか恨みを晴らすこともできてしまいそうだとも思った。しかも、法律に触れない方法で。


いや、もしかしたら、少々強硬な手段を使ってでも必ず更生させてみせるというのが、彼女なりの復讐なのかもしれないな。


もし本当に更生できて自分のやったことを反省できるようになったら、波多野さんのお兄さんは、一生、激しい後悔の中で生きることになるはずだ。自分の妹に乱暴しようとして、無関係な女性に乱暴して、自分の家族も苦しめて家庭を壊して、失ったもの壊したものの大きさや重さを知れば、もうとんでもない苦しみを抱えることになると思う。それこそが、波多野さんのお兄さんが背負うべき罪の重さなんだろうなって気がする。


必要なのは、いかにそれを自覚させるかってことなのか。それを自覚してくれないと罪の重さも感じないだろうからね。


「以前の私はただ重い刑罰を科すことだけが必要だと考えていました。しかし実際にこうして様々な事件に触れるうちにそれでは十分な効果が得られないということを実感したんです。結局、加害者本人が自分の罪を自覚して自ら反省しなければ罰にはならないとも感じました。


その点、玲那さんにとっては今回のことは大変に重い罰になっていると感じます。玲那さんはご自身のしたことを自覚し、ご家族を苦しめてしまったことを強く反省してらっしゃいます。それ自体が玲那さんに課せられた罰なのでしょう。そして玲那さんはその罰に対して真摯に向き合ってらっしゃいます。私はそれこそが受刑者のあるべき姿だと今は思います」


そんな星谷さんの言葉に、玲那が神妙な面持ちで、画面の向こうで頭を掻いてた。


『なんかそんな風に言われるとむしろ気が引けるかなあ』


届いたメッセージにも戸惑いが感じられた。玲那にしてみれば、あの子自身がそうしたいと思ってしてることだからね。敢えて無罪を求めずに、自分の罪と向き合おうとしたんだ。だけどあの子にとってはそれが普通だったんだと思う。きちんと自分の罪と向き合わないと、自分が許せなかったんだって僕は思うんだ。


だから玲那はもう、それこそ本当に命に係わるようなことでもない限りもう二度とあんなことはしないと思う。と言うかしなきゃいけない理由がないし。そしてそれを自分の罪として一生背負っていく覚悟を示した。


でも今のところ、波多野さんのお兄さんにそういう様子は全く見えない。むしろ逆なのか。悪いのは自分じゃなくて、こんなことになってしまったのもすべて別の誰かの所為。自分はただそれに巻き込まれただけだと言いたそうなほどのその態度。それじゃ自分の罪の重さを実感するとか反省するとか到底無理だって気がする。それくらいのを自覚と反省を持たせるとか、どうすればそんなことができるのか想像もつかない。


痛めつければいいって言う人は多いと思う。でも僕はこういうことに実際に触れてきて、その意見には懐疑的だった。確かに痛めつけたその時は反省してるような態度も見せるかもしれない。でもそれは本当に本心からの反省なのかな?。ただ単に、嫌なことから逃れる為に反省してるふりをしてるだけじゃないのかな?。いや、それどころか自分も被害者になったみたいな錯覚を起こさせるんじゃないかな?。


そんな風に思ってしまうんだ。


波多野さんのお兄さんがこれまでどんな風にされてきたのかは僕は知らないけど、もし沙奈子が何か悪いことをしてその罰として叩かれたりしたら、それはどんな意味を持つんだろうって考えてみる。


沙奈子は僕のところに来るまでずっと大人に痛めつけられてきた。僕が『口の中を見せて』って言っただけでパニックになって『ごめんなさい、ごめんなさい!』と何度も謝ってしまうほど怯えていたのは、相当な目に遭わされてきたんだろうとしか思えない。煙草の火を押し付けられたみたいな火傷の痕はまだ残ってる。この子は恐怖と痛みで大人に支配されてきた。そんな沙奈子に痛みを与えて反省を促すことなんてできるのかな?。痛みに怯えるのは、この子にとって反省って言えるのかな?。


違う気がする。上手く説明できないけど、何か違う気がする。それは単に、この子を委縮させて支配してるだけじゃないのかなって感じがするんだ。


千早ちゃんの場合はどうだろう。


千早ちゃんは、お姉さんたちやお母さんからの暴力に対して反発していたらしい。お姉さんの千歳さんと千晶さんはもう完全にお母さんの暴力に対して従う気はなかったらしいし、お母さんにされたことをそのまま千早ちゃんに対してやってただけなんだって。それって、叩かれても蹴られても何も反省しないどころか、もっと弱い相手に八つ当たりするようになってたってことだよね。そんな人を痛めつけても、それは結局、より弱い相手が痛めつけられるきっかけを作ってしまうだけって気がしてしまう。


自分を痛めつけようとする相手の前では大人しく言うことを聞てるふりをして、その陰で自分より弱い相手に同じことをしてその憂さを晴らそうとする。


そんなの、次の事件の火種を作ってることにしかならない気がして仕方ないのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ