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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百八十七 「人生万事塞翁が馬」

お昼を過ぎてしばらくすると、沙奈子が疲れてるように見えてきた。体力はともかく、やっぱり人が多いところは精神的にきついんだと思う。それは僕も同じだった。大人だからまだ我慢ができるだけで、正直、かなり疲れてきてる。


星谷ひかりたにさんにはどうやらそれを見抜かれてしまったようだ。


千早ちはや、そろそろ帰る時間ですよ」


「え~?、まだ見たい~!」


「大丈夫です。年間パスを買いましたのでいつでも来られます。それよりも沙奈子さんが辛そうですよ」


そう言われてハッとなった千早ちゃんが、沙奈子を見た。


「え?、あ、ごめん。大丈夫、沙奈?」


「…大丈夫…」


って応えたけど、大丈夫じゃないのは千早ちゃんにも分かったみたいだった。


「分かった。沙奈がしんどいんじゃ楽しくないもん。今度また来よ」


その言葉を聞いて、沙奈子の傍にずっとついててくれた大希ひろきくんもホッとした様子だった。大希くんも沙奈子が疲れてきてるのに気付いてて気を遣っててくれたみたいだ。


千早ちゃんも大希くんも優しいなあ。


だけど二人が優しいのは、自分が周りの人から優しくしてもらってるからだっていうのをすごく感じる。優しくしてもらえてるからそれと同じことができるんだ。


この場合の『優しい』っていうのは、『なんでも言うことを聞いてもらえてる』っていう意味じゃないってのも今なら分かる。あくまで『話を聞いてもらえてる』っていう意味だ。自分の言葉にちゃんと耳を貸してもらえてるから、相手の言葉にも耳を傾けようと思えるってことだと思う。


星谷さんは、何でもかんでも千早ちゃんの言いなりにはならない。できないことはできないって言うし、無理なことは無理って言う。けれど同時に、それは千早ちゃんの言葉にきちんと耳を傾けた上でのことだった。二人のやり取りを見てると分かる。


さっきだって、『まだ見たい』と言う千早ちゃんに対して『大丈夫です。また見られます』と次の機会を用意できると提示した上で、でも今日のところは切り上げなきゃいけない理由があるということをちゃんと説明してくれてた。だから千早ちゃんも、『また見に来られるのなら』ってことで沙奈子のことを気遣う余裕が生まれるんだろうな。


それでも、ここまでなれるのにはそれなりに時間がかかったらしい。自分の思い通りになってくれない星谷さんに対して反発したこともあったって言ってた。けれど、根気強く千早ちゃんの言葉に耳を傾ける姿勢を見せ続けることで、千早ちゃんもそれを学び取れたんじゃないかな。


星谷さんはもう今の時点で立派な『お母さん』してるって気もする。ただ、彼女がそれをできるようになったのはイチコさんのおかげだとも言ってた。イチコさんが星谷さんの言葉に耳を傾けてくれるからそれを真似するようになったんだって。そしてイチコさんはそれを山仁やまひとさんから教わったんだ。


こうやって大切なことが伝わっていくんだなと感じた。僕は沙奈子にそうしてあげられてるだろうか?。それについては、絵里奈が言ってくれた。


いたるさんはもう、立派に沙奈子ちゃんのお父さんですよ。沙奈子ちゃんがあんなにいい子なのは、達さんの姿を見てるからです。達さんが沙奈子ちゃんのことを受け止めようとしてるから、沙奈子ちゃんも他の人のことを認めようとできるんですよ』


って。照れ臭かったけど、絵里奈の言う通りかもって思えて嬉しかった。沙奈子が他の子に対して穏やかに接していられてるうちは僕の接し方も間違ってないんだって言ってもらえた気がするから。


けれどそれは逆に、沙奈子が他の子に対してきつく当たるようになったりすれば、その時は僕の接し方に何かマズい部分があるっていうことにもなるってことだろうな。だから気を付けなきゃって思った。


そんなことを考えてるうちに、絵里奈と玲那を見送って、それから僕たちもバスに乗った。沙奈子は僕にもたれて、大希くんはイチコさんにもたれて眠り始めた。大希くんも疲れてたみたいだ。沙奈子のことを気にしてくれてたみたいだから、それで疲れてしまったのかも。優しい子だなあ。やっぱり大希くんみたいな子が沙奈子の彼とかだったら安心なんだけど、そうなると今度は星谷さんが…。星谷さんも大希くんのことは真剣らしいし。


難しいなあ。


でもまあ、その辺りのことはまだもう少し先でもいいのかな。


千早ちゃんは波多野さんと一緒に水族館で見た生き物たちのことで楽しそうにおしゃべりしてた。そういう部分ではあの二人は気が合うらしい。どっちかと言えば千早ちゃんと波多野さんの方が『姉妹』って感じかな。星谷さんと千早ちゃんは『母娘』ってイメージなんだよな。星谷さんには失礼かもしれないけど。


ただ、波多野さんが楽しそうにしてられるのもいいことだって思える。辛いことがあってもいつもふさぎ込んでなきゃいけないわけじゃないし、イライラしてなきゃいけないわけでもない。こうやって楽しそうに笑える時間も必要なんだ。今日の水族館は、波多野さんの気分転換のためでもあったからね。


駅前についてバスを降りると、波多野さんが思い出したみたいに言った。


「来週はイチコの誕生日だね。ピカ、今年こそはちゃんとお祝いしようよ」


それを受けた星谷さんがはっきりと応える。


「もちろんです。そのためにカラオケ店の部屋も押さえています」


だって。その上で僕と沙奈子の方に向き直って、


「もしよろしければ、山下さんも参加していただけませんか?」


って。


僕は思わず沙奈子を見てしまった。すると沙奈子も僕を見てて、


「お父さんが行くんなら私も行く」


と言ってくれた。


「じゃあ、お願いしようかな。あ、でも、絵里奈と玲那は大丈夫かな」


と言う僕に対して星谷さんは、


「もちろん、絵里奈さんと玲那さんも大歓迎です。その上でお話ししてます」


微笑みながら応えてくれた。念の為に絵里奈に電話して確認してみる。


「いいですね。イチコさんにもお礼ができますし」


そうか、だったら断る理由もないや。


「それじゃ、よろしくお願いします」


と星谷さんとイチコさんに、改めて沙奈子と一緒に頭を下げて申し込んだ。


「おっしゃーっ!、今年のイチコの誕生日はブイブイ言わせるぞーっ!」


って波多野さんの方が盛り上がってた。田上たのうえさんもそれを見て嬉しそうに笑ってた。本当に、いい友達なんだなって感じた。


お互いにお互いを必要として、支え合って、大切にし合えてる。僕もこういう友達がいたら人生が変わってたのかな。ああでもそうしたら、姪ということで元々縁のあった沙奈子はともかく、絵里奈や玲那とは出会ってなかったかもしれないな。それはそれで嫌だな。


まったく。人生って不思議だよ。嫌なこと、辛いことも多いけど、実はそれがあったからこそ大切な人に出会えたりってこともある。


『人生万事塞翁が馬』っていうのは、まさにこういうことなのかなあ。



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