三百八十五 「自分が納得するための答え」
僕たちに対して、『復讐するべきだ』『復讐は正しい』って言う人は、関わってほしくない。僕たちは復讐を選択しないから。それを選択した人がどうなったか、何をされたかを知ってしまったから。
復讐したい人のことは別に止めない。だけど、それを選択する人にも僕たちの手は届かない。それはすごく感じてる。千早ちゃんを受け止めることができてるのも、彼女がお姉さんたちやお母さんに対する復讐を選ばなかったからだと思う。
『復讐は何も生まない』なんて綺麗事を言いたいわけじゃない。だけど僕たちはヒーローじゃない。絶対に敵を間違わない、失敗しない、そんな都合のいい存在じゃない。それが分かってるからやらないっていうのもある。復讐しようとして相手を間違ったり、無関係な人を巻き込んでしまったりとか絶対にしないっていう自信なんてないからやらないっていうのもあるんだ。もしそんなことになってしまったら、責任の取りようがないし。
そうだ。僕は昔から、何ごとも万事うまくいく復讐劇なんて見ていてちっともスカッとしなかった。たぶんそれが嘘だって、物語上の都合のいい演出だっていうのが分かってたからなんだろうな。その嘘臭さと白々しさばかりが鼻についてしまってたんだと思う。
でもだからって、悪人になりたいわけでもないんだ。ただとにかく平穏に生きていたいだけなんだ。そのための選択を僕はする。復讐を選ばないのも、そういうことなんだ。
星谷さんが言ってた。波多野さんのお兄さんの被害者の女性が、損害賠償請求するための民事訴訟を検討してるらしいってことを。もしそれが実行されたら、世間がその被害者の女性のことをどう言うのか、想像できてしまった。
『結局、金目当てかよ』
…眩暈がしそうだ。
見ず知らずの相手に乱暴されて、そのことが世間に知られるのも覚悟で刑事告訴して、警察で自分がどんな乱暴されたかを詳細に説明して、その上さらに裁判でも公にされて、合法的に復讐するために民事訴訟しようとしたら今度は世間から『お金目当て』とみられる。
なんだよこれ?。おかしいだろ?。おかしいよな?。どうして被害者なのにそんな目に遭うんだよ?。しかも、そういうことが世間に知られないようにと乱暴されたことを表に出さないようにして復讐とかしてたら、やっぱりその被害者の女性が今度は加害者として責められるんだ。乱暴されたことを知られたくなくてそれを表に出さなかったら、それこそ他人からはそれが『復讐』だってことが分からないから。
これが、フィクションの中の演出じゃない『復讐』ってものの現実だと思う。
こんなこと、玲那にも波多野さんにも、僕にとって大切な誰にもさせたくない。復讐しようとしてもっともっと苦しめられるなんて、僕は嫌だ。そんなことするくらいなら、一緒に泣いた方がいい。泣いて泣いて、涙も枯れるくらいに一緒に泣いて、泣き疲れて眠ってしまう方がずっとマシだ。
とか……。
考えても考えても、次々と考えが溢れてくる。自分を納得させるための落としどころを見付けるために、僕は自分の中に答えを探し求めてた。
いや、答えはもう出てるんだ。
『僕は復讐はしない。復讐してほしいとも思ってない』
それが答えだ。その答えに自分が納得するために、いろいろ考えを巡らせてるんだ。自分にはその答えしか出せないってことを確かめようとして。
そうだ。いくら考えたって、僕はフィクションの復讐劇みたいな完璧なものを成し遂げられないし、成し遂げられる手助けもできない。余計に苦しむことになる結末しか作り出せない。何しろ最終的な敵は、真のラスボスは、『加害者』でもなく『法律の壁』でもなく『世間』なんだから。
詳しい事情を知ろうともしない。説明しようとしたら『嘘吐くな』と言って耳を貸そうともしない。自分の勝手なイメージで善悪を作り出して攻撃する、実体のない恐ろしい怪物を相手に勝つ方法なんてどこにもない。根拠のない噂だけでも個人の人生を滅茶苦茶に破壊する最強の魔物。
そういう事件も実際にあったのに、それで責任を取らされたのはほんの数人だけだったよね。確か。だけど実際には、何千人、何万人っていう人間が一緒になって攻撃したはずだよね。どうしてその人たちは何事もなかったみたいに平気な顔をしてるんだ?。どうしてその罪を問われないんだ?。その人たちはどうして復讐されないんだ?。
自分は誰からも復讐されるようなことをしてない、したことがないって思ってるのかもしれないけど、それは自分がそう思ってるだけなんじゃないのかな?。復讐することを認めるんなら、自分が誰かから復讐されても仕方ないよね?。自分でも自覚しないうちに誰かを傷付けて苦しめてたことを理由に復讐されても納得できるんだよね?。
だけど僕は納得なんてできそうにない。だから僕も復讐は考えないようにしようと思ってるんだ。
それと同じことを、ここにいるみんなは考えてるんだって僕は感じてた。だから波多野さんも、嫌がらせしてくる世間に対して復讐しようとはしないんだ。その波多野さんの選択を、僕は認めたい。今以上に酷いことにならないように敢えて復讐しないようにしてる彼女の選択を認めたい。
それがどれほど苦しいことなのか僕には想像するしかできなくても、決して楽なことじゃないってくらいは分かるつもりなんだ。その苦しさを吐き出したくなった時には、それを受け止めてあげたいと思う。
そんな諸々と向き合えるようになるために、波多野さんは今、自分自身と戦ってるんだっていうのも分かる。その戦う勇気をささえてあげたい。
敵を倒したら、ボスを倒したら、仇を討ったら、何もかもが全て解決して万々歳なんていうことは現実には存在しない。誰が本当の敵なのか、何に勝利したら大団円を迎えられるのか、そんなことは誰にも分らない。それが現実なんだ。
沙奈子と一緒に家に帰ってからも、僕はそんなことを悶々と考えてた。そしたら、
「お父さん、しんどい?」
不意に、僕の膝の上でドレスを作ってた沙奈子が振り返って聞いてきた。ドレスを作ることに集中してたはずなのに、急にそんなことを聞いてきたんだ。それで僕は、自分がいつも以上に考え込んでしまってたことに気が付いた。
「ああ、大丈夫だよ。体調とかはどこも悪くない。ちょっと波多野さんのことで考え事してただけだよ」
僕がそう応えると、彼女はホッとしたみたいに「良かった…」って言ってまた作業に戻った。
本当に、本当に優しい子だな……。
僕は、この子を守るためにも、復讐とかは考えない。選ばない。問題を大きくしようと思わない。
悪いことをした人が法律で裁かれるのは当然だとしても、それ以上のことは求めない。玲那に法律以上の罰を与えられたくないから。
それを完全に納得できるようになるかどうかは分からないけど、結果として一番苦しまずに済む方法を探し続けたいと、僕は思ったのだった。




