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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百八十二 「何もない休日」

今日もまた自分に言い聞かせて、沙奈子を連れて家に帰る。


玲那や波多野さんのこともそうだけど、この子も他人からは誤解されたりして攻撃されることもあるかもしれない。もしそういうことがあっても僕はこの子を守る。潰させたりしない。追い詰めさせたりしない。


「沙奈子。何か辛いなって思うことあったらお父さんに言ってね。もしお父さんに話しにくいことだったら、お母さんかお姉ちゃんにでもいいから言ってほしい。沙奈子が一人で苦しんだりしてるの、お父さんも嫌だから」


きゅっと少しだけ手を強く握りながらそう言うと、「うん」ってはっきりと応えて頷いてくれた。この子はちゃんと僕を頼ってくれてる。嫌なことがあったりしたらちゃんと話してくれる。この子の信頼に応えてあげたい。


僕に迷惑がかかるから話せないなんて考えなくていい。沙奈子が一人で苦しんでることの方が僕にとっては迷惑かけられるよりももっとずっと嫌なことだ。


「沙奈子、お父さんは、沙奈子にかけられる迷惑だったらぜんぜん平気だよ。だから、迷惑かかるかもとか考えなくていいからね。親っていうのは、子供に迷惑かけられてなんぼっていうものだからね」


そう言うと、今度は沙奈子の方からきゅっと手を握り返してくれた。僕を見上げて、真っ直ぐ見つめてくれた。少し潤んでるようにも見えた気がする。引き込まれそうな目だと思った。


「お父さん…。大好き……」


その言葉に、ぐっと込み上げてくるものを感じてしまった。この子が来てまだ一年ちょっとだけど、僕はもう、この子の父親なんだ。


そうだよ。この子が僕のところに来た時に、僕はこの子の親になってたんだ。それを自覚するまで時間は少しかかってしまったけど、それは実の親でもあることなんじゃないかな。自分が親になったっていう実感が掴めるまで時間がかかってしまうことが。


赤ちゃんから10歳までの間はとばしちゃったかもしれなくても、この子が来るのと僕の結婚とは順番が逆になってしまったかもしれなくても、沙奈子は僕の子供になるために僕のところに来てくれたんだ。


僕はこの子の父親なんだ。


「お父さんも、沙奈子のことが大好きだよ……」


手を握って見つめ合って、僕たちは親子なんだってことを改めてお互いに確かめた。こうやって何度でも何度でも確かめる。


そうしてるうちにアパートに着いた。いつものようにドアを開けて、僕たちの家に帰ってきた。お風呂の用意をして、ノートPCを起動してビデオ通話をONにして、画面越しだけど四人で集まる。


「ただいま」


僕が守りたい家庭がここにあるんだと、僕は感じたのだった。




月曜日。『海の日』で、今日も休みだ。しかも今日は千早ちはやちゃんたちも来ない、出かける予定もない、久しぶりに完全に何もない一日だった。絵里奈だけは今日も仕事だけど。


四人で朝食を済まして、三人で絵里奈を見送って、掃除して洗濯して、午前の勉強と出品物の管理作業をしてと、いつもの時間を過ごしてた。でも今日は、沙奈子がドレス作りに集中する一日でもある。午前の勉強が終わったら早速、それを再開した。


もう、絵里奈の指示がなくてもちゃっちゃっと作業を進めていく。手元だけ見てたら本当に職人さんが作業してるみたいにも思えた。小さくて可愛い手だけど。


玲那は管理作業が一段落付いたみたいで、


『お父さん、大好き』


って不意打ちのようにメッセージを送ってきた。だけどもういつものことだからね。不意打ちにはならないかな。それでも嬉しくて、


『僕もだよ』


ってメッセージを返してしまう。


すると玲那は、友達や秋嶋あきしまさんたちともやり取りを始めてたみたいだった。忙しい子だなあ。


秋嶋さんたちとも、相変わらず親しくしてるんだって。その秋嶋さんたちは、玲那との約束通り、沙奈子との距離を守ってくれていた。アパートの前で顔を合わせたら挨拶を交わしたりはするけどそれ以上は踏み込まないようにしてくれてる。それでも、沙奈子が『こんにちは』とか挨拶をすると嬉しそうにしてるのが分かった。この子のことが好きなんだなっていうのが伝わってくる。その上でちゃんと一定の距離を維持してくれてるんだから、真面目な人たちなんだなっていうのは分かった。


決して目立たないけど、分かりにくいけど、秋嶋さんたちも沙奈子のことを守ってくれてるんだっていうのが分かる気もする。この子の彼とかっていうにはさすがにピンとこなくても、秋嶋さんたちにもいい出会いがあればいいなとは思えた。玲那との約束をちゃんと守ってくれる、真面目で優しい人たちだよ。きっと家族を大切にしてれるって思う。幸せになってほしいなと素直に思えた。


話は合いそうにないけどね。玲那とは普通に話ができるのに、この差は何だろう…?。


そんなことを考えてるうちに昼食の時間になって、今日はもうさっぱりとそうめんにした。付け合わせはプチトマトと煮干しで。そうめんを食べた後に、沙奈子と二人でかっしかっしかっしかっしと煮干しをかじった。たまにはこういう手抜きもいい。


って言うか、煮干し、ウマ。たまにこうやって煮干しだけで食べるの、ウマ。いや、冗談抜きで。沙奈子も機嫌よさそうだ。ホントに煮干し好きなんだな。


『なんか、二人がそうやって煮干しを黙々と食ってる光景、すげーシュールなんですけど…』


と、玲那は少し引き気味だったけど。


でもまあそうやって昼食も終わって後片付けも済まして、午後の勉強を始めるのかなと思った沙奈子が、僕を見上げて言ってきた。


「お父さん、先に買い物に行った方がいいと思う…」


言われて外を見てみると、太陽は出てるけど雲が多い感じがした。確かにまた夕立ちが来てもおかしくなさそうな感じがする。


「そうだな。先に行こうか」


沙奈子の言う通り先に買い物に行く。一週間分の食材を買い込むと、彼女はどこか満足そうな顔をしてる気がした。いい買い物ができたってことなのかな。ホントに、他の人には分かりにくくても僕にはこの子の表情の区別がつくのが何だか楽しかった。


そうこうして帰ってきて午後の勉強をしてる時に雷が鳴りだして、激しい雨になった。先に買い物に行っておいてよかったってしみじみ思った。


「沙奈子の言う通りになったね」


僕がそう言うと、「うん」と彼女が大きく頷いた。その様子がどこか自慢げに思えたのは僕の気のせいなのだろうか。


午後の勉強の後はまた、ドレス作りに戻る。そうしてるうちに絵里奈も帰ってきて、四人が揃った。


沙奈子と絵里奈はドレス作りに没頭して、玲那は売れた品物の発送作業をして、僕はそんな三人の姿を見ながらいろいろ考えたりしてると、雨はいつの間にかやんでた。


今日の夕食は、お昼のそうめんに続けてさっぱりしたかったので、冷麺にしたのだった。



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