三百七十九 「イルカショー」
絵里奈と手を繋ぐと言うか指を絡ませてると、やっぱりドキドキしてくる感じがする。こういうのは沙奈子や玲那とじゃならない。第一、こんな手の繋ぎ方もしない。何となく、気が付いたら指を絡ませてたんだ。何気なく絵里奈の方を見ると彼女も僕の方を見てて目が合って、夢中になって水槽を覗き込んでる沙奈子と玲那の後ろで軽くキスを交わしてた。こういうことが自然にできるのが不思議だった。
言葉は交わさないのに、見つめ合ってるだけでもホッとできた。
一通り展示の方を見て回ると、イルカショーの時間までまだ結構あったけど、席を確保したいというのもあって僕たちはステージの方へ向かった。
今度は僕と玲那、沙奈子と絵里奈に分かれて二人には先に行ってもらって、僕は玲那と、ショーが始まるまでの間に少しお腹を満たしておくために、以前来た時にも買ったパンを買いに行った。玲那が選んで僕が注文するためだ。だけど実際に行ったら玲那はそこにあった全種類のパンを一つずつ頼むように僕に催促してきた。
だから結局、イルカの形のスコーン二種類と、カメの形のメロンパンと、カエルの形の抹茶アンパンと、チンアナゴ、ニシキアナゴ、ゴマフアザラシ、ペンギンの形のパンをそれぞれ一つずつ買うことになった。
ついでにドリンクも買って沙奈子と絵里奈を探すと、前回よりも少しステージに近いところに席を取れてた二人を見付けた。
「お待たせ」
並んで座ってパンを取り出し、それぞれ好きなのを選んだ。
沙奈子はイルカのスコーンを二種類とも。僕はカメの形のメロンパン。絵里奈はチンアナゴとゴマフアザラシの形のパン。玲那はニシキアナゴとペンギンの形のパンを選んだ。
さすがに今回はすんなり変にはしゃいだりせずにすんなりと食べ始める。前はいろいろテンションが上がってたっていうのもあったんだろうな。でも二回目ともなれば落ち着けるってことだろう。
「美味しいね」
絵里奈がそう言うと、沙奈子と玲那が大きく頷きながらもどんどんと食べてた。
それぞれ食べきると、僕はメロンパン一個だったけど結構お腹がふくれた気がした。これだともうお昼は要らないくらいかもって思える。
そうこうしてる間にも、イルカショーが始まった。
前回はすごくはしゃいでた沙奈子が、今回は大人しかった。あの時の姿が思い出せる分、感情を遠慮なく表に出せなくなってしまったことがチクリと胸に刺さる気もした。けれど、あの時みたいな派手なリアクションはなくても、ステージで飛び跳ねるイルカたちの姿を見るこの子の目は、以前と変わらずにキラキラしてるのも僕には分かった。
そうだ。この子の本質はあれから何も変わってない。変わってないんだ。そんな沙奈子を見る絵里奈の目に、涙がにじんでるのが分かった。玲那の目も潤んでるみたいに見えた。二人もいろんなことを考えてしまったんだと感じた。
ここまでいろいろあったけど、僕たちはバラバラになったりせずにやってこれた。そしてこれからもずっと一緒だ。
ショーが終わると、絵里奈は沙奈子を抱き締めてた。そんな沙奈子と絵里奈を、僕と玲那がさらに抱き締めた。僕の家族がここにいることがすごく実感できた。
しばらくそうして、それから僕たちはアザラシとかペンギンとかも見に行った。
パンでお腹がふくれてたから、お昼はもう、デザートみたいなので軽く済ませた。それからまた回ってなかったところを見て、沙奈子が少し疲れた様子を見せ始めたところで、今日は帰ることにした。でもかなり充実してた気がする。
お土産店で新しいイルカのぬいぐるみを一つ買った。他にも新しいのはあったけど、あまり増えると大変だと気を遣ってくれたのか、沙奈子は一つだけでいいと言った。それを抱き締める目が、うっとりしてるようにも思えた。それで満足できるんだなって分かった気がした。
「じゃあ、またね」
今回は絵里奈と玲那が僕と沙奈子を見送ってくれた。二人の姿が見えなくなるまで沙奈子は小さく手を振ってた。座り直してぬいぐるみをキュッと抱き締めた彼女は、僕の体にもたれかかってきた。そしてすぐにうとうととし始める。
駅前のバス停に着いて沙奈子を起こして降りると、むわっとした熱気を感じた。水族館にいた時より暑い気もした。
また駅前のスーパーで買い物を済ませる。さすがに何度目かともなると沙奈子も諦めたみたいな感じで、淡々と買い物を済ませた。いつものスーパーより高くついてしまうのが気に入らなくて機嫌を損ねる様子も可愛いと思ったけど、やっぱり落ち着いた様子の方がいいかな。
家に帰るとイルカのぬいぐるみを机の上に置いて、それまでのと一緒に並べた。イルカのぬいぐるみの可愛さと、オオサンショウウオのぬいぐるみの何とも言えない存在感が、改めて見ると面白い。
夕食の用意を始めるまでの間、沙奈子は午後の勉強もしてた。無理しなくていいのに。でもこの子にとっても、やらないと何か落ち着かないのかな。
勉強を終えて夕食の用意を始める。今日は塩サバを焼いたのと味噌汁とで簡単に済ませた。絵里奈と玲那の方はカレーだった。
夕食の後で山仁さんのところに行く。
「千早ちゃん、今日は一発で成功させたよ。すごいよな」
波多野さんが興奮気味に、千早ちゃんが今回は一発でケーキ作りを成功させたことを教えてくれた。その姿が、妹のことを自慢してるお姉さんみたいで微笑ましい。星谷さんにとってだけじゃなくて、波多野さんにとっても妹みたいなものなんだなって改めて感じた。
僕たちの方からは、水族館に行ったことを報告させてもらった。
「そう言えば水族館もしばらく行ってないな~。今度みんなで行こうよ!」
声を上げた波多野さんに、田上さんも、
「いいね。私も行きたい」
って。
「カナが行きたいということでしたら考えてみましょう。裁判の結果次第かもしれませんが、来週辺りでもいいかもしれません」
星谷さんが応えると、波多野さんは大きく頷いた。
「どうせ今度のはただの通過点なんだろ?。だったら気にしても仕方ないじゃん。気晴らしにパ~ッとやりたい!」
そんな感じで、来週の土曜日、僕たちも一緒にまた水族館に行くことになった。何度かいくつもりで年間パスを買ったから、ちょうどよかった。
この日の会合は結局それだけで終わって、僕は沙奈子を連れて家に帰った。
「沙奈子、来週の土曜日もまた水族館に行くって言ったら嬉しい?」
「え?。来週も?」
尋ねた僕に間髪入れず彼女は答えた。僕を見つめる目が嬉しそうにキラキラしてた。最近では珍しい感じのその反応に、少し驚いてしまう。でも沙奈子も行きたいんなら何の問題もない。波多野さんの方も、裁判のことを『ただの通過点』って割り切れるなら、それはいい傾向かもしれないと思えたのだった。




