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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百七十八 「再び水族館」

海と星谷ひかりたにさんの別荘でのお泊りの予定が決まってしまって、僕は正直、戸惑っていた。沙奈子にとって思い出になるならいいけど、本当に大丈夫なんだろうかというのもあったから。


ただ、人生の中にはこういう経験もまたあるかもしれないし、僕が傍にいる今のうちに経験しておくのもいいのかも知れないとも思うようにした。


「星谷さんの別荘に行ってみたい?」


山仁さんの家から帰る途中、念の為に沙奈子に聞いてみた。すると彼女は、


「うん」


とはっきり頷いた。そうか。沙奈子がそう言うんなら別にいいよな。星谷さんの別荘にはマイクロバスに乗っていくことになるそうだから、その辺りはしっかり対策しないといけないな。とは言っても、この子はこれまで、乗り物の中で吐いたことはないって担任の先生も言ってた。それでも酔い止めを飲まずに行ったらそういうこともあり得るかもしれない。油断はしないでおかなくちゃ。




水曜日以降はこれといった出来事もなく、また土曜日を迎えてた。だけど豪雨災害については続報が伝わってくるたびに胸が痛む。ついつい、犠牲になったのが沙奈子だったら?。絵里奈だったら?。玲那だったら?。そういう風に考えてしまう。だからこそ今の幸せを大切にしたい。


今日はまた、千早ちはやちゃんは山仁さんの家でケーキ作りの練習らしい。来月のお母さんの誕生日までに確実にケーキが作れるようになりたいということだった。お母さんのこともお姉さんのことも好きじゃないみたいなことを言ってたらしいのにここまでするというのは、やっぱりまだ、完全に嫌ってしまえてなかったということなんだろうな。僕みたいに、両親が亡くなっても『清々した』みたいに思ってしまうようになったら、それはきっとすごく寂しいことなんだと思う。僕は両親がいないのを寂しいと思ったことはないけど、寂しいと思えないというそれ自体が悲しいことなんだろうな。


千早ちゃんが僕みたいに手遅れになる前に、家族との関係を構築し直してもらえたら、僕にとってもホッとする出来事だと思えた。と言うか、『救い』かな?。たまたま僕の両親は上手くできなかっただけで、もしかしたら違う未来もあったかも知れないって思えると僕としてはむしろ気が楽になる。あの人たちだけに問題があったわけじゃないって思えるから。


確かに千早ちゃんのお母さんやお姉さんたちは酷いことをした人たちなんだろう。だけどそれでも、千早ちゃんにとってはまだ取り戻したいと思える家庭と家族なのも事実なんだとしたら、僕は彼女の望みが叶うことを願いたいんだ。彼女は沙奈子の大切な友達で、しかももう家族の次に親しい人だからね。


そんなことを考えてる間にも午前の勉強が終わって、絵里奈と玲那に会いに行く。今回は水族館だ。『どこか行きたいところある?』って聞いたら、


『水族館。イルカさんに会いたい』


って沙奈子が言ったから。


『よ~し、だったら気合い入れてメイクしなきゃね~』


玲那はそうメッセージを送ってきて、沙奈子が勉強をしてる間に絵里奈と二人で丁寧に気合を入れて別人メイクをしてた。自分でメイクをするだけじゃなくて、お互いにメイクをし合うんだ。細かいところまで丁寧に。すると、勉強が終わる頃には二人ともすっかり余所行きの顔になっていた。つんと澄ました顔をして他人のふりをされたら、僕たちでさえ気付かないかも知れないくらいに違ってる。


本当は、絵里奈も玲那もメイクってあまり好きじゃないんだって。僕も好きじゃない。お風呂上がりのホンワカした素のままの二人が好きだ。それが直接見られないのが残念なんだ。でも今は我慢。時期が来ればまた見られるようになるから。


水族館に行くには、駅前から出てるバスの方が近い。駅に行く道の途中に沙奈子の学校があるから、僕はせっかくだからと、もし登下校中に堤防が決壊して浸水したりっていう時にはどこに逃げればいいのかを、沙奈子と一緒に見ようと思った。


だけどこうして改めて見ると、通学路には大きな建物がほとんどなかった。通学路から少し外れたところに建ってるマンションもほとんどオートロックで勝手に入れないようになってるし、そういうところは非常階段もオートロックの扉の中だったりするから、もしもの時に逃げ込めそうな建物が見当たらなかった。


ということは…。


「堤防が決壊してから逃げてたら間に合いそうにないし、これは危ないなって時にはもう先に逃げておく感じにした方がいいかもね。だから沙奈子、そういう時には無理をしないで学校に避難してた方がいいと思う。危ない時には先生も言ってくれるとは思うけどさ」


「分かった」


沙奈子は大きく頷いて応えてくれた。こういうことがどの程度役に立つかはなってみないと分からないし、実際にそうなった時に考えてた通りにできるのかも分からない。だけど何もしないで後悔するのだけはしたくない。僕はこの子を、家族を守りたいから。


心配しすぎだとバカにする人もいるかもしれない。そんなうまくいく訳ないだろと笑う人もいるかもしれない。でもそういう人たちは実際に災害が起こった時には助けてくれないし責任も取ってくれない。だから僕は自分が納得できるようにしたいんだ。


そんな風に沙奈子と一緒にいろいろ見ながら駅まで行って、水族館前に止まるバスに乗った。そこからは時々スマホで玲那とやり取りしながら、バスに揺られるだけだった。


水族館前のバス停に着くと、絵里奈と玲那がもう来てて手を振ってた。バスを降りると、思わず四人で抱き合った。この日が待ち遠しかったから。絵里奈とキスを交わすと、沙奈子は嬉しそうな目で、玲那はニヤニヤとちょっと悪戯っぽい目で見てた。だけどもう、それにもすっかり慣れたかな。玲那がそういう顔をしてるのは嬉しいからだって分かってる。


それから水族館に行くと、今日もやっぱりたくさんの人で賑わってた。一番のお目当てのイルカショーの時間まで、改めて中を見て回る。すると沙奈子は前回と同じように変わった生き物を熱心に見てた。前回来た時に彼女が『かわいい!』と声を上げた生き物は残念ながらもういなくなってて、結局、名前は分からずじまいだった。残念。


でも、ウミヘビとか面白い顔をした魚とかを見る彼女の目は、落ち着いた中にもどこか興奮してるみたいな熱のこもったもののように僕には見えた。


しかもオオサンショウウオのところに来ると、沙奈子は水槽ごしに数分間、にらめっこをするように見つめ合ってた。玲那はその隣で、本当にオオサンショウウオを笑わせようにしてるみたいに変な動きをしてたりした。


今回は、沙奈子と玲那が一緒に行動して、僕と絵里奈がその後をついてまわる感じだった。


「ホントに姉妹みたいですよね」


「うん。僕もそう思う」


そう言葉を交わしながら、僕と絵里奈は指を絡ませてたのだった。



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