三百七十七 「プールと海と別荘と」
月曜日。さあ今週も無事に終わらせようと始めたけれど、お昼頃にまた九州で強い地震があった。本当に立て続けだな。大丈夫なのかとまた不安になる。豪雨災害のことだってあるし。
でも、不安になってばかりでも僕たちにはどうすることもできないのも事実だった。注意はしながらも、毎日を平穏に送ることを心掛けるしかない。ここで考えすぎてそれがストレスになっても意味がないし。
仕事を終わらせて山仁さんのところに沙奈子を迎えに行くと、今日は田上さんの姿はなかった。塾があるからだ。志望校に行けたらいいなと願わずにはいられなかった。
「来週の木曜日。カナのお兄さんの判決が出ます。どのような判決が出ても控訴することはほぼ確実な情勢ですのでこれはおそらくただの通過点でしかないでしょう。気負いすぎては精神的に疲れてしまいます。淡々とその日を迎えたいと思います」
星谷さんの言葉に、その場にいた全員が頷いた。先週には感情を爆発させた波多野さんも、かなり落ち着いてるように見えた。ああやって溜め込んだものを吐き出せてるのがいいんだと思った。星谷さんの言う通り、すぐ控訴ってことになったら今度のはあくまで通過点でしかない。まだまだ先は長い。こっちが疲れてしまってちゃ、それこそお兄さんの思う壺ってものかもしれないからね。
玲那の時には結局、そんなに揉めることなくスムーズに終われたけどそれでもあんなに大変だったんだ。それがまだこれからも続くなんて、被害者でもある波多野さんにとっても苦しいことだって思えた。だから僕たちはこれからも彼女を支えたい。何度でもそれを心に誓う。
沙奈子を連れて家に帰ると、まず今日のプールで使った水着と帽子とタオルを洗濯機に放り込んだ。夏休みのプールまでは使うことがないからきちんと片付けておかないとね。それでふと、ライフジャケットのことを思い出す。去年、海に行った時に一回使ってそれ以来仕舞ったきりだったから、念の為にチェックしておこうと思って押入れを開ける。カビとか生えてなければいいんだけど。
僕がそうしてる間に、沙奈子は夕食の用意を始めてた。
ライフジャケットを見付けて確認すると、幸い、カビとかは生えてなかった。今年ももし海に行くなら使いたいからね。ライフジャケットなんて大袈裟なと思われるとしても、沙奈子自身が別に嫌がらないんだから、僕としては万が一の方を優先したい。水着も、本人がそれでいいって言うんだったら授業用のでいいか。そもそも海に行くこと自体、まだ確定してないし。でもまあ、千早ちゃんと大希くんは行く気満々らしいから、たぶん、行くことになるんだろうな。
ライフジャケットにレジャーシートにラッシュガードとかの海に行く時用の持ち物を確認して、沙奈子が去年、臨海学校に行った時に使った45リットルリュックに詰めておく。こうしておけば海に行くことになった時に、あとは水着とかを入れればそれで済むし。こんな感じで下準備はOKかな。
と思ったら、翌日の火曜日に、今年の僕の夏休みが決まった。同僚たちがやっぱりお盆を中心に夏休みを取るのを希望したから、7月の終わりから8月の初めという中途半端な時期を言い渡された。一応僕も、お盆の辺りを希望として申請したけど、完全に後回しにされた結果だと思った。まあ、このくらいは予測してたけどさ。
「そうですか…」
仕事が終わって帰りのバスの中で絵里奈にそのことを告げると、明らかに残念そうに呟いた。絵里奈がもらえたのは逆にお盆を過ぎた頃だったから、全然違ってしまったからだ。でもまあ、こういうことは普通にしててもあることだと思うし、あまり気にしても仕方ないか。
それから山仁さんのところに沙奈子を迎えに行った時に夏休みがそうなったと告げると、星谷さんが、
「8月1日の火曜日に、私とヒロ坊と千早、イチコ、カナ、フミとで海に行くことを予定してるんですが、保護者として山下さんの同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」
と聞いてきた。すると山仁さんも恐縮したみたいに頭を下げながら、
「すいません。私が行ければ良かったんですが、急に仕事が入ってしまいまして…。もしご迷惑でなければお願いできませんでしょうか?」
って。それを聞いて僕はハッとなった。そうだよ。いつもお世話になってるんだから、こういう時にお返ししなくっちゃって思った。しかも絵里奈も、
「達さん。せっかくですから沙奈子ちゃんもつれて行ってあげてください。私と玲那は行けませんけど、大希くんや千早ちゃんも行くんなら、沙奈子ちゃんも楽しめると思います」
と言ってくれたから、
「分かりました。じゃあ、沙奈子がOKしてくれたら引率を引き受けます」
と応えさせてもらった。すると今度は波多野さんが、
「だ~いじょうぶ。沙奈子ちゃんにはもう許可取ってるから。ヒロ坊や千早ちゃんが行くんなら行ってもいいって」
だって。根回しは済んでたってことか。沙奈子が行くと言ってるのなら、僕が断る理由はもうない。
そういうことで、8月1日火曜日に海に行くことが決まったのだった。後は当日の天候次第だけど、その週の平日全部が予備日になった。台風とかの動きによって前後させるためという形で。
そしてさらに、
「もしよろしければ、絵里奈さんの休みに合わせて、8月18日金曜日の夜から8月20日日曜日にかけて、私の別荘に、山下さんご家族もご招待したいのですが、いかがでしょうか?」
なんて言われて、さすがに僕はちょっと慌てて問い返してしまった。
「え?、もしかしてそれも、沙奈子が行きたいって言ってるんですか?」
「はい。もちろんそうです」
意外だった。まさかあの子がそういうのを自分で行きたいと言うとは思ってなかった。だけど、千早ちゃんや大希くんが一緒だからっていうのがあるんだと思った。あ、でも、そうなってくるとさすがに星谷さんのご両親にせめて電話ででもご挨拶しておかなきゃダメかなあ。
だけどそれについても、星谷さんは自分のスマホを手にしながら言った。
「別荘と言っても、あれは私たちが商談や会合のために使うゲストハウスのようなものですから、予約さえ入れればそれで問題ありません。今ならその日は空いてます。と言いますか、その日しか空いてません。今すぐ返事をいただけると助かります」
はい?、今すぐ…って言われても。
戸惑う僕に、絵里奈からは、
「いいじゃないですか、沙奈子ちゃんの夏休みの思い出になりますよ!」
玲那からは、
『私も行きた~い。行きたい行きたい!!』
とまで。
その勢いに押される形で、僕も言ってしまったのだった。
「は、はい、それではこちらこそよろしくお願いします。お世話になります」




