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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百七十四 「暗いトンネル」

電車に乗った途端に眠った沙奈子だったけど、乗ってる時間は短いから、駅に着いた時にはまだかなり眠そうだった。


「今日もお弁当買って帰る?」


僕がそう聞くと、


「ううん、作る」


と返してきた。沙奈子がそう言うならと食材だけ駅前のスーパーで買って家に戻った。でも、帰り道、何となく不機嫌そうな感じがした。と言うのも、駅前のスーパーはいつものスーパーに比べると少し高いので、彼女はそれが不満みたいだった。


沙奈子が機嫌悪そうにしてるのは珍しいから、すぐ分かる。それにしても買い物が高くついたからって機嫌悪くなるとか、主婦感覚ってことなのかなあ。


それもそうだけど、この子が不機嫌そうな様子を見せるようになってくれたのは、僕としては逆に嬉しかった。もちろん、いい気はしないんだけど、その辺りの正直な気持ちを見せてくれるのは、この子の場合は本当に親しい相手だけだから。千早ちはやちゃんと大希ひろきくん以外の同級生相手だと、ほとんど感情を見せないらしい。すごく淡々としてて、一部には『ロボットちゃん』とか『ロボちゃん』って呼んでる子もいるっていう話だった。


学校の方はそれがエスカレートしないように注意して見てくれてる。沙奈子が虐待を受けてきたリ実の親に育児放棄されたりっていう事情は伝えてあるし、児童相談所での出来事も伝えてあるからこの子が上手く感情を表に出せないというのも分かってくれてた。しみじみ僕が通ってた頃の学校と違ってるなって感じる。僕が通ってた頃は、『何でもかんでもみんな同じ』が正しいっていう風潮がまだあった頃だったし。


クラス全員が同じようにしゃべれて同じように笑えて同じように感情表現できるっていうのが理想とされてたんだと思う。そんなことだから、運動会で順位を付けないとかしたり、その一方で、心臓疾患で運動を控えるように言われてた子に『平等に』運動させようとして救急車を呼ぶような事態を引き起こす教師がいたりしたんだよね。


それぞれに抱えてる事情は違うんだから、強引に同じ条件でやらせようとするのがもう平等じゃないと思う。沙奈子が愛想良くできないのは理由があってのことなんだし、他人と同じようにできて当然っていう考え方が世の中を息苦しくしてるんだろうなって僕も感じる。


ネットなんか見てても、コミュニケーションが上手く取れないことを宣言してる人が多いじゃないか。自分は他人と同じようにできないことを認めて理解してもらいたがってるのに、他人が自分と同じようにできないのを認めないっていうのはおかしいよ。


その辺りで僕は、自分が上手くやれないのを分かってるから自分以外の人が上手くやれなくてもそんなに気にしないようにしてるっていうのもあるんだ。もちろんそれは沙奈子に対してもね。


上手くやれないことがあっても、少しずつ練習したり慣れていったりしていつかできるようになってくれたらそれでいい。今は無理でもいつかはって思うし、結果として上手くできるようになれなくてもそれを補える何かがあればいいと思う。


その点、この子はすごく優しくて思いやりのある子だ。目立たないけど努力家で地道にコツコツと続けるのが得意だ。それは十分に長所だと思う。スポットライトを浴びるような生き方はできなくても真面目に裏方の仕事をしっかりこなしてくれるようになってもらえればそれ以上は望まない。


そういうのが沙奈子が活きるあり方だと僕は思ってるんだけど、でもまあその辺は、この子が成長するにしたがって更に意外な一面を見せたりするかも知れないから、まだ分からないけどさ。


そんな点でも、あの学校に通えたのは運が良かったと思う。それぞれみんな違う事情を抱えてるから、なんでも同じようにできること、なんでも一律で平均化することが『平等』っていうわけじゃないのを分かってくれてる。だから沙奈子みたいな生きるのが不器用なタイプの子でも無理なく通えるんだ。学校に行くことが負担にならずに済んでるんだ。沙奈子がそうしてもらえてることを、僕も見習いたい。


千早ちゃんが今みたいになれたのも、あの学校にいたからだっていう気がする。お姉さんの千歳さんがかつて通ってたみたいな学校だったら、千早ちゃんも千歳さんと同じようになってしまっててもおかしくないんじゃないかな。しかも千歳さんも、こっちの学校に通い出してからは大きな事件を起こしてないって言ってたし。そういう部分でも救われてるのかも。


波多野さんも、学校では気を遣ってもらえてるらしい。波多野さんに対して攻撃的な生徒がいたらちゃんと指導してもらえてるって言ってた。完全には防げてないみたいでも、きちんと学校が味方になってくれてるのを行動で示してもらえてるんだって。もちろんその上で、星谷ひかりたにさんやイチコさんや田上たのうえさんが守ってくれてるのもあるんだろうけど。


僕たちの力だけじゃない。そうやって学校も協力してくれるから、波多野さんはまだ辛うじて正気を保ってられるんだろうな。


だけど逆に言えば、そこまでやってもらえてようやくってことでもあるのかもしれない。世間の無自覚な悪意に耐えるには。個人レベルじゃどうしようもないんだっていうのを思い知らされる。


今日は、沙奈子の体調も問題なさそうだから、夕食にカルボナーラを食べた後は山仁さんのところに行くことにした。だけど、波多野さんの方は特に進展もないっていうことでやっぱり豪雨災害のことが話題の中心になった。被害はますます拡大してるみたいだ。自分たちがもし巻き込まれてたらと思うと気分が重くなる。ただ、僕たちは今、波多野さんのお兄さんの問題とまず向き合わないといけないっていうのも忘れちゃいけないけどね。


波多野さんにとっては今まさに暗いトンネルの真っ最中っていうことだろうから。


そうだ。トンネルは暗くて出口も見えないとしても、僕たちは彼女を見捨てない。彼女がちゃんと僕たちの手の届くところにいてくれるならいつだって手を差し伸べる。それを何度も自分に言い聞かせる。僕がこうやって波多野さんを見捨てないと思ってるから、みんなも僕たちを見捨てないでいてくれるんだ。


毎日毎日それを自覚し直して、心に刻んで、家に帰る。こうして一日が過ぎていく。僕たちも今、大変な中にいるんだもんな。その中でもみんなで力を合わせて生きていく。それが、弱っちい僕たちが満たされたものを感じながら、世間を恨んだり妬んだり不平不満を並べたりせずに生きていけるコツなんだって改めて思う。


自分が救われたかったら、自分から誰かを救わなくちゃいけないんだっていうのもやっぱり感じる。小さな子供にはそういう力もないだろうから一方的に救われるのは仕方ないにしても、他人を攻撃できるほどの力があるんならそれを別の形に使わないというのは、結局は本人の責任なんだろうな。



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