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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百七十三 「洋裁専門店」

星谷ひかりたにさんの話で災害の怖さを再確認した僕は、いっそう、気を付けないといけないと思った。もちろん気を付けててもどうにもならないこともあると思うけど、気を付けて何とかなる部分については何とかしたい。後悔しないためにも。


千早ちゃんたちが作ったミートソーススパゲティを美味しくいただける今の状況に感謝しつつ、僕たちはこうして毎日を過ごしていく。平穏な日常を送れることが僕たちの幸せなんだっていうのを噛み締めながら。


遠く離れた場所では災害が起こってる一方で、こうして日常も変わりなくある。そうだ。玲那の事件で僕たちが苦しんでた時も、世間は当たり前の日常を送ってたはずなんだ。そういうものなんだ。それに、皆が皆、同じように苦しんでたら助けることもできなくなってしまう。苦しんでる人がいるのと同時にそうじゃない人がいるから助けたり助けられたりっていうのができるんだ。


そう自分に言い聞かせて、昼食が終わると、絵里奈と玲那に会いに行く。今日は、沙奈子が、絵里奈や玲那と打ち解けられるきっかけになった洋裁専門店に行くことになった。ドレス作りに必要なものをまとめ買いするためだった。


お店に着くと、前に並べられた色とりどりの糸とかを見て、沙奈子が目をキラキラさせてた。それは初めてここに来た時の目と同じだと思った。さっそく絵里奈と一緒に店に入っていくあの子を、僕と玲那は一緒に見送る。


二人の後をゆっくりついて行って、最後には三階まで行くと、そこには玲那のアニメ趣味が僕にばれるきっかけになったあの衣装が飾られてた。それを見る玲那の目も、沙奈子と同じくらいキラキラしてたと思う。今でも好きなんだなと感じた。


僕は今でもアニメとかには興味を持てないけど、この子がそれを好きなことについては認めたいとやっぱり思ってる。この子にとっては必要なことなんだろうからね。


沙奈子と絵里奈は飽きることなく楽しそうに店内を巡ってた。商品を見ながら身振り手振りも交えて熱心に話をしてるのが見える。これは当分終わらないなと感じて、僕は『すぐそこの喫茶店で待ってる』と絵里奈に告げて玲那と一緒に店を出た。


『夢中だね』


喫茶店に入った途端、玲那がそうメッセージを送ってきた。沙奈子と絵里奈のことだった。


「よっぽど楽しいんだろうな」


僕も顔を合わせてそう言った。だけど二人にとってもせっかくだからね。じっくりと楽しんでもらえたらいいと思った。


「玲那はどう?。辛いとかない?」


保木やすきさんと会って感じたこととかがその後どうなのかも少し気になってたのもあって、そう聞いてみた。


『うん。大丈夫。でも、そっちに行ってもいいかな?』


そんな風に言ってきたからもちろん「いいよ」って応えた。すると玲那は嬉しそうに僕の隣に座って体を寄せてきた。


たぶん、他人から見たらカップルがいちゃついてるように見えるんだろうな。だけど、僕の感覚としては、娘が甘えてきてるだけでしかなかった。自分でもこの子のことを娘として認識してるのを実感する。それに玲那の甘え方そのものが、小さい子がお父さんに甘えてるそれそのままだし。不思議と、異性として甘えてるんじゃないっていうのが分かるんだ。


これが絵里奈だったら、僕も気持ちが昂ってくる。体が熱くなるのが分かってキスとかがしたくなってくる。でも玲那が相手だと逆だった。気持ちがすごく落ち着いて、穏やかな気分になる。目をつぶればこのまま眠れそうな気分にさえなる。それはやっぱり、この子を異性として意識してるわけじゃないからなんだろうな。


『お父さん…、大好き』


僕の目を覗き込むようにして見て、玲那がそう唇を動かしたのが分かった。


「僕も大好きだよ。玲那…」


小さな声でそう返す。するとニヘラって感じで微笑んで、玲那は僕の肩に頭を乗せてきた。その仕草がやっぱり子供みたいで可愛いと思った。


そうしてのんびりしてると、窓の外を沙奈子と絵里奈が通るのが見えた。店に入ってくると、絵里奈は大きな袋を二つ下げてた。相当、いろいろ買いこんだんだなと感じた。


「楽しかったね、沙奈子ちゃん」


少し汗ばんでほんのりと上気した顔で、絵里奈は僕たちの前に座りながら沙奈子に話し掛けた。沙奈子も紅潮した顔で「うん」と大きく頷いた。そうか。楽しめたんならよかった。


玲那が僕にぴったりとくっついている様子を見ても、絵里奈はにこにこ上機嫌なままだった。当然か。彼女にとっては夫と娘が仲良くしてるだけだもんね。


絵里奈と玲那の二人も普通じゃない関係だけど、それはあくまでお互いの心を支えるためにそうしてるだけで、恋愛感情とかそういうものじゃないのはお互いに分かってるそうだった。スキンシップと言うには濃密だとしても、それだけ大変なものを抱えてるっていうことなんだと思う。だから僕はそのことについては口出ししない。二人の間だけで完結してるんなら、それに沙奈子を巻き込んだりしないんならね。


お互いを傷付け合うようなことをするんだったら困るとしても、そうじゃないのなら支え合う方法は人それぞれでいいと僕も思ってる。実際に二人が落ち着いていられるならそれでいい。


僕たちの関係性は『普通』じゃないんだろう。だけど僕は気にしない。僕は結果としてみんなが穏やかでいられるなら細かい部分には拘らない。


沙奈子はオレンジジュースを、絵里奈は紅茶を頼んで一息ついて、それから四人でアイスを頼んで食べた。たまらなく幸せなひとときだった。


一たび大きな災害とかが起こったら、事件とかが起こったら、こんな幸せなんてすぐに消し飛んでしまう。でもだからこそ、それを味わえる時には味わえばいいんだと思う。そういう幸せな時間をたくさん過ごすことで、辛いことがあっても耐えられるようになるんだと思う。


僕たちは幸せだ。それを噛み締めてまたそれぞれの部屋に戻っていく。また来週こうして会えるまで耐えていく。その中で、波多野さんや田上たのうえさんのことも支えていく。それが僕たちにできることだし、その程度のことしかできない。


上気してた沙奈子と絵里奈の顔も落ち着いたものに戻って、そろそろ帰る時間になった。洋裁専門店で買った品物が入った大きな袋は、僕と絵里奈で一つずつ持って帰ることになった。僕が持ってる方には、沙奈子が使うためのものがぎっしりと入ってるっていうわけだ。


絵里奈と玲那を見送って、僕と沙奈子は電車に乗った。バスに乗っても結局同じくらいの距離を歩かないといけないから、それだったら電車の方がまだ彼女も酔いにくいらしいし。酔い止めは飲んでもらってるけど、楽な方がいいからね。


電車に乗ったらまたすぐ沙奈子は寝てしまった。楽しくてテンションが上がったこともそうだし、人が多いところに来たから疲れたんだって分かる。


今度は沙奈子にもたれかかられて、僕はそのぬくもりを感じてたのだった。



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