三百七十二 「自然災害」
被害が大きくならないようにという願いも虚しく、九州での豪雨災害は大変なことになってた。こういう天災はそれこそどうしようもないとはいえ、僕は自分の無力さを思い知らされる気分になってた。
…いや、違うのかな。天災とかが相手になると、無力とか何とか感じること自体がもう思い上がりなのかもしれない。無力さを感じるっていうことは、少しでも自分の力で何とかできるかもしれないって考えてしまった上でどうにもできないと思うから無力だって感じるのかもしれないし。
ここまでくるともう、『こういうもの』ってことで受け入れるしかないのかな……。
それでも、自分たちの身を守るために自分でできる範囲は自分でやらなくちゃとも思う。もし堤防が決壊した時にどうしたらいいのかとか、また沙奈子と一緒に、ううん、家族みんなで考えておかなくちゃ。
災害援助のための募金の受付が始まったということだったから、ほんの微々たる金額だけど募金しておいた。ただの自己満足でしかないのは分かってても、せめてこれくらいはと思ったから。今の僕にはボランティアに行ったりする余裕もない。何もできない分、実際にボランティアに行ったりする人のことをとやかく言ったりしないでおこうと思った。
と言うのも、沙奈子が来る以前は、それどころか沙奈子が来たばかりでどうしたらいいのか困った困ったと思ってただけの頃はまだ、こういう時のボランティア活動とかに対して斜に構えた見方をしてたりしたんだ。自分ではそれこそ何もしないのにそういう人たちのことを内心では馬鹿にしてたりとか。
自分の身の回りのことだけで精一杯のクセに、自分の身の回りのことさえ他人に助けてもらってるクセに、誰かのために何かをしようと考える人のことを馬鹿にしてたんだ。今となってはそんな自分が情けない。自分は沙奈子一人育てるのにも他人の力を借りておいて、他人のために動こうとする人を馬鹿にするとか、ホント何様だったんだろう。
沙奈子を迎えに山仁さんのところに行くと、今回は防災のことについての話し合いになった。
「それでは各自、自分の命を守ることを最優先に考えてください。お互いを探そうとしたり助けようとしたりして危険を冒さないように。そういう軽挙妄動が二次災害を生むのです。確実に自分の安全を確保した上で、なおかつ自分に何ができるのかを考えてください。
私たちはヒーローではありません。都合よく誰かのピンチに駆け付けて救ったりできる力はないんです。危険を冒せばそんな自分を助けるために他の誰かがまた危険を冒すことになります。レスキューや自衛隊の手を煩わせることになります。それは、他の方に差し伸べられる筈だった救いの手を奪うことにも繋がるんです。
心配や不安は分かります。家族を助けに行きたいと願う気持ちも分かります。でも、まずは自分が助かること、自分の安全を確保すること、自分のことを自分でできる状況を作り出すこと、それが基本となります。自分が危険を冒したことでレスキューに救助されることになり、そのためにご自身のご家族の救助が遅れては元も子もありません。災害の現場では往々にしてそういうことが起こりえます。それを忘れないでください」
星谷さんのその言葉に、僕は唖然とするしかできないでいた。言ってる内容は、僕が沙奈子に対して言ってたこととそんなに違わない気がしつつも、それを高校生の女の子がこういう風に説明できることがすごいんじゃないかな。すごい人だと分かっていてもやっぱり驚かされた。どうしてここまでいろんなことを考えられるんだろう。星谷さんにとってはそれは必要なことなんだろうとは思うけど、それを必要だと感じるのがすごいなあ。
今回はそうやって災害の話になったし、波多野さんの方は特に進展もなかったからそこで終わることになった。沙奈子を連れて家に帰ると、改めてうちでも災害の時にはどうするかっていう話になった。星谷さんの言ってたことを再確認して、僕たち家族もそれを基本にすることになった。
絵里奈や玲那の無事を確認したくて会いに行きたくなってもそこで無理をして二次遭難なんてことになったら意味がないっていうのを改めて自分に言い聞かせた。絵里奈と玲那にも、
「僕たちは僕たちで自分の身を守るようにするから、絵里奈と玲那もまず自分を守ってほしい」
と言った。頷いてくれた二人に、改めてこうやって普段から話し合っておくことが大事なんだなと思った。
金曜日も同じような内容で話し合う。豪雨災害の方はますます被害が拡大してる様子に、僕たちは言葉を失った。この中で、どれだけの人が苦しんだのかと思うと、沙奈子や、絵里奈や、玲那や、山仁さんたちみたいな人が苦しんだのかと思うと、胸が締め付けられた。沙奈子が来る前はこういうニュースを見ても何とも思わなかったのに、今の自分には失いたくないものがすごくたくさんあることを実感した。
だからこそ、沙奈子たちを大切にしたいと思えた。沙奈子たちを大切にするためには自分のことも大切にしないといけないと思えた。自分を粗末にしてて自分以外の人を助けるなんてできるはずないもんな。
土曜日。豪雨災害のことは気になりつつも、僕たちは僕たちの日常を過ごさないといけないのも事実だった。今日は千早ちゃんたちがミートソーススパゲティを作りに来ることになってた。沙奈子の午前の勉強を終えてしばらくすると、千早ちゃんたちが来た。
さすがに千早ちゃんたちはいつも通りの感じだった。子供たちにまで災害のことで胸を痛めさせるのは僕もさせたくなかったしホッとした。
子供たちが料理をしてるのを見守りながら星谷さんが言った。
「災害というのは本当に容赦なく襲い掛かってきます。東日本大震災の時には、母の従姉が亡くなっています。仲の良い従姉だったそうで、その知らせを受けた母が数日の間、とても辛そうな表情をしていたのを私も覚えています」
そうだったんだ…。思えば僕も、同級生の何人かが阪神淡路大震災の時に親戚とかを亡くしたって言ってたのを見た覚えがある。災害も決して自分とは関係のない遠い世界で起こってることじゃないっていうのをそこからも感じた。
星谷さんが続ける。
「母の従姉が亡くなった時、最初はまだ意識があったそうです。しかしその場にいた人たちの力ではどうすることもできず、災害派遣で駆け付けた自衛隊によって救助された時にはもう手遅れだったと聞きました……。
だから私は思うのです。災害の際には、それぞれが自身の安全を確保することが結果的にレスキューや自衛隊に協力することになるのだと」
その話を聞いて、星谷さんがそこまでのことを考えてた理由が少し分かった気がした。星谷さん自身にとっても災害は身近なことだったんだ。だから彼女は必要があってそういうことを考えてたんだなって。




