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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百七十 「大希くんの抱擁」

波多野さんが星谷ひかりたにさんに言葉をぶつけてる時も、わんわんと声を上げて泣いてる時も、山仁やまひとさんはただ黙ってそれを見詰めてるだけだった。だけどそれは、けっして薄情だからじゃないっていうのが僕にも分かった。山仁さんは、すべて受け止めてるんだ。波多野さんが感情を爆発させることができる場所を提供して、それを受け止めてるんだ。大人として。


波多野さんに届く言葉を掛けることができるのは星谷さんだっていうのが分かってるんだと思う。それに、波多野さんにとって山仁さんは居候先の家主さんだから、何か言われればそれはもう聞き入れるしかない絶対の言葉になってしまう。でもそんな言葉を掛けることは、今の彼女にとっては逆に負担になってしまうんじゃないかな。山仁さんはそれが分かってるから、敢えて何も言わないんじゃないかな。こうして安心して泣ける場所を提供することが、山仁さんの役目なんだ。


だけど、まだ幼い千早ちはやちゃんと違って、波多野さんはもう今年で17歳。高校二年生だ。あと二年もしないうちに卒業だし、進学しないのならそこでもう社会に出て行かないといけない。そしてすぐに『大人』って言われる年齢になる。守られる側から守る側になっていく。泣いてるだけじゃいられなくなる。だから波多野さんは、安心して泣ける場所を得た上でさらにその先を目指さないといけない。自分の力で立つことができるように。


もちろん僕だっていまだにみんなに助けてもらってる。大人になったからって誰の助けも借りないっていう訳にはいかない。けれど、誰かの力にただ頼るだけじゃいられないのも事実なんだ。自分もまた、誰かの力になれる存在にならなきゃいけないから。そのためには、自分が抱えている問題とどう向き合っていくかを見付けていかないといけないと思う。


被害者であり、加害者の家族でもある今の波多野さん自身が抱える問題とどう向き合っていくかっていうことを。


僕たちは、玲那の事件のことに向き合ってそれとどう折り合いをつけるかっていうのに一定の答えを得てる。でも波多野さんはまだ、それができてないって感じる。僕たちと波多野さんでは事情が違うから、僕たちができてるからってすぐに波多野さんもできるはずだとは思わない。それを押し付けるのは違うって気がする。僕にできることは、彼女がそれを見付けられるまで見守るだけなんだって思ってる。


「カナちゃん、大丈夫…?」


波多野さんが声を上げて泣いてると、遠慮がちにそう声が掛けられるのに僕は気が付いた。振り返るとそこには、大希ひろきくんの姿があった。いや、大希くんだけじゃない。その後ろには、千早ちゃんと沙奈子の姿もあった。波多野さんがテーブルを叩いたり大きな声を出したのが一階にも伝わったんだと思った。泣いている波多野さんを見た大希くんの顔が何かを決心したみたいに引き締まるのが分かった。そして部屋に入ってきて、躊躇うことなくそのまま波多野さんをきゅっと抱き締めていた。


「よしよし…、大丈夫だよ。みんないるよ…」


自分よりずっと大きな女の子を、小さな子をあやすみたいに抱き締めて、大希くんは彼女の頭を優しく撫でていた。それは、以前にも見た姿だった。前見た時は、千早ちゃんの誕生日パーティーの日。今の波多野さんと同じようにして泣いてた千早ちゃんを、同じようにして抱き締めてたんだ。それが、大希くんという子だった。すごく優しくて、体は小さいけどすごく大きくて温かい気持ちを持った子だった。だから去年、沙奈子が千早ちゃんに意地悪されてた時も二人の間に入って仲をとりもとうとしてくれてたんだ。


大希くんを見てると、山仁さんがどんな風にして彼やイチコさんに接しているのかが分かる気がした。山仁さんが二人に対してやってることを、そのままやってるんだと思った。沙奈子と千早ちゃんの間をとりもとうとしてくれてたのも、もしかしたらイチコさんとケンカみたいになった時に山仁さんがそうやってとりもってくれたのかも知れない。


ただ、それを思うと、この大希くんが、千早ちゃんの振る舞いに感情を抑え切れなくなりそうになって教室を飛び出してしまったっていうのは、本当によっぽどだったんだなと思った。その頃の千早ちゃんがどれほど他人の気持ちとか考えられない子だったのかっていうのもそれで分かってしまう気がする。今の千早ちゃんを見てると想像できないくらいだ。


でもそれは今は置いといて、大希くんに抱き締めてもらったからっていうわけじゃないのかもしれないけど、いつの間にか波多野さんが少し落ち着いた感じになってきてた。


その様子を見てて、すごくよくできた関係なんだなって改めて思ってしまった。ここで山仁さんや僕が波多野さんを抱き締めるのは何か違う気がしてしまう。イチコさんや田上たのうえさんでも良かったのかもしれないけど、ここで敢えて大希くんが抱き締めてくれるのが、繋がりの深さを感じさせてくれる気もした。


「…ありがと…、ヒロ坊。ヒロ坊は優しいな…。うちのバカ兄貴に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ……」


涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの顔のまま、波多野さんが大希くんに向かって微笑みかけながら頭を撫でてた。


「ごめん、ちょっと顔洗ってくる」


そう言って一階に下りて行った波多野さんの後について行くように、大希くんと千早ちゃんと沙奈子も一階に下りて行った。すると部屋の中には、どこかホッとしたような空気が流れてる気がした。波多野さんが落ち着けたのが分かったからだと思う。


顔を洗っただけにしては少し時間が掛かってたようにも感じるけど、しばらくして戻ってきた時には彼女は、顔はさすがに泣きはらしたのが分かってしまうものの、それ以外はすっかりいつもの感じに戻ってた。もしかしたら一階でも大希くんに慰めてもらってたのかも知れない。千早ちゃんや沙奈子も慰めてくれてたのかな。そうやってみんなで波多野さんを支えてるっていうのが感じられた。


波多野さんの家でこういう風にできてたら、もしかしたらバラバラにならずに済んだのかも知れない。家族みんなで力を合わせて支え合って、周囲は彼女の家族そのものを守るために動けたのかも知れない。嫌がらせへの対処に集中すれば良かったのかも知れない。


どうしてもそんな風に思えてしまうんだ。


それと同時に、こういう時でも動じることのない山仁さんの器の大きさも改めて感じさせられてた。ただ単に優しいとか心が広いとかそれだけじゃないものを感じてしまう。山仁さんはやっぱり、こういうことに慣れてるんじゃないかな。こういうのを乗り越えてきたから、あんなに泰然自若としてられるんじゃないかな。


そういう人に出会えたことを、僕は心から喜びたいと思ったのだった。



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